#023
「さっきまで焼いてた……目玉焼きが……」
僕がつぶやくと、トリッカーくんも不思議そうな顔でホットプレートの上を見て、
それから、僕と同じように、天井や周りを見回した。
「消えたね」
「……うっ」
トリッカーくんが現実を突き付けてくる。
「……トリッカーくん、
僕が目玉焼きひっくり返した瞬間に食べたとか……ないよな」
僕がトリッカーくんの顔を見ると、トリッカー君はびくっとした。
「そんなわけないでしょ! 何で僕を疑うの! ひどい!」
「だってトリッカーくんは食い意地はって……」
「さすがに人が焼いてる最中の目玉焼きまで食べないよ!!」
ちょっとだけトリッカーくんが涙目になっている。
「……悪かった」
僕は言ってから、またホットプレートに目線を戻した。
「トリッカーくん、もう一回目玉焼き焼いてくれるか?」
「? ……まあ……いいよ」
僕がひっくり返すのがへたくそなだけかもしれない。
トリッカーくんは、すこし戸惑いながら目玉焼きを焼き始めた。
僕と、別に変わらないし……。
ひっくり返す瞬間も、僕と変わらないと思うし、
目玉焼きは普通に落ちてくるし……。
無事目玉焼きを焼いたトリッカーくんは、
お皿に目玉焼きを乗せると、僕の方を見た。
「ま、愛さえあれば焼けるってことだよ!」
トリッカーくんが得意げに言った。
「……愛、なのか……」
「そうそう、僕みたいにー、食べ物に最高の愛をこめて!」
「……」
何だか、トリッカーくんに焼けて僕に焼けないのは腹が立ってきた……。
こんなへらへらして「愛!」 とか言ってるやつに……。
「……じょ、冗談だよ。
イレイザーくん、顔が怖くなってるよ?
ほらほら、笑って」
トリッカーくんがぽんぽん、と僕の肩を叩いた。
僕はむすっとした顔をしていたかもしれない……気持ち、緩める。
「さっきのは何かの間違いだと思うよ。
もう一回やってみよ?」
僕はそれから5回ぐらい目玉焼きを焼いた。
……しかし、目玉焼きは、一つもできなかった。
全て、僕の目の前から消えた。
「ほら、さっき僕の焼いた2枚目をあげるから」
とトリッカーくんには慰められたけど、納得がいかない。
「物理法則的にありえないだろ。
なんでだよ。なんで」
僕が言うと、トリッカーくんもさすがに深刻そうな顔になった。
「……あのさ、僕は夢を食べるけど、
君はなにか特殊な力を持っていたりはしないかな」
トリッカーくんは冷静な声になって言った。
「僕が……?」
「君の名前が、意味するような」
……消す?