「桜の精霊さんが、運命で結ばれてる二人の机の上に、花びらを一枚ずつ置いていくんだって!」
目を輝かせて言うリンを、レンは呆れた表情で見た。
この幼なじみが、こういう信憑性のない、しょうもない噂を話してくるのは、慣れているといえば慣れている。レンはいつも、リンの話を適当に聞き流すことに努めている。
「今日聞いたの! 先輩のクラスで本当にあったんだって!」
家が近い二人の下校は、大体いつも同じタイミングになる。中学生になってクラスが分かれても、登下校の時間には顔を合わせることになる。
そして大体の場合、リンが話を始める。同じルートを歩いていて会話がないのも気まずいからだろう。話しかけられている以上、レンも無視はできなくなる。それでいつも、一緒に帰るような状態になってしまってから、かれこれ一年が過ぎようとしている。
今年度もそろそろ終わりが近づいているが、春はまだ先のようで、マフラーや手袋が手放せない。去年は例年に比べて随分と暖かくなるのが早かったから、今年は例年通りのはずなのだが、春が来るのが遅く感じそうだ。
「去年の春に花びらが置いてあってね、それで、その花びらが置いてあった席の二人は、今は相思相愛なんだって!」
「……それはさぁ」
レンが一言声を発すると、興味を持ってくれたと思ったのか、リンはぱっと表情を明るくした。
「花びらが置いてあるより前から仲良かったのか? それとも、それきっかけで付き合い始めたのか?」
「え、……分かんないけど」
「前から仲良かったんだろ。なら、花びらは特に関係ないんじゃねえの」
「そ、それは後押しってやつだよ! ほんとにすっごく仲いいんだって!」
「どうかな」
噂話や言い伝えなんてそんなものだ。裏付けや確定性なんてない。それ以上何も言えないリンを見て、レンは少しだけ勝ち誇った顔をした。
「ほんと、そういう話ばかみたいだと思う」
「ばかじゃないもん!」
リンは悔しそうな顔で言い返した。
「ほ、ほんとかはさておき、ロマンチックな話でしょ!?」
「どうでもいい」
「去年は桜咲くの早かったけどさ、今年は二年になるときに、私たちの学年でも運命の二人が分かる……ってことだよね!」
「知らん」
「ちょっと、ちゃんと話聞いてよー!」
レンがこういう話をまともに聞こうとしないことを、リンは知っているはずだ。だから、レンも毎回「そんな話をするな」とわざわざ言わない。しかし、レンが言わないから、いつまで経ってもリンはこの手の話をやめないのかもしれない。でも、いちいち言うのもめんどくさい。
早歩きで進むレンに、リンが歩幅を合わせてくる。直に家が近づき、たどり着く。リンとレンの家は、垣根を挟んでほぼ隣のようなものだ。
「じゃあな」
リンが言うより前に、レンは言った。一緒の下校時間への終止符だ。
「……じゃあね」
家についてからも延長して話すほどのことではない。リンはマフラーに顔を埋めるようにうつむくと、すぐそこに見えている自分の家の玄関へと歩いていった。
「……」
ああいう話は、ばかみたいだ――とは、言ったが。レンは、リンが確実に家の中に入ったのを見届けてから、大きくため息をついた。そして、すぐそばの垣根の下に目をやった。……小さくて白い姿をした精霊たちが、陰から覗いている。
そう、精霊というやつは本当にいるのだ。春が近づいてきたこの時期は、花を咲かせる前に準備をするのか、生まれたての白い姿をした精霊がうろうろしていることが多い。まだ何も知らない無垢な精霊たちは、人の会話を聞くのが大好きで、喋っていると寄ってくることがある。今覗いている精霊たちも、さっきのリンの話を聞きつけて寄ってきたのだろう。
「お前らの話じゃねえからな」
レンがひと睨みすると、精霊たちはびびって逃げていった。……敵意があるわけではないが、相手をするつもりはない。
レンは昔から、精霊の類が見えていた。しかし、あんなに精霊の話をするようなリンと小さい頃から一緒に過ごしてきて「俺には見えるけどリンには見えないの?」なんて、言えるわけがなかった。
レンがリンの言い伝えや噂話に関する話を聞き流しているのは、リンの話しぶりがうっとうしいのもなくはないのだが、それよりも、リンが危険な目にあう可能性を気にしていることの方が大きい。さっきだって、そもそもリンがああいう話をするから、精霊たちが自分の噂をされていると思って寄ってくるのだ。さっきの精霊たちならよほど問題ないだろうが、人ならざるものと関わるのは安全とは言えない。だから、見えないなら噂してほしくない。これは、リンを思ってだ。
あの類を信じたくないレンに見えていて、信じているリンに見えないというのはどういうことだろう、とは思うのだけれど、きっとリンのようなタイプに精霊を見るような素質があると、いらないことに巻き込まれるに決まっている。悪霊なんかに見つかって、どこかに連れて行かれたりなんかしたら……考えただけで恐ろしい。
「さっむ……」
まだ気温も低いのに、体を震わせるようなことを考えてしまった。レンは、駆け足で自分の家の玄関へと向かった。