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桜の精霊さんの縁結び - 2/2

 それから春休みを挟み、新学期がやってきた。去年の今頃には桜が散っていたが、今年は満開だ。リンとレンの歩く通学路からも、桜の木がいくつか見える。
「桜、きれいだねぇ」
「……」
 休みの間はしばらく会っていなかったが、結局、二人の登校は一緒だ。リンがレンに話しかけるのも、休み前と変わらない。
「桜の精霊さんってどんな感じなのかな〜!」
「……また言ってんのかよ」
 年度末に言っていた、桜の精霊が机に花びらを置いていくという話のことだ。リンの目の輝き方は、その話をしていたときと同じだ。
「だって、こんなに満開なんだよ! 姿を見せるなら今だよね! 絶好の縁結び日和! みたいな!」
「……」
 レンは沈黙を貫いてみるが、リンは特に拗ねる様子もなく、満開の桜を見て楽しんでいる。レンの反応の薄さにはリンも慣れているということだ。
「新学期でしょ、クラス替えもあるし、そこから始まる関係とかもあるかもしれないし! 私たちがどきどきわくわくしてるのを、桜の精霊さんも楽しく見守ってるんだろうなぁ。うーん、桜の精霊さんって一人なのかなー、それともたくさん? うーんうーん」
 精霊が見えると言っても、リンの話の桜の精霊については、レンは全く知らない。いる可能性自体は否定できないが、花びらを置いていく話全体については、本当か嘘かは分からない。単に今、リンの想像がどんどん膨らんでいるだけだ。
「……その想像力はいつもすごいと思う」
「ほんと!?」
 レンがぼそりと言うと、リンは嬉しそうにレンの方を見た。レンはいらっとしてリンを睨む。
「褒めてはないんだよ」
「じゃあなんなの?」
「呆れてるんだよ。そういう想像は頭の中だけにしとけ」
「むう……」
 リンは、さみしげにレンから視線を反らした。
 二人は通学路を歩き続ける。だんだん学校に近づいてきて、別方向から来た他の生徒の姿も見えるようになってきた。
「クラス分け、どうなるだろうね」
「担任誰かな」
 周囲の話し声が聞こえてくる。もし話すなら、普通は精霊の話ではなく、そういう話題になるはずだ。だが、リンは拗ねてしまったのか、何も喋らなくなってしまった。ただなんとなく、レンもリンと一緒に歩いている。
 ――まあ、ここで大声で桜の精霊の話をされても恥ずかしいだけだし、黙ってくれている方が助かる。レンがそう思っているうちに、校舎の昇降口にたどり着いた。ガラス窓には白い紙が貼られていて、その周辺に人だかりができている。紙にクラス分けが書いてあって、書いてあるクラスの教室に入る流れだ。
 人だかりの後ろに、リンとレンは立つ。前の人が捌けるのを待ってから紙を見る。
「……あ」
 二人は、自分たちの名前が連続で並んでいるのを見つけた。

 新学期初日は始業式と担任からの話を受ける程度で終わり、昼前には下校することになった。
「ほんとお前さあ……」
 同じ教室から出発し、結局リンとレンは同じ道を歩く。レンは、大きくため息をつきながら言った。
「先生の話ぐらいちゃんと聞けよ……」
 まず、臨時の席は名前の順で決められたらしく、リンとレンの席は隣同士になっていた。そして、レンの横でリンはずっとよそ見をしていたのだ。先生に気づかれる前にレンはリンの腕をつついて、何度もリンに前を向かせていた。
「だって」
「桜見てたのか?」
「うん……」
 どうせそんなことだろうとは思っていた。教室からは満開の桜が見えて、確かに見ごたえはあった。しかし、だからといってよそ見をしていいという話ではない。隣の席でそんなことをしないでほしい。レンはずっといらいらしていた。一週間後には班決めがあるらしく、きっとそのときに席は変わるはずだけれど……席が離れようが、先生に叱られる様は見たくない。
「教室から見てなくたって、桜なら外で見た方がじっくり見れるだろ」
「そうじゃないもん、精霊さんがいないかなって思ったの」
「またその話かよ。いねえよそんなの」
「いるって! いっつもレンって精霊のこと信じてくれないよね」
「いたとしても、どうせ見えねえんだよ。そんなのいないのと変わんないだろ」
「きっといるってば! レン、精霊嫌いなの?」
「嫌いとかじゃなくて信じてないんだよ」
 話してもこんな風に受け流されるなら、精霊のことを話すのを諦めればいいのに。レンは度々思っているが、リンはやめない。……それとも、リンは受け流されていると思っていないのだろうか。それなりに、会話にはなっているし。……会話を、しないわけにはいかないし。放ってはおけないから。
「……あ」
 家の近くまで帰ってきたところで、レンは声をこぼした。
「何?」
「……忘れ物した。学校に」
 今朝、サブバッグを持って行ったはずだったが、それを手に持っていない。今日の配布物の一部をそのバッグに入れたはずだ。
「え!?」
「取ってくる」
「え、え?」
「じゃあな、また明日」
 レンは学校に引き返そうとして、戸惑っているリンの方へ振り向いた。
「先帰ってろ!」
 もう家もすぐそこなんだから。言い放って、レンは学校の方へ駆け出した。

 引き返す通学路に生徒の姿はない。昇降口はまだ施錠されていないようで、レンは静まり返った校舎に足を踏み入れた。
 三月までの教室ではなく、今朝来た教室へ向かう。二年の教室は階が変わり、馴染まない経路を歩く。早く用事を済ませよう。早足で、レンは階段を駆け上がって、廊下を進む。
 教室に入ろうとして、レンは足を止めた。同時に思わず、息も止めかけた。教室の中に、人影が見えたからだ。
 ちょうど今日、レンとリンが並んで座っていた席の前に、人がいる。――いや、人ではないかもしれない。レンは直感で思った。少なくとも、先生とか生徒とか、そういう感じではないからだ。
 薄桃色をした服、短めのスカート、そして、濃い桃色をした長い髪は、二つに結われている。見た感じ、年齢は中学生か高校生ぐらいの女の子だ。
 その女の子は、リンとレンの席を見つめて、何か考えごとをしているようだ。軽く握った手を口元へ当て、息をつく。そして、その手をリンの机へと下ろす。そこに、一枚の桜の花びらが落ちた。
 忘れ物を取りに来ただけなのに。押し殺していた息を吐くと、女の子の視線がレンの方へと向いた。そして確実に、目が合った。
 どちらも譲らない。レンは相手が人ではないのを確信し、女の子はレンに自分を認識されていることを確信し、見つめ合うほど穏やかではなく、睨み合いの領域に踏み込んでいる。
「何やってんだ」
 先にレンが声を上げて、教室へ入った。
「お前幽霊か? この世に未練でも?」
 試しに聞くと、女の子はむっとした顔をした。
「幽霊じゃありません、精霊です!」
 まあ、どちらかといえば精霊っぽいか、とレンは思っていた。精霊は小さいことが多く、人間の容姿とはかけ離れていることがほとんどなので、この女の子のように普通の人間に近い姿をしているのは珍しい。学校は幽霊が比較的多い場所なので、幽霊の可能性もなくはなかったが、髪の色や服装の雰囲気が人間とは違う。
「桜の精霊です!」
「……ああそう。で? 何してた」
「運命の人を結ぶ儀式を」
 女の子――桜の精霊は大仰な言い方をして、笑みを浮かべた。それに対し、レンは不愉快な表情を返した。癪だが、リンの話していた噂通りの存在だ。間違いない。
「なんだそれ」
「私には分かるんです」
「はぁ?」
 桜の精霊の方にレンは歩み寄る。そもそも、自分の席に忘れ物を取りに来たのだ。そうしたら、自分の席の近くで精霊が儀式とやらを始めていた、なんて状況だ。
「俺、忘れ物取りに来たんだよ。邪魔。ばかばかしい」
「あら、そんなこと言ってていいんですか? 運命の二人の片方は、あなたが気にしている子ですよ?」
「……!?」
 桜の精霊の視線が一度レンの目に向けられてから、リンの机の上に落ちる。レンもその視線の先を追わされる。リンの机の上に、桜の花びらがある。さっき、桜の精霊が置いたものだ。
 それは見ていたが、それより、この精霊は「レンがリンのことを気にしている」と言ってきたのだ。レンは胸の奥がぞくっとした。
「鏡音リン、ちゃん……可愛い子ですよねぇ」
「お前……」
「うふふ。もう片方が誰か気になりますか?」
 桜の精霊の目はレンをからかっている。ペースに乗せられてはいけない。レンは動揺しかけた心を抑えて、相手を睨んだ。
「……そういうのはお前の気まぐれで考えてんだろ。そんなので運命を決められるとか、たまったもんじゃないな」
「へえ、強気ですね。ん、それとも、リンちゃんの運命の相手を知るのが怖いから? それなら弱気が正しいんでしょうか」
「うるせえ。運命がどうとか信じてないんだよ」
「はぁ、可愛くない子ですね」
 やれやれ、と言った感じで、桜の精霊は大きくため息をついた。
「残念なお知らせをしてあげます。もう片方はあなたじゃないです」
 言ってから、桜の精霊はレンの表情をうかがった。悔しがるのを待っている。そんな気持ちが見え見えだ。レンは何も言わずに、表情も崩さないように気を張った。
「ショックで言葉も出ませんか?」
「お前の言うことなんか迷信だ」
「……あーもう、せっかくの一年に一度の私の楽しみが台無しじゃないですか。萎えちゃいました」
 いつの間にか指につまんでいた花びらを、桜の精霊は自分の目の前に持ち上げ、それからその手を投げやりに下ろした。本当はこれから、その一枚をもう一つの机の上に置くところだったわけだ。
「大体、あなたみたいな人が見てるなんて想定外なんです!」
「知るか」
「……っ、もう! 私が本気を出せば……!」
 桜の精霊がそう言った途端、どこからともなく風が吹き荒れた。大量の桜の花びらが、レンの視界を塞ぐ。
「っ、な、なんなんだよ……!」
 風の勢いに押されて、勝手にレンの足が後ろに退く。顔には花びらが叩きつけられ、目を閉じるしかなくなる。
 そして、次に目を開くと、レンの前から桜の精霊は姿を消していた。
「なんだあいつ……!」
 さっきまで、あんなにも目の前にあったはずの桜の花びらは消え失せている。痕跡を残さずに精霊はいなくなったということだ。人の大きさだったし、それなりに力のある精霊だったのだろうか。……そんな力があるとして、一年に一度の楽しみが運命の二人を結ぶ儀式というのもおかしな話だが。精霊とは、つくづく意味の分からない存在だ。
 そもそも、忘れ物を取りに来たのだった。レンは自分の席に近づいて、目的のサブバッグを手に取った。ふと隣の机を見ると、そこには桜の花びらが一枚、取り残されていた。
「これは置いていくのかよ」
 レンは誰もいない教室で、一通り他の席の机の上を確認してみた。……他のどの席にも、桜の花びらはない。わざわざ確認したのがばかみたいだ。
 ふと、もう一度自分の席を見て、レンは床に何か落ちているのに気がついた。……桜の花びらが落ちている。
 レンは、それをそっと拾い上げた。そして、隣のリンの席と自分の机の上を、しばらく見比べる。
「……意味分かんないんだよ」
 レンは、拾い上げた花びらを、ズボンのポケットにしまい込んだ。
 随分長居してしまったし、もう帰ろう。レンが教室を出ようと足を踏み出したそのとき、外から足音がした。
「……リン!?」
「っ、はぁ……」
 リンが、息を切らせながら教室に入ってきた。
「帰ったんじゃねえのかよ」
「私も忘れ物!」
 机の方に振り返ると、リンの席の引き出しに今日配られたプリントが入っているのが見えた。レンも同じプリントを持っているし、持って帰らなくても見せられたのだが……レンが忘れ物を取りに行ってしまったから、それができなくなってしまったのだった。
「……あっ!」
 自分の机の上の花びらに、リンは気づいた。
「ねえレンっ、こ、これ、来たときからあった?」
「……知らん、見てなかった」
「これ、精霊さんが置いていったってことだよね……!」
 リンは、周囲の机の上に視線をやる。その様子を、レンは見守る。何度もきょろきょろして、そして、花びらが他にないのを確認すると、リンは小さくため息をついた。
「……ない……もう一枚……」
「お前さ……」
 レンはわざとらしくため息をついてみせてから、リンをじっと見た。
「その花びら、自分の机にあってどう思ったんだよ」
「……え」
「リンは自分の運命の相手が知りたかったのか?」
「そ、それは……ま、まさか私の机にあるなんて思わなかったから!」
 リンは桜の精霊の話を聞いたとき、クラスの誰か二人の机に花びらが置いてあって、その二人の行く末を見たかったな、ぐらいの気持ちでいた。そういう話の存在、精霊の存在のこと自体に興味があるからで、話の中身は他人事だった。
「……どうせ、気まぐれなんだよ」
「え?」
「なんでもねえ。あんな迷信より、もっと目の前見たらどうだ」
「え、どういうこと――」
 じっと見てくるレンの視線にリンが戸惑っていると、廊下の遠くの方から足音が聞こえてきた。先生かもしれない。
「ほら、帰るぞ」
「あ、ちょっと待って、……!」
 リンはプリントを鞄の中のファイルに挟むと、先に教室を出ていくレンを追いかけた。
 窓の外の桜は、風に吹かれている。花びらが一枚、散っていく。
「素直じゃない子ですねぇ……」
 昇降口を揃って出ていくリンとレンの後ろ姿を、桜の精霊は見送っていた。
「まあ、私も素直じゃなかったですけどね。嘘ついちゃいましたし」
 祈るように手を組んで、桜の精霊はそっとつぶやいた。
「……あの二人が仲良くなりますように」

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