レンは焼き立てのパンを並べながら、ため息をついた。
「あらあら、どうしたの? 元気ないね」
「あ、すみません……」
店長のおばさんに、見られてしまった。次に並べるパンをとりあえず受け取って、並べる。
「それで最後だよ。終わったらパンあげるから」
「やった! ありがとうございます!」
顔を輝かせるレンを見て、おばさんは安心して笑った。
今日は、レンはパン屋のアルバイトに来ている。開店前にパンを並べるだけの仕事だ。この仕事を終えると、必ず焼きたてのパンを食べさせてもらえる。
「何かあった?」
レンがパンを並べ終わって休憩室に入ると、おばさんはパンを渡しながら聞いてきた。
「あ、あの、全然気にしないでください、僕個人のことなので……」
「ううーん、気にしないでって言われると、気になっちゃうのが人の性よ?」
おばさんは笑いながら言って、持ってきたパンを頬張る。食べろと促されるので、レンもパンを口にした。
「ええっと……でも、ギルドのことなんで……」
「そっか、ギルドは入ったばっかりだったっけ?」
「そうです」
レンは、つい最近「ゼニスブルー」という名前のギルドに入った。ゼニスブルーは、このパン屋が店を構えているプリフォリカという町に拠点があり、プリフォリカはもちろん、その周辺の町を含めた範囲で、魔物退治などの依頼を一手に引き受けている。
「……まだ、慣れてないんですけど……」
レンの笑顔がぎこちないのを、おばさんは見逃さない。
「ギルド、おばさんはよく分からないけどさ。目の前の少年が浮かない顔してるのは見過ごせないからね! いつもいい仕事してくれるし、話ぐらい聞かせてよ。おばさん、人の話聞く天才よ?」
「……ありがとうございます」
ごまかせそうにないな、と、レンはうなずいた。
「僕、ギルドに入ったら、人の役に立つ仕事がたくさんしたいと思ってたんです。……まだ、入ったばかりだから、役に立ててないとは思うんですけど」
「そんなに慌てることはないんじゃない? 何、ギルドの仕事は簡単すぎるの? それとも地味?」
「いや、そうじゃなくて……そういう方向じゃなくて……」
うーん、と、レンは一旦考え込んだ。なんと言えばいいのか、分からない。おばさんは、とりあえずレンの次の言葉を待つ。
「……怪しい、っていうか……」
「怪しい?」
「うまく、言えないんですけど。少なくとも、人の役に立ってる気はしないんです……」
おばさんも、唸る。そして、口を開く。
「どんな仕事かは知らないけど……なんで怪しいって思うの?」
「えっと、魔法で使うものを納品するんですけど……用途が分からなくて」
昨日、レンは、いくつかの魔法陣を紙に書く仕事をした。できたそれはギルドの人に受け取られ、終わり……という、それだけの仕事だった。誰が、なんのために必要としている魔法陣なのか、分からなかった。仕事を割り振ってきた、ギルド長の秘書であるクミンには、用途を聞いてみた。しかし、気にすることではないと言われて、それより早く書けと怒られてしまった。書いた魔法陣も、基礎となる線を書いただけで、多分そのあとに書き足されるはずなので、用途を推測することもできなかった。……雑用、なのかもしれない。ただ、魔法陣を書いてまでやるような魔法というのは、そこそこ複雑なはずだ。だから、レンは「怪しい」と思ったのである。
「なるほど……でも、仕事で人の役に立ちたいなんて、レンくんは偉いねえ」
「でも、おばさんだって、おいしいパンで人の役に立ってるじゃないですか。このパン、ほんとおいしいです」
「もー、褒め上手だねえ!」
おばさんは大げさに笑う。レンもつられて笑ってしまった。実際、悩みもおばさんのおかげで軽くなっているわけだし、まさに「人の役に立っている」人だ。
「人の役に立つ仕事なんて色々あるからねえ。レンくんもいろんなお店で働いてるし、それだけで人の役に立ててるんじゃないの?」
「まあ、それは確かにそうなんですけど」
「その辺の店、一通り手伝ったことあるでしょ。取り合いになっちゃってるぐらいよ?」
「あはは……ありがたいことです」
レンは、ギルドに入る前から、お金稼ぎも兼ねて、プリフォリカ内の様々な店でアルバイトをして回っている。ギルドに入ってからは短い時間の仕事だけにしているので、店の人たちからは残念がられている。
「あの二つ向こうのカフェの店長、正式に働いてほしいなんて言ってたけど、聞かなかった?」
「……断りました。ギルドの仕事が少ないうちは、引き続き、少しだけ働かせてほしいって言いましたけど。それだけでも嬉しいって泣かれちゃいました」
「だろうねー。あそこの店長もかわいそうに……でも、ギルドにこだわってるんだよね。何か理由でもあるの?」
「……それは」
少し、レンの表情が真剣になり、おばさんは息をのんだ。
「せっかく、魔法が使えるので。それを生かしたかったんです」
「……確かに、それはお店のバイトじゃ生かせないね。もったいない」
「あと、もう一つ。ギルドに入ること自体、憧れだったんです」
そう言ったレンの表情は、いつもとはまた違う輝きを見せる。
「……その話、詳しく聞かせてよ!」
おばさんは身を乗り出した。
レンは、プリフォリカからは列車で移動しなければならないところにある、少し田舎の町で生まれ育った。あるとき、その町に、魔物がやたら出てくるようになったことがあった。日が沈む頃になると決まって現れ、住人は恐怖に震えていた。
そのとき、町に来てくれたのが、あるギルドのメンバーだった。複数人で来てくれて、魔物討伐と、町の見張りを交代で行っていた。
まだ幼かったレンは、とにかく魔物が怖くて仕方なかった。そんなレンを安心させるために、ある夜、町の見張りの担当をしていたギルドメンバーの男性が、ずっと話し相手になって、励ましてくれた。セージ、という名前の人だった。
本来は見張りをしなければならないから、子供のお世話なんてしている場合ではなかったのかもしれないが、セージは、「これも立派なギルドの仕事だから」と言っていた。それに、魔物討伐を担当しているメンバーも腕利きだらけだから、任せていれば大丈夫とのことだった。「もし何かあっても、そのときは俺が守ってやるから」……そう言っていたセージは、とにかくかっこよかった。
レンはセージから、魔物討伐の状況などを話してもらった。今は町に来る前に魔物を倒せている状況だけれど、魔物が発生する原因をまだ特定できていないから、解決にはまだまだ時間がかかりそうだということだった。
それから、ギルドでの仕事の話も教えてくれた。ギルドで働くために、とにかく魔法の練習に励んだという。そして、ギルドに入ってからは仲間に恵まれて、今こうして人の役に立てている……という、話だった。
そのあと何日か経って、魔物は全く現れなくなった。ギルドの人たちが懸命に頑張ってくれたおかげだった。そのときをきっかけにして、レンは魔法の練習に励むようになった。いつか、お世話になったギルドの人のように、自分もなろうと思って。
「いい話だね〜! おばさん感動しちゃったよ」
レンの話を聞き終わったおばさんは、目を輝かせてそう言った。
「ありがとうございます」
「それならギルドにこだわるよね、応援してるよ……あっ! もうこんな時間だ!」
おばさんが壁の時計を見て立ち上がる。パン屋の開店まで、あと数分しかない。レンも慌てて立ち上がった。そろそろギルドの拠点に戻る時間だ。
「レンくん、今日もありがとうね!」
「はい、またよろしくお願いします!」
挨拶を交わして、レンはパン屋を出た。拠点に戻ったら、次の仕事があるのか聞かなければ。
昔の話を人にしたのは久しぶりだ。拠点に向かって歩きながら、レンはふと思い出した。
「……あの魔物のこと、結局どうやって解決したんだろ?」