#031
#また視点が戻ります。
#そして結構長めです。
あれから毎日、何日も僕はあいつの部屋に通った。
あいつには部屋から出ないように言いつけていた。
最初に比べれば、あいつも普通に動くようになったけど、
それでもまだ、あいつは安定していなかった。
あいつに部屋から出たいという意思はもちろんあった。
特に、一つ目の人格が強くそう願っていた。
一つ目の人格は、僕によく似ている。
正直、あいつの持つ人格がこれだけなら、別に部屋に取り残す必要もなかったんだけど。
あいつの三つ目の人格が臆病なのは、こういう意味ではよかったのかもしれない。
三つ目の人格は一つ目の人格の願いを抑えた。
僕には従順で、自分は他の人には会えないという思いをずっと抱え込んでくれたから。
あまり、僕には似ていないかもしれない。
問題は二つ目の人格だった。
二つ目の人格に切り替えると、あいつは何も喋らなくなってしまう。
初めて会ったあのときのように、急に無表情になってしまう。
僕はあいつが人格を切り替えるということを知らなかったから、
あいつがあんな状態だったと思っていたんだけれど、
もしかすると、あいつは初めは二つ目の人格でいて、
その二つ目の人格に何か問題があったのかもしれない。
この人格をはっきりさせない限り、僕以外に会わせるのは、無理だ。
あいつの一つ目の人格は、まるで僕のコピーだし、
三つ目の人格は臆病すぎて、
さっきは一応、それが都合がいいとは思ったけれど、正直、見ていられない。
僕はあいつに何を求めていたのか?
そんなにも、結局は、僕に従順でいてほしかったのか、
僕はあいつが気に入らないのに。
また、あいつの部屋に行く時間が来た。
皆にバナナを配るその後に、あいつにも、という名目と、
実際は、あいつの人格をはっきりさせる目的のために。
戸を開くと、あいつは僕の方に体を向けた状態で座っていた。
……今日も、これか。
意味が分からない。
「今日こそ何か話す気になった?」
僕は近づきながら言った。
僕の声が分かったのか、少しだけ顔を動かしたけど、
その顔は僕を敵視しているつもりか、それとも、歓迎しているつもりか、まったく分からない。
一つ目の人格に話しかけるならば、もういつも通りの流れだ。
「今日も異常なし、みんな元気。
やっぱり、バナナは最高だよね」
「ねえ、まだ俺は部屋から出ちゃいけない?」
「まあね、まだ君は僕と話していればいいんじゃないかな?」
三つ目の人格に話しかけるならば。
「今日もバナナを持ってきたから」
「ありがとう、いつも、ありがとう」
「そんなに感謝されると恥ずかしいんだけどな」
僕は正直じゃないなと思う。
結局こいつへの接し方は、何というか、演技臭い。
演技のつもりはないんだけど、でも何かを偽っている。
だから二つ目の人格には言ってやる。
どうせ何も喋らないこいつには何を言っても一緒だ。
何も喋らないことに、こいつが三つも人格を持つことに、こいつが僕より、優れた存在だということに、
僕が思う不満のすべてを。
「僕は待ち飽きた。いつになったらお前は喋るんだよ。
お前は何を考えてるんだ。早く言ってみろよ。
……ああもう。気に入らない。
何でお前なんかのために毎回喋ってるんだろうな、僕だけが永遠に。
ほんと、お前なんか嫌いだ」
これぐらいぶつければ、何か一言ぐらい、返してきても、いいだろう。
それとも、本当にこの状態が、こいつの二つ目の人格だとでもいうのか。
まさかな。そんな訳はない。知ってる、僕は。
あいつは顔を動かした。
それから、下を向いて、
僕の方を睨みつけた。
「俺も、お前のことが嫌いだ」
やっと、言った。
「……あはは。そうこなくっちゃね」
僕は思わず笑った。
すると、あいつは立ち上がって僕の方に近づいてきた。
「何がおかしい。笑うな。
お前は何が楽しくて、俺をずっとここに閉じ込めてるんだ」
……多分、あいつはずっと、
僕に対する怒りの感情を溜めこんでいたんだろう。
それを突然、今になって、吐き出し始めた。
「言えよ」
「わかんないの? お前が今までこうやって話さなかったのが悪いんだよ。
今頃になってやっと? ようやく? 遅すぎ」
あいつは今まで見たこともないような表情で僕を見ている。
僕はこれを、待ってたんだ。
……僕に反発する僕を。
「ん? やっぱり言い返せないかな。僕を待たせ続けたもんね。
いいよ。僕は別に。君がやっと喋ってくれたからさ」
「黙れよ」
さすがに僕が立て続けに喋りすぎただろうか、
あいつは言葉を遮ってきた。
「何なんだよ、そんな笑顔でべらべら喋りやがって。うるさいな。
俺が黙ってるのをいいことに、いくつもいくつも暴言吐いて。
それでいざ俺が言葉を言ったらなんだよ、何笑ってんだ。
黙れ、黙れよ」
そのあと、急にあいつは何かに気付いて表情を変えた。
「……黙れ、よ……だま……れ、俺、が……」
「え」
さっきまでの怒りに満ちた表情が急に崩れた。
……他の人格が、邪魔をしたらしい。
「俺が、黙れよ……」
どんどん、さっきまでの勢いを失っていく。
「嫌いだ……」
僕は黙ってそれを見ていた。
その「嫌い」が、僕に向かっているのか、あいつ自身に向かっていたのか、
それはよく分からなかった。
でも、進歩はあったんだ。
あいつの二つ目の人格は、このときに、確かに僕の前に現れていた。