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昔の歌の話

「ただいまー」
 リンが帰ってきた。
「おかえり」
 レンは、持っている端末の画面に視線を落としたまま、小さく言った。
 今は、リンがソロの歌の仕事をしているので、レンはずっと留守番をしている。曲は作っている途中らしく、しばらくずっとこんな日が続くようだ。
 持って帰ってきた荷物を片付けながら、リンは何かを口ずさんでいる。仕事を終えてしばらくは、歌うことから離れられないようで、延長戦とでもいった感じだろう。
 いつものことだ。レンはなんとなくリンの声を耳に入れていただけだったが、――ふと、そのメロディが気になった。
「リン、ちょっと、その歌やめてよ」
「え?」
 恥ずかしそうに言うレンに、リンは声を止めつつ、首を傾げた。
「なんで?」
「……それ、今の仕事で歌ってる歌じゃないよね」
「うん、レンの昔歌ってた歌」
「やっぱり! なんで歌ってんだよ!」
「なんでって、好きだから」
「……!」
 リンは平然とした顔で言うが、レンは気が気でない。あまりにも昔の歌で、恥ずかしくてたまらない。
「いいでしょ、好きなんだから歌っても」
「僕の前で歌うのはやめて!」
「なんで?」
「む、昔すぎるんだよ! 拙いところとか思い出すから!」
「じゃあ歌い直してみたら? 今ならもっとうまく歌えるってことでしょ?」
「それは」
 レンは、リンから視線を外した。
「……それはない」
 レンの声が真剣になり、リンは何も言わずにレンの様子を見つめる。
「あのときにはあのときの気持ちがあって、あのときにはそれが最高だったわけだから……僕が否定するわけにはいかない、っていうか……」
 なるほど、とリンは思った。それからしばらくの沈黙があって、リンはまだ片付け終わっていない楽譜に目をやった。
「んー、つまり悪い曲じゃないってことだよね? 歌っちゃうもんねー!」
「だから! もう! あーっ!」
 レンが喚くのも聞かず、リンは片付けを再開しながら歌い始めた。気が済むまでは歌いたいということらしい。しかも、さっきは鼻歌程度だったのに、しっかり歌詞付きで歌っている。
「すきだー、すきだー、だれよりもー。すきだー、すきだー、だいすきだー」
 レンがこの歌に恥ずかしさを感じるのは、あまりにもストレートすぎるこの歌詞のせいだ。出てくる言葉の種類は圧倒的に少ない。ただ「好き」と言い続けているに近い歌だ。
 リンの歌は止まらない。よくこんな歌詞を恥ずかしがらずに歌えるな、と、レンは顔を歪めながら、端末の画面を見る。文章を読んでいた気がするが、リンの声がずっと耳に入ってくるから、書いてある文章の意味が頭に全く入ってこない。歌うときはそれに精一杯だから、歌詞の内容なんて気にしないものなのかもしれないが、聞いている側だと、どうしても気になってしまう。
 やがて、歌の最後に来て、リンの歌はそれで終わった。一曲リピート再生ではないようで、レンは心の中で胸をなでおろした。
「なんで今更この曲を……」
 小声でレンが言ったのを、リンはちゃんと聞いていた。レンに、リンは笑いかける。
「思い出したからだよ」
「なんで……」
 リンは、少しだけ考えて、一人でうなずいた。
「完成見えてきたし、言ってもいっか。今、この曲のアンサーソングを作ってるんだよね」
「え?」
「はー、そんなにレンが恥ずかしがるなんてなー。残念。せっかく作ってるのに」
「……う、ううう、嘘でしょ!?」
 レンは顔を真っ赤にした。かつてこの曲を作ったときのことを考えると、恥ずかしがっているのは申し訳ない。でも、あんなストレートな告白のような歌にアンサーソングがつくのだとすると、まるで告白の答えを聞くような状態なわけで、やっぱり、恥ずかしさがこみ上げてくる。
「完成、楽しみにしててね」
 慌てた様子のレンを、リンは面白そうに見つめた。

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