宇宙の話 – 後日の話

 ――勘違いだったに違いない。ベッドの上で目を覚ましたレンは、しばらく、上半身を起こした状態で、呆然としていた。
 目覚まし時計が鳴るより早く起きたから、こんな状態で何もしていなくても、まだ、学校に遅刻する危険はない。
 昨日の夜のことを、今一度思い出す。一人で夜空を見上げて、満足して帰るだけのはずだったのに、今のこの気持ちはなんなのだろう。運命の人? 宇宙人? 異文化? ……。色々なことが、入り乱れている。
 起きたことを、順に思い出す。レンは星空を見るために一人で公園に行った。そこに、リンと名乗る宇宙人が現れた。リンはレンのことを「運命の相手」だと言って、やたら抱き締めてきた。そして、リンのいる星との文化の違いをたくさん感じて、それで、リンは「今回はこの辺で帰る」と言って、消えた。
 改めて思い出せば、起きたことが複雑だったわけではない。だが、とんでもないことが起きたのは確かだ。
 なんだか、取り返しのつかない状態になっている気がする。昨日、公園に行かなければこうならなかったのか? いや、でも「公園に行ったら宇宙人と会う可能性があるから行かない」なんて、そんな危機回避をどうやったら思いつくのだろう。あれは天変地異の類だ。
 とにかく、勘違いだと思うしかない。昨晩で、話は終わったはずだ。あの宇宙人は自分の星に帰って、今はいない。
 やがて時間は経ち、起きているレンには全く必要のない目覚まし時計が、鳴り始めた。
「……はぁ」
 レンは目覚まし時計の音を止めて、布団の上での無駄な時間を後悔した。何が「早起きは三文の徳」なのだろう、と。

 学校に向かいながら、念じるようにレンは考え続ける。
「今まで通りのままでいい、今まで通りのままでいい……」
 呪文の一種になってしまうのでは、という調子で、それだけを繰り返している。こんなことを考え続けている時点で、もう今まで通りではない。しかし、あの宇宙人の顔が全く頭から離れない。呪いでもかけられただろうか。
 校舎が近づいてきて、周りに人が多くなってくる。心配して声をかけ、事情を探ってくるような積極的な友人はいない。さすがに昨日の話なんて誰にも聞かれたくはないから、ありがたい。そう、いつも通りだ……。レンは自分に言い聞かせて、教室に入り、自分の席まで向かった。
 席に座って、ようやく学校の日常に溶け込みかけたところで、レンは違和感に気づいた。
 いつもより、教室のクラスメイトの会話が盛り上がって聞こえる。レンは、そっと、聞き耳を立てた。
「転校生だって!」
「えー、男? 女?」
「女だよ! しかもかわいいって!」
 ……全然、いつも通りじゃない。レンは冷や汗をかいた。
 いや、ここで「なんでこんなときに転校生が」と考えてしまうのは、いくらなんでも自己中心的すぎる……と、レンは息を一度飲み込んだ。転校なんて、よほど大きな事情がない限りするものではないはずだ。親の仕事の都合だとしたら、仲のよかった友達と離れ離れになってしまったのだろうし、慣れない土地に戸惑うことも多いだろう。それなのに、普通に暮らしている中学生一人のちっぽけな気分で疎ましがられるのは、転校生からしてみればひどい仕打ちだろう。ここは、冷静になって、クラスメイトの一人として、穏やかに迎えるというのが筋だろう。
 そんな理由を必死でこじつけて、レンは背筋を伸ばし、前を向いた。ちょうど、担任の先生が教室に入ってきたところだ。
「おはようございます。はい、静かにね。まずは、皆その様子だと分かってると思うけど、転校生を紹介します」
 先生が教室の外へ、一度目をやる。そして、転校生の女子が入ってきた。
「自己紹介をどうぞ」
「はじめまして! 鏡音リンです!」
 レンは、頭の中でこじつけた理由を、すべて忘れ去った。――これに限ってだけは、顔をしかめても、許されるだろう。
 クラス全員の前で、リンはにっこりとしている。クラスメイトは皆拍手で迎えている。レンは、同じ素振りだけはして、ただ、リンを直視しないことに集中した。

 授業はなんとか穏やかにやり過ごし、休み時間がやってきた。レンはすぐに、借りている本を開いた。これが普段通りだ。
「リンちゃん! お話ししよー!」
 さっそく、リンはクラスの女子たちに囲まれているようだ。その前に、リンの視線がレンの方に向いていたような気もするが、レンは気にせずに、本に目を落とす。
「いいよ!」
 リンの、明るく受け答えする声が、はっきりとレンの耳に入る。代わりに、ぼやけずに見えているはずの文章が、読み進められない。
「話すと長いんだけどねー。親と離れて暮らすことになったの。――うん、しきたりみたいな? ――昔からそう言われてきたからなぁ。大丈夫! 全然寂しくないよ。むしろ新生活楽しみ! って感じ。――えへへ。でも、やっぱうちって変な家だったかもだから、変なこと言っちゃったらごめんね」
 転校してきた理由については、それなりにちゃんとした背景が考えられているようだ。もちろん、嘘に違いない。運命の相手を探しに、自分の元いた星の家から離れたという意味では、嘘は言っていないのかもしれないが。
「一人暮らしじゃないよ!」
 誰かが、一人暮らしなのか聞いたらしい。確かに、中学生が親元を離れて一人というのは、心配になる気持ちも分かる。――すっかり、リンの様子に気を取られてしまっていることに気づき、レンは読めてもいない本のページをめくる。
「血縁のある人の家にお世話になるから!」
 リンがそう言った後、何人かの目線が自分に向いたのを、レンは感じた。
 ちょうどその後、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。向いてきていた視線は、自分から外れたようだ。レンは、本をそっと閉じた。

 別に、リンの存在が気になる以外はいつもの通りに、学校での一日は終わった。レンは足早に学校を出た。これも、別にいつも通りの話だ。帰る方向が同じ生徒はいない。だから、ここからは一人で――。
 そう思ったレンの後ろから、足音がした。
「レンー!」
 それは今日、ずっと耳についていた声――リンの声だった。
 気づかないふりをしたい、気づかなかったことにしたい。レンは振り返らずに、歩く速度を上げようとした。しかし、元から割と早歩きだったせいで、大して速度が上がらない。今更走って、逃げられるわけがない。
「会いたかった!」
 なぜか、予想はできてしまっていた。後ろから、抱きつかれた。
「……」
 力強く抱き締められ、足は完全に止められた。レンが声を出さないでいると、リンは抱きついたまま、レンの前へと回ってきた。
「寂しかったよぉ」
 上目遣いで、リンが見つめてくる。レンはそれを睨みつけた。
「……離せよ」
「やだ!」
「道の真ん中だぞ」
「……分かったよ。じゃあこう」
 リンは、片腕を外して、レンの手を握りしめた。
「絶対逃がさないもん」
「……」
「さ、帰ろ?」
 リンが宇宙人だからなのか、レンが貧弱なのかは分からないが、あまりにもリンの手の力は強い。レンは全くリンに抗えなかった。
 手を握ったまま、リンとレンは歩き出した。
「お前さ」
「リン」
「……リン……」
 名前で呼べという圧力も強い。なぜか、分かる。
「何から何まで意味が分かんないんだけど……」
「そう? 分かってたのかと思ってたよ!」
「分かんねえよ! なんでここにいるとか、それに、ああ、もう……どこから聞いていいか」
「じっくり説明してあげる!」
「そんな時間割く予定ないんだよ。……でもまずは、お前」
「リン」
「……リン、家はどこなんだ?」
 目下、気になるのはそこだ。なぜか一緒に下校する流れだが、方向は同じなのだろうか。休み時間に言っていた通りであれば、血縁のある人の家とやらがあるはずなのだが。
「それは送ってくれるって意味? 女の子一人じゃ心配ってこと? 優しい!」
「違う! 手なんか繋いでどこに行くつもりなんだよ。俺の家に来るつもりじゃないだろうな」
「えー、そのつもりだったって言ったら?」
「断る! 来るな!」
「ひどーい! クラスの友達って家の人に紹介してよ」
「転校初日の女子なんか友達って紹介できるか!」
 表向きには、今日会ったばかりだ。昨日会っているとはいっても、昨日がそもそも初対面だ。仲良くなった覚えもない。とんでもない出会い方だっただけで。
「ていうか話が違う、リンの家はどこだよ、あるんだよな?」
「え?」
「血縁のある人の家って言ってたよな」
「……レン、聞いてたの!?」
 リンが顔を輝かせた。聞いていないふりをしていたつもりだったレンは、しまった、と顔を背けた。
「聞こえただけだ! だ、大体、あのときな……ていうか……!」
 一部のクラスメイトの視線が向いてきたことなどを思い出し、レンは恥ずかしくなる。そんなレンの様子に、リンは首を傾げている。
「んんー……レン? ちょっと落ち着いて喋ろ? 昨日の公園行かない?」
「誰のせいだと……!」
 とりあえず、公園に行くとして、歩いている方向は間違っていない。足は進めつつ、レンは握られている手を持ち上げた。
「とりあえず、これは恥ずかしいから離せ」
「ええっ、やだ!」
 レンは無理やり、リンの手を振り払った。どうもリンは油断していたらしく、握っていた手の力はかなり緩んでいた。
「レンー!」
「公園に行くのに付き合うだけましだと思えよ」
 レンは、リンの声を後ろに聞きながら、早足で進んだ。

 そこまで人で賑わうことがない公園は、今のレンにとってありがたい環境だった。リンは何かあれば手を繋ごうとしたり、抱きついたりしてくるから、それを誰かに見られるのだけは嫌だ。リンが宇宙人であるなんてことも、他人に聞かれていい話ではないだろうし。
 レンは、公園の隅の区画にあるベンチに座った。後ろから追いかけてきたリンは、レンの横に座った。
 レンは、ため息をついてうつむいた。
「レン……」
 少し落ち着いた声で、リンは言った。
「何」
「……お喋りしてくれるんだなぁって思って」
「どういうことだ」
「手……離したのに、逃げなかったもん」
 横から、リンはレンの方に手を伸ばしてきて、そっと触った。
「逃げたところで、追いかけてくるだろ」
 レンは、握られる自分の手を動かさなかった。正直、リンから逃げ切る体力が、自分にはないと思った。家に逃げて、リンがついてきていたら、もっと面倒だっただろうから、公園で話す方がましだと思った。
「よく分かってるね!」
「お前な……」
「リン、だよ!」
「……リン……とりあえず言いたいことと聞きたいことはたくさんある」
「そうなの? 嬉しい!」
「喜ぶところじゃない!」
 いくらレンが不快な顔をしてみせても、この宇宙人には分からないらしい。とにかく、話の続きだ。
「……リン、血縁のある人の家ってなんだ」
「もちろん嘘!」
「……そうだとは思ったよ。で、実際は?」
「この公園!」
「……え、それは」
「昨日落ちてきたところに、こっそり作ってある!」
 リンはそう言って、木の茂みの方を指さした。
「なんか変な建物作ったとかじゃないよな」
「大丈夫! 異空間が作ってあるだけで、入り口がそこにあるだけだから」
「ええ……」
 いいのかよくないのか、というのもあるし、宇宙人の技術がすごいような気もするし……レンは呆然とするしかなかった。
「ていうかそれ、学校に転校するとき、住所とか大丈夫だったのか?」
「んんー、ごまかしちゃった!」
「ごまかした?」
「ちょっと学校の人の記憶をいじらせてもらって……えへ」
「おい! なんだそれ!」
「これでも必要最小限なんだけどなぁ?」
「最小限とかそうじゃなくて……!」
「細かいこと気にしちゃいけないの! レン、まだ聞きたいことあるでしょ?」
 リンが手を強く握ってくる。それはやや痛くて、レンはそれ以上考えられなくなってしまった。
「……血縁が嘘なのは置いといて……リン、名字」
「あー、なかったから、レンと同じにしちゃった!」
「……!」
 クラスメイトの一部の視線がレンに来たのは、リンの名乗った名字が「鏡音」だったからだ。明らかに一般的ではないその名字を、自己紹介でリンが口にしたときに、内心レンの名字と同じであることを気にしたクラスメイトもいただろう。それで、「血縁のある人の家」なんて聞いたら、もしかしてレンの家のことではないか、と、思わないはずがないのだ。
 名字が同じ程度で「実は一緒の家に住んでいるのかも」なんていうのは早とちりだとして、実際、リンはレンの家に住んでいるわけではないのだとして、……レンが慌ててしまったのは、そこではなかった。
「……あの、な。名字っていうのはな……」
 リンの星にはおそらく名字の概念はない。だから分からないのだろうが、生まれたときと名字が変わるというのは、つまり。
「結婚を、したときに……相手に合わせたりするって、いうのが……」
 まるで、結婚して嫁に迎え入れたようになってしまっているのが、どうにも、レンは恥ずかしかったのだ。
「? レン、どうしたの? 顔真っ赤」
 リンは、レンの言葉がほとんど聞き取れていなかった。あまりにもレンが小声で言ったからだ。
「……分かってないならいい」
「え?」
「いい! お前は血縁関係でもなんでもない! 赤の他人! 肝に銘じろ!」
「え、えー……?」
 リンは、レンの表情の意味が全く分からずに、とぼけた声を出した。しかし、すぐに真剣な顔になり、考え始めた。
「うーん、赤の他人だけど、うー、でも、レンとは血縁関係ってことにした方が有利かなぁ」
「有利ってなんだよ」
「……レン、私がどうやって転校してきたことにしたとかさ、それは分かんなかったかもしれないけど、これだけは分かってると思うの」
「何……」
 リンは、レンをまっすぐ見つめた。
「私は運命の相手と絶対に一緒になりたいの!」
 確かに、それは分かっている。リンが一途にレンに好意を抱いてきていること、きっとそれを理由に、こうしてまたレンの前に現れたこと。だが、それでも、すんなりと受け入れられるかといえば、違う。
「……それは分かってた」
 レンが言うと、リンは顔を輝かせる。
「でも」
 リンが何か言う前に、レンは遮った。
「でも、……運命って、もっと偶然の積み重ねとかじゃないのか……? 偶然会うとか、そういう」
 レンが悩みながら言うと、リンは頬を膨らませた。
「運命は自分で掴むものだと思う! だから、レンと一緒になるためだったら、なんだってやる!」
「なんだって、って、それで記憶操作はさすがに……ま、まさかお前、地球侵略とか考えてないよな」
「え?」
「いやなんでもない……」
 本当に地球侵略を始められてしまっては困るし、下手なことは口に出さない方がいい気がする。異空間だとか、記憶操作だとか、そんなものは一端に過ぎないのだろうし、リンにどんな能力があるかなんて分かったものではない。
「……」
 レンが黙っていると、リンはちょっとだけ心配そうな表情をした。
「レン……私のこと嫌いなの?」
「は?」
 何を言い出すかと思えば。リンに見つめられ、レンは睨み返す。
「そんな恐い顔しないでよぉ」
「……少なくとも、好きではない」
「なんで!」
「今日で、余計嫌悪感は強まったと思ってもらった方がいいかもな」
 レンにとっては、平穏な日常を壊された状態だ。いつも通りに過ごしたかったのに、今日一日、リンのことで頭がいっぱいになってしまった。どちらかといえば、これは怒りに近いものがある。
「うう……どうやったら好きになってくれるの?」
「ならないから」
「運命なんだもん! 絶対好きになってもらうもん!」
 レンはただ、不満な顔をし続けた。リンのこの自信は、どこから溢れてくるのだろうか。昨晩も思ったが、リンの言う「運命」が、本当に分からない。リンだって、レンには昨日初めて会ったはずだ。だから、レンのことを好きになる理由なんてないはずなのに、この積極性はどこからくるのだろうか。
「……なあ、逆にリンは、俺のことほんとに好きなのか?」
「好きだよ! 大好き!」
 試しに聞いてみると、即答された。……分からない。
「どうして好きなんだ」
「運命なんだもん!」
「そんなものを理由にされても納得できないんだよ」
「……どうして? 運命なのに」
「運命運命って……」
 そんな漠然とした概念、と、レンは続けそうになって、寂しそうな目をするリンを見て、口をつぐんだ。リンはその運命の相手のために、別の星にまでやってきた。リンの星では運命の相手が大事なものだと言っていた。信仰とか、そういうものがあるかもしれない。
「……レン?」
 黙るレンに、リンは首を傾げた。
「……俺はリンの言う運命は分からない。けど、要は、運命の相手と両思いになることが目的なんだろ」
「え、うん!」
 少ししょげていたリンが、嬉しそうな表情を浮かべる。レンは構わずに続ける。
「リンは俺のことが好き、あとは、俺がリンのことを好きになれば、目的は達成なんだよな」
「そう、だからレンに――」
「記憶操作できるなら、俺の気持ちを操作しようとか、思わないのか?」
「……!」
「それで目的は果たせるんじゃないのか。なんだってやるんだろ」
 リンは、びっくりした顔をして、レンの言葉が終わったと同時に、首を何度も横に振った。
「違うのか?」
「そんなことしないよ……それじゃ意味ないもん」
 記憶操作ができるのはリンの方なのに、なぜかリンは、怯えにも似たような表情をしている。レンに言われたことに、相当驚いた様子だ。
「やらないんだな」
「だって、仮にやろうとして、レンは嫌じゃないの?」
「嫌に決まってるだろ。やられたらそれも分かんないだろうけどな」
 一応、リンにその気がないことは確認できたが、だからといってレンの難しい表情は変わらない。そんなレンに、「絶対そんなことしないからね」と、リンは目で訴えかけてきた。
「じゃあ、どうやって俺がリンのことを好きになるようにするつもりだったんだ」
「それは、……うーん……」
 そうなるだろうな、とレンは息をついた。リンの自信とか積極性とかいうものは、運命だから両思いになれる、というところからしか来ていないのだろう。
「だから、リンだって、運命だから好きとかじゃなくて、もっと意味を考えた方がいいんじゃないのか。大体、俺のどこに好きになる要素が――」
「好き」
「え?」
 ぽつりと言ったリンに、レンは聞き返した。
「そういうとこ好き!」
 リンは、はっきりと言った。レンは、自分の話していた内容を忘れさせられた。
「昨日と今日と喋ってて分かってきたよ。やっぱりレンっていいとこしかない。こうやって喋ってくれるもん!」
「……違う、俺はお前に諦めてほしくて説得してるんだ!」
「違わない! 私と喋ってくれてるの!」
「違う! 本当だったらとっくにこんなの……」
 レンが立ち上がろうとするより先に、リンはレンの方へ近づき、レンの膝に自分の頭を乗せた。
「逃がさないもん!」
 膝に頭を乗せたリンが、下からレンを見つめる。こうすれば逃げ出さないと分かってやっている。
「お、落ち着かないから、やめろ」
「レンの膝枕だ〜!」
 まるで話を聞いていない。リンの頭を膝からどかしたいが、さすがに触るのは躊躇してしまう。レンは、とりあえずそっぽを向いた。
「運命を信じてここまで来たの、間違ってなかったんだ。だってこんなに好きになれる相手だったんだよ。つまり運命ってことだもん。だからレンが好きだよ」
 人の膝の上で、すっかり落ち着いたリンは、そんなことを言う。レンは、とてもではないが、リンの考えを変えられる気はしない、と思った。
「二日目でそんなこと判断つくのか……」
 理解は、到底できない。膝に乗っているこの重さに、愛しさや安心感といったものはない。
「レンは心配性なんだね」
 そう言うと、リンは体を起こした。
「レンは、たくさんの思い出がないと、好きかどうか分からないって言いたいんでしょ」
「……まあ」
「慌てないよ。明日からだって学校行くし。絶対私のこと、好きにさせてあげる!」
「……」
 遠慮したい。表情で断るレンに構わず、リンは立ち上がると、レンの方に向き直った。
「今日は家まで送ってくれてありがとう! 明日も一緒に帰ろうね!」
「え、いや」
「じゃあねー!」
 リンはそう言うと、木の茂みの方へ走っていった。そして、姿を消した。……異空間に家があるというのは本当らしい。
 いつの間にか家まで送ったことになってしまっていたのと、目の前で姿を消されたのと、その両方に、レンは驚いたまま、ベンチから立ち上がれないでいた。
「明日も一緒に……」
 リンの言葉を繰り返し、首を横に振る。お断りなのだが、回避できる未来は見えない。
 とにかく、日常に混ざられた以上、レンには運命に翻弄されてしまう未来が待っているのだろう。抗いたいのかといえば……違う。こんなにも非日常と話せてしまった時点で。流されている。
 明日、どんな顔をしてリンに会うのか。考えたくないが、考えなければならない。無関係のふりを貫くのも難しいだろう。
 そこまで考えて、昨晩より確実に、リンの存在が自分の頭を支配していることに、レンは気づいたのだった。