「よっし、クリア!」
最後のボスを倒して、レンはこぶしを握りしめた。ぽちぽちとゲーム機のボタンを押して、締めのストーリーを読む。ハッピーエンド、努力も報われて、めでたしめでたし、というやつだ。
エンドロールを眺めながら、レンは考える。多分、回収できていなかったサブストーリーとか、埋め損ねた図鑑とか、そういうのが残っているはずだ。大体、こういうのは1周目ですべて回収できるわけがない。クリアまでは我慢してきたが、2周目からは攻略サイトを見てもいいだろう。
「制作者の作ったものは全部見たいもんなぁ」
ノーヒントでそれをやり遂げる自信はないから、攻略サイトには頼る。ストーリーも世界観も面白かったし、できれば、このゲームにある要素は全部見たい。
机の上のデジタル時計を見ると、「21:37」と表示されている。思ったより早くボスを倒せたし、時間はある。一旦セーブを挟んでから、レンはすぐに2周目を始めることにした。クリアマークのついたセーブデータを選べば、色々引き継がれて、また最初からのはずだ。
「あれ?」
セーブデータがロードされたはずなのに、画面は真っ白のまま、動かない。ローディングのマークも出ない。フリーズだろうか。データが壊れてしまったのではないか、と、不安になってくる。でも、このままでは始められない。レンは一旦、ゲームの電源ボタンに指をかけた。
「!」
そのとき、真っ白な画面はさらに眩しく光った。ゲーム機からこんな光が出るなんておかしい。そう思いながら、レンはぎゅっと目を瞑った。
水が流れているような音がする。どれだけ目を瞑っていたか分からない。レンはそっと目を開けた。
「え、あれ? えっ?」
自分の部屋にいたはずなのに、周りは全く違う風景に変わっていた。冷たい床の上に、座っている。左右には石でできた壁があって、照明が取り付けられている。そして、前には暗闇が広がっている。
それにしても、なんだか体が重い。レンは自分の体を見て、驚いた。
「あの装備のままだ! えっ、すごい!」
クリア前、ボスに挑むときに着ていた装備と、全く同じデザインだ。防御重視の鎧だから、とても重く感じる。そして、鳥の羽根をモチーフにしたマントは、ゲーム画面で見た以上にきれいだ。
「ってことは、武器も……?」
手元の床に目を向けると、鞘に入った剣もそこに置かれていた。これも、柄の部分が翼のデザインになっている。緻密な作りに、思わず目を輝かせてしまう。
テンションが上がってしまったレンだったが、自分の手に視線を戻して、我に返った。
「VRとかじゃないよな……なんでこんな……?」
手を動かして、周りを見て、そして、空気の温度を、顔で感じる。――あまりにも、現実的すぎる。夢にしては、自分の意識がはっきりしすぎているような気もする。
どうしよう、と、レンが立ち上がろうとすると、頭のてっぺんに、軽い衝撃が落ちてきた。
「いった~い!」
レンの後ろから、かわいらしい女の子の声が、小さく聞こえた。レンがきょろきょろと周りを見ると、レンの視界に、飛んでくる何かが入ってきた。
それは、手のひらより少し大きいぐらいの、……つまり、とても小さな女の子だった。黄色が少し混じった緑色のワンピースは、裾の部分が少し透けている。黄色い髪の一番上には、服と同じく緑色の透けたリボンをつけていて、背中には透けた妖精の羽がついている。その羽を羽ばたかせながら、浮いている。
「あっ! いらっしゃい!」
目が合うと、その女の子はそう言って、にっこりとした。
「……?」
「レン、だよね! ようこそ!」
意味が分からずにいるレンに、女の子はめいっぱい両手を広げている。歓迎の気持ちを表しているようだ。
「……え、なんで俺の名前……」
「入力してくれてたでしょ? ちゃんと覚えてるよ!」
「入力……え、ゲーム? これゲームの中?」
「レンはもの分かりがいいね! 説明しなくても分かるなんて!」
えらいえらい、とにこにこする女の子に、悪い気はしないながらも、レンは戸惑った。確かに、やっていたゲームでは、最初にプレイヤーの名前を入力することになっている。特に、なんの捻りもなく、自分の名前を入力した。それを、呼ばれたのだ。
「私はリン! このゲームの案内役なの。よろしくね!」
「うん、よろしく……?」
もう、このゲームを始めたときのことはほとんど覚えていないのだが、メニューから操作方法を開くと、リンのような姿をしたキャラクターの絵があったような気がする。レンは、ゲームの初めの方を頑張って思い出した。
確か、ゲームは地下水路からスタートする。そこで、妖精に操作方法を教えてもらいながら、地上に向かう。それで、地上に出ると、「幸運を祈るよ!」などと言われて、その妖精とはお別れすることになる。……本当に、最初の説明のためだけに現れるキャラクターだ。
リン、という名前があったんだな、と思っていると、リンは何かを思い出した顔をして、口に手を当てた。
「ねえっ、レン、大変なの!」
「な、何が?」
「あのね、やってほしいことがあって、それで、レンをゲームの中に呼んだの」
「やってほしいこと?」
「うん。うまく説明できるか、分かんないけど……今、このゲームの中で、ゲームの外の世界を支配しようとしてる存在がいるの」
「え? ど、どういうこと?」
リンの話し始めたことは、少なくとも、このゲームのストーリーとは違うようだ。ゲームの中に呼ばれたなんて時点で、普通ではないのだが。
「普通ね、ゲームの世界から外の世界を知るなんてことはありえないんだけど、なぜかそれができちゃった存在がいるの。それで、それが、外の世界を支配しようとしてて……」
ストーリーには、世界征服を企む敵はいたけれど、リンが言う存在は、外の世界を目標としてしまっているようだ。すぐには信じられない話だが、大変な状況なのは、レンにも分かった。
「その存在、なんだけど、このゲームの裏ストーリーを進めれば会えるはずなの。だから、そいつを倒して、そいつの企みを阻止してほしいの!」
「……う、うん……?」
とりあえず返事するレンの顔を見て、リンはにっこりとした。
「安心してね、そこにたどり着くまでは私がしっかり案内するから! 案内役だから!」
そう言って、リンは自信満々に胸を叩いてみせる。それが微笑ましく見えて、レンは心を許してしまった。
「そうと決まれば! 目的地のマップを出さないとね!」
ふわっと浮き上がり、リンは片手を挙げた。何かを召喚しようとしている動きに見える。しかし、何も、起きない。
「……だ、出そうかな~……?」
リンは、必死で挙げた腕を振っているが、努力も虚しく、何も、出てこない。
「あれっ、出てこないなぁ、おっかしいなぁ」
くるくると飛び回ってみたり、ワンピースの裾を振ってみたり、色々しているが、全く状況は変わらない。
「あ、あの……大丈夫……?」
レンがおそるおそる声をかけると、リンはびくっとしてレンの方へ振り返り、焦った顔をした。
「ごっ、ごめん! せっかく呼んだのに、このままじゃレンにストーリー進めてもらえない……! ううっ……」
「な、泣かないでよ、……待つとか、できるから、さ」
涙目のリンにレンが言うと、リンは涙をこぼしてうなずいた。
「ちゃ、ちゃんと用意するね! 用意できたら、また呼ぶから!」
「う、うん、分かった……」
レンが答えると同時に、レンの視界は、揺らいだ。
意識が戻ると、レンは自分の部屋で座っていた。
「あっ!」
ゲーム機を足元に落としている。慌てて拾い上げて、画面を見ると、タイトル画面が表示されていた。
デジタル時計を確認すると、「21:41」と表示されている。……ほとんど、時間が経っていない。
「なん、だったん……だろ」
夢だったような、気もしてくる。でも、リンとの会話は、今も鮮明に思い出せる。そして、また呼ばれるのを、しばらくは待つことになる……。
ゲーム機はスリープ状態にして、一旦充電器に繋ぐ。そして、レンはスマートフォンを手に取り、ベッドに腰掛けた。
「攻略サイト……」
あんなことが起きていなければ、攻略サイトを見ながら2周目に取り掛かるつもりだったのを思い出した。リンの言っていた裏ストーリーというのも、もしかして載っているのかもしれない。
検索で見つかった攻略サイトにアクセスする。そして、サブストーリーや隠し要素のページを、一通り読む。情報は充実しているようで、きっとこれを参考に進めれば、未解禁のものも全部見ることができそうだ。
しかし、記憶と照らし合わせる限り、大体のサブストーリーは1周目で見ることができていたようだった。そして、まだ見られていなかったストーリーも、軽い日常のものであるようだ。
気になって、登場キャラクターの一覧を探してみる。最初に出てきた、案内役の妖精の項を探す。
『チュートリアルの妖精さん。最初の地下水路を出るまで説明してくれる。仲間にはできない。メニューから操作説明を開くと表示されているキャラクター。名前は確認できない。かわいい』
おおよそ、思った通りのことしか書かれていない。『かわいい』は、なんとなく同意できてしまうけれど……やっぱり、名前もゲームでは分からないようだ。
結局その晩、レンは攻略サイトを読んで過ごした。