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黒歴史 - 1/3

 一度しまい込んだものは、やがて、しまい込んだことすら、忘れる。次々に積み上げる、その土台になって。

 年に一度の大掃除、誕生日を過ぎたそのタイミングは節目としてふさわしいので、リンは例年通りに、部屋に置けないものをすべて片付ける作業を始めた。
 捨てるか迷うものは、すべてダンボールに詰めて、部屋の隣の物置に移動させることにしている。何年か後に見返すかもしれないからだ。
 去年置いたダンボールの上に、今年のダンボールを積む。去年のダンボールをちょっと開いてみたくなるものの、大掃除が長引きそうになるので、それは諦めた。
 今後もこうやって片付けをしていこうとすると、そろそろ置き場がなくなっていくかもしれない。そう思って、リンは物置の中のダンボールを少し配置し直すことにした。
 かなり昔に片付けたものが入っているダンボールを、持ち上げ、少し高いところに積み直そうとした、そのときだった。
「あっ!」
 手が滑った。ダンボールの蓋が開いて、そして、リンの頭に、その中身がすべて降り掛かってきた。

 全身に強い風を受けている。そんな感覚に気づいて、リンが目を開くと、周りは真っ暗だった。よく見ると、暗闇の中では、何か小さいものが光っているようだが、すべてが線になって走って見える。
 ――これは、落ちてる!
 リンはびっくりしたが、いくら見回しても、景色は変わらない。ただ、自分が落ちていく先の方向に、少し大きい光が見える。その光に向かって、落ちているようだ。
 片付けをしていて、それで、紙がいっぱいダンボールから降ってきて、その後の記憶がない。いつか地面につくのだろうか。それで、無事でいられるのだろうか。そんなことを考える以外、何もできない。どうしようもなくなって、リンは目を閉じた。
 そのうち、なんだか周りが眩しくなってきて、リンはぎゅっと目を瞑った。その次に、何かが自分の体の周りを駆け巡ったかと思うと、受けていた風がなくなった。
「おい、大丈夫か?」
 声がして、リンは目を開いた。目の前には、黒っぽい服に身を包んだ少年が立っていた。片手をリンの方に向けて広げたまま、視線を向けてきている。
 少年の後ろには、見たことのない風景が広がっている。地面は石畳のようで、割と開けた場所だ。周りにはベンチがところどころにあり、遠くには噴水らしきものもある。さらにその奥には、木がたくさん生えている。きっと、公園の広場のような場所だ。
「聞こえてるのか?」
 辺りを見回すリンに、もう一度少年が強く言う。同時に、少年が広げていた手が握られると、リンの体がぐらりと揺れた。……リンの足は地面についておらず、落ちていたときの姿勢のまま、空中に浮いていた。その状態になっているのに、揺れてやっと、気がついた。
「そろそろ立てよ、落ちるぞ」
 少年は握った手をそのまま、リンの顔の前に動かした。そして、差し出すように手を開いた。リンは、もがくように足を動かして姿勢を変え、なんとか少年の手に自分の手を乗せた。すると、全身に重力らしきものが瞬時にかかり、リンはふらついた。少年はリンの手を握り、リンはなんとか立ち直した。
「……お前、誰だ」
「……」
「名前は。言え」
 全く、状況が分からない。でも、自分に向けられる鋭い視線を、無視できる状態ではないのは、分かる。
「名前は……リン」
 リンが答えると、少年の目つきは少々緩んだものの、疑い深い表情になった。
「知らないな……」
 そして、一通りリンの全身を見て、表情をうかがうと、握った手を顎に当てた。
「見たところ、何が起きたか分かってない……ってところか」
 リンが大きくうなずいてみせると、少年はため息をついた。
「仕方ない。まず俺のことを話す」
 手を下ろし、少年は姿勢を正す。
「俺の名前はレン。この世界を守ってる、魔法使いだ」
 名乗った少年……レンの服は、言われてみれば確かに、魔法使いのようだ。黒くて、幾重にも重なる布は重そうにも見えて、これを普段着にしているような人は現実にいなさそうだ。
「それで、お前は空から落ちてきたんだ。それを、俺は仕方なく助けてやった」
 迷惑そうな顔で言われて、リンは萎縮した。
「お前がなんなのかは知らないけど、俺も人がこんなところで死ぬのは見たくなかったからな」
 レンは言ってから、上の方を指さした。
「それより。見てみろ」
 レンの指さす方を見て、リンはびっくりした。
「お前はあそこから落ちてきたんだ。おかげで、空に穴が空いたんだ」
 確かに、青空の中に不自然に、真っ黒な穴が空いている。輪郭の線は、まるで紙を破いたかのようになっている。
 そんな空の穴を見つめるリンに、急にレンは距離を詰めた。それに気づいてリンがレンに視線を戻すと、レンの表情は怒りに満ちあふれていた。
「どうしてくれるんだ?」
「え、えっ、その、……」
 慌ててリンは後ずさりする。
「ご、ごめんなさい……?」
「謝って済む話じゃない! お前があそこから落ちてきたんだろ、だからあの穴はお前に原因があるんだろ!」
 レンに怒鳴られ、リンにもどうしようもない気持ちがこみ上げてきた。
「そ、そんなこと言われても! 私、そもそもこんなところに来たくて来たわけじゃないし! 分かんないよ!」
「落ちてくる前に何かしてたとかじゃないのか!」
「知らない! やだ、こんなところ知らないもん、か、帰りたい……!」
 リンからしてみれば、部屋の片付けをしていたはずが、いつの間にか見知らぬ少年に怒られている状態に陥っているわけだ。ここがどこなのかも、よく分かっていない。
 リンが涙目になっているのに気づいたレンは、一旦目を閉じ、息をついた。
「……ちょっと待ってろ」
 レンはそう言うと、近くにあるベンチを指さした。
「?」
「座ってろって言ってんだ!」
「は、はい!」
 怯えながら、リンは慌ててベンチに座った。
「多分だけど、あの穴は異世界に繋がってる。お前はそこから来たんだろ。……つまり、……お前からすれば、元いた世界からこの世界に飛ばされてきた、って状態だよな」
 レンはそう言いながら、空中に手を広げた。その手を動かすごとに、何かの文様が現れていく。文字とも図形ともとれない、細く青い線の集合だ。そして、その文様がある程度の大きさに広がったところで、空の穴の方へ、手を向ける。
 魔法を行使しているところなのだろうが、――見たことがある? リンはなぜか、そう思った。どこで見たのか分からないが、なぜか、この魔法の使い方に見覚えがある。現実で魔法使いなんてありえないから、何かの話で見たのかもしれない。
「大方、予想通りか」
 空中に広がる文様の一部がちらちらと光る。そして、レンが広げた手を握ると、文様はしまわれるように消えた。
「とりあえず、お前を元の世界に帰すことぐらいはできる」
「えっ、できるの!?」
 あまりにもあっさりと言ってのけたレンに、リンはびっくりして目をぱちくりさせた。
「俺はこの世界じゃ一番の魔法使いなんだ。それぐらいはできる。お前が落ちてきた経路も辿れたし、把握もした」
「すごい……」
 さっきやっていた魔法で、そんなことをしていたらしい。
「――でも、ただでは帰せないな」
 レンはそう言って、座っていたリンに近づくと、リンの右手首を握り、立たせた。そして、自分の空いた手を、また広げた。
 瞬時に、広げられた手から、今度は紫色をした文様が広がる。そして、握っていた手が離されると、リンの手首に文様がリボンのように巻き付いた。
「……!」
 リンが驚く声も出せないうちに、その文様は白いハンカチに変わり、リンの手首に括りつけられた状態になった。
「今は帰してやるけど、……必ず、空の穴の責任は取ってもらうからな」
 レンはリンを睨んでそう言うと、今度は両手を広げてリンに向けた。リンとレンの間に大きな青色の文様が広がると、それはまばゆい光を放った。

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