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衣装部屋の話

 ステージでの出番が終わり、リンとレンは楽屋に戻ってきた。着ていた衣装から着替えて、衣装はハンガーにかける。
 今いる楽屋に並んでいるのはステージ衣装だが、別の部屋には、ドラマやミュージックビデオで着られる衣装もあるらしい。ただ、ここのところの二人はライブで歌う仕事がほとんどなので、そのあたりの衣装を着る機会はなかなかない。
「レン!」
 帰るために荷物を持ち上げたレンに、リンが言った。
「アルバイトしてみたくない?」
「何を突然……」
 なぜか、リンは荷物を置いたままだ。どうも、帰る気がない。
「アルバイト! お店のアルバイト! したくない?」
「歌で精一杯だけど……」
「えー、お店の制服着て接客とか、ライブのファンサービスの勉強になると思うなー!」
「うーん……でもアルバイトって色々大変なんじゃないかなぁ。そんな気軽にやりたいなんて……」
「それはそうだけど、で、でも! 私制服着てみたい!」
 やたらと意欲的なリンに、なるほど分かったぞ、と、レンは視線を送った。
「制服着たいだけでしょ」
「ばれた?」
「うん、そんなことだと思った」
 おそらく、リンは「ここにある衣装以外も着てみたい」と言いたかっただけだ。レンは、持ち上げていた荷物を下ろした。
「で、制服って、具体的にどういうのがいいわけ?」
「ファーストフード店! スマイルただ! とかやりたい!」
「なんか偏った想像だなぁ」
「レンはお客さんの役やってよ! で、私にスマイル頼んで!」
「嫌だよ、スマイル頼むとか痛いでしょ、あれからかってるんだって」
「実際の店でやるわけじゃないんだからいいでしょ? ね、それより制服探したい!」
「……」
 レンは、いまいちリンのテンションについていけないでいる。しかし、リンはレンのそんな様子などは気にせずに、楽屋の出口へ向かう。
「レンもほら、来て来て」
「分かったよ……」
 リンはるんるんとしながら、楽屋を出る。通路を進んだ突き当たりに、衣装部屋があると聞いている。一度も入ったことはないが、自由に使っていいらしいので、以前からリンはその衣装部屋に入ってみたかった。
 リンは衣装部屋にたどり着くと、笑顔でドアを開けた。
「……?」
 衣装部屋の中を見た二人は、驚いて言葉を失った。衣装部屋のはずなのに、大量に衣装が並んでいるわけではなかったからだ。
 丸いテーブルが一つと、その奥に、人がひとり入れるぐらいの装置が立っている。想像していたより殺風景だ。
 リンがテーブルの方へ近づくと、テーブルの上に、画像や文字が浮かび上がった。
『衣装部屋へようこそ! 様々な衣装をお試しいただけます』
「なにこれ?」
 リンが浮かんでいる文字に首を傾げ、レンもその後ろから覗き込む。
『衣装をデータ化することで、収納空間の制約をなくしています。ただいまのあなたへのおすすめはこちらです』
 そう表示されると、リンが立っているすぐ横に、服のシルエットが浮かび上がった。実物と同じ大きさだ。そして、そのシルエットが、実際の服のデザインに変わっていく。
「わーっ制服だー!」
 現れた服は、まさにさっきリンの言っていた「ファーストフード店員の制服」だった。
「すごい!」
 大喜びするリンに対し、レンは冷めた目でそれを見た。
「怪しすぎでしょ……これ大丈夫なやつ?」
「大丈夫だよ! これぐらいのシステムあってもおかしくないじゃん」
「……そうかなあ」
 確かに、ライブで立つステージの空間演出は、データ化したものを投影するということが多い。別に、システムや技術の存在には驚かないのだが、衣装でこういうものを目の前にするのは初めてだ。
「どうやって着るのかな?」
 リンがつぶやくと、テーブルの上の文字表示が変わった。
『この衣装でよろしければ、奥の装置に入ってください。すぐに着替えられますよ』
「へ〜! すごい!」
「えっ、ちょっとリン――」
 リンは、すぐに装置の前に向かった。自動でドアらしきものが開き、リンは躊躇なく中に入る。そして、ドアは自動で閉まった。
 装置についているランプが様々な色に光る。レンはただ、戸惑いながらそれを見ることしかできずにいた。正直、変な装置にしか見えない。リンが中で無事なのか不安で仕方ない。
 そんなレンの心配をよそに、着替え完了を表す効果音が鳴って、装置のドアが開いた。
「レンー! 見て見て! ぴったり!」
 満面の笑みで出てきたリンは、ファーストフード店員の制服に身を包んでいる。
「どういう仕組み……!?」
 普通に着替える場合より、明らかに短い時間で着替えが終わっている。実物大で表示されていた衣装は明らかにデータだったのに、と、レンは不安になる。
「細かいこと気にしない方がいいよ!」
「いや、元々着てた服は!? 今のそれはちゃんと本当の服なの!?」
『ご心配なく。元の服は保管されていますし、試着されている服は具現化されています』
 心配性なレンに、テーブルの上の文字が説明してくる。
「ほら、ここに元の服あるでしょ」
 装置の外にある引き出しを開けて、リンは中をレンに見せた。確かに、来たときにリンの着ていた服が、畳まれて入っている。装置の中とこの引き出しは繋がっているらしい。
「自動更衣室みたいな感じだよね!」
「……」
 とりあえず、目の前のリンが無事そうなのでいいとして、やっぱり、レンにとっては不可解な点が多い。
「なんで、おすすめがピンポイントでファーストフード店の制服だったのかな」
「それは、世界中にいる私のファンの期待がこの服を選んだからじゃないかな?」
「何を言ってるの……」
 リンの言動はさておき、似合ってはいるかな、とこっそりレンは思う。大量の衣装がない分、そこそこ広々とした部屋で、リンは色々とポーズをとっている。そして、レンの方を向くと、いかにも店員らしく姿勢を正した。
「さあさあレン、お客さん役やってよ! スマイル頼む役!」
「え!?」
「約束でしょ?」
「約束した覚えないけど!?」
「いらっしゃいませー!」
 勝手に、ファーストフード店の雰囲気が始まってしまった。リンの声が、本物の店員の言い方に寄せられて、思わずレンも応じてしまう。
「ご注文をどうぞ!」
「えっと……スマイルを……」
「私のスマイルは安くないですよー?」
「……っ! た、ただじゃないんですか!?」
「もう一回言ってくれたら考えなくもないですけどー。うーん、声が小さかった気がしますねー。もう一回、はっきり分かるようにどうぞ?」
「す、スマイルくださいっ!」
「はい、どーぞ!」
 レンの真正面で、リンはにっこりとしてみせた。思わず、レンは顔を背けた。
「……ま、満足?」
 そう言いながら、レンがゆっくりリンの方へ視線を戻すと、リンは普通の顔をしていた。
「うん。あ、でも、この服以外も着たいなぁ」
「まだあるの?」
「喫茶店の制服も興味あるな~!」
「勝手にやっててよ」
「えー、レンもやろうよぉ」
 やる気のないレンの腕を、リンは引っ張る。
「なんで僕まで……」
 そう言っていると、テーブルの上に文字が現れた。
『喫茶店イメージの衣装でしたら、こちらはいかがでしょうか』
 それと同時に、リンとレンの間に、また衣装のシルエットが現れた。
「おおー! 可愛い!」
 シルエットは、メイド服のデザインへと変わった。喫茶店といえばメイド服か、と思ってから、レンは顔をしかめた。
「……なんで二つ?」
 なぜか、リンとレンの間には、二着のメイド服が並んでいる。
「え? 私とレンの分でしょ」
「は?」
「私着替えてくるね!」
 二回目で慣れているのか、リンはすぐ装置へと入っていった。
「いや、ちょっと待って」
 着替えに行ったリンの方に表示されていたメイド服は消えて、レンの横にはメイド服が表示されたままだ。
「なんで僕の横に残ってるの?」
 レンは、テーブル上の文字に問いかけてみるが、文字は何も変わらない。レンが文字を睨んでいるうちに、メイド服に着替えたリンが出てきた。
「着替えたよ! ほら、レンも入って」
 リンが、無理やり装置の方へレンを押そうとする。レンは必死で抵抗するが、リンは怒ってレンを叩く。
「なんで! 着ないって!」
「おすすめしてくれてるんだから着なよ!」
 案外強いリンの力に押され、レンは装置の中に入れられてしまった。
「なんでこれをおすすめされてるの!」
 装置のドアが閉まる前にレンが言うと、リンはにっこりした。
「それは、世界のどこかにいる、レンのファンの気持ちがこの服を選んだから……」
「何を言ってるのー!」
 無慈悲に、装置のドアは閉まる。やれやれ、とリンはため息をついた。
「嫌だって言ってんのにー!」
 装置の中から、かすかにレンの叫び声が漏れだした。

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