#032
#「共演」~「共演-6」の話が絡みます。
#視点また変更します。
俺があいつ以外に会うことを許されたのは、あれから何日もたったある日のことだった。
さすがに共演の仕事を断るわけにもいかないから。
俺の2番目の人格はかなり不安定で、俺自身としてはあまり好きではなくて、
でもあいつは、「その人格も君の一部だから、逃げるな」
とか、偉そうに言ってきて、渋々俺はすべての人格をはっきりさせようと努力することになった。
あいつは俺が三重人格だから嫌だとか言うのに、
その割にすべての人格をはっきりさせろだとか、
何を言っているのかよく分からないんだけれど、
でも、確かに俺は、この三つの人格を持たなければ、
俺として存在できないということは、なんとなく自覚はしていた。
それは宿命というような何かだった。
「他の人に会うのは許すけど、
多分君の2番目の人格は 、僕と話すだけじゃはっきりしないんだろうね。
だから、君は人と会うときに、2番目の人格でいて」
それを3番目の人格の時に聞いてしまって、
あっさりと俺はそれを肯いて聞いてしまって……。
何やってんだろうか。
とにかく俺は、2番目の人格は自分でもよく分からなかった。
あのときは多分、あいつにそそのかされたから、あれだけ言葉が出せたけど、
それ以外であんなに話すことはできない。
どう話しかけていいかもわからない。
そんな状態で、無理やり藍鉄くんに会った。
初めは言いつけを守ったけど、あんなのじゃ、せっかく会ったのに、まともに話せてない。
俺は次の日に、1番目の人格に変えて、もう一度会いに行った。
俺はずっと楽しみにしていた。
ずっと話したくて、仕方なくて、つい、話せると思うと嬉しくて、いろいろ聞いてしまった。
藍鉄くん、多分戸惑ってたけど、……許してほしい。
でも、今度また、2番目の人格で会った時に、
俺は思っていることをうまく言葉にすることができなかった。
それで藍鉄くんを悩ませたのが本当に辛くて、
俺は慌てて1番目の人格に変えて、謝りにいくことにした。
1番目の人格なら、うまく言葉にできるのに。
嫌いだ、こんな厄介な人格。
俺は何で……。
俺って、何なんだろう。
俺が、わからない。
ごめん、ね。
「だから言ったんだよ。無理に人格変えるからそういうことになるんだって」
部屋に戻った俺は、あいつにそう言われた。
あいつには人格を制御する力を支配されて、
俺は2番目の人格のままでそれを聞いていた。
悔しいな。自分の人格なのに、
自分で自由に切り替えることすらできないとか。
「改めて言うけど、ほんとお前めんどくさいよ。
あのときたまたま僕が通りかかってほんとよかったよね。
お前が一番、誰よりも機械みたいな動き方するから困るんだよ。
皆にそうだって僕は知られたくないし、
今回みたいに藍鉄くんの記憶を無理やり消すのも、特別だからね」
あいつはそう言って、それから、
またいつもの言葉を繰り返す。
「僕は本当に君が嫌いだ」
何度聞いただろう。
それはよく分かっている。聞き飽きるぐらいには。
「……俺も、お前が嫌いだ」
俺はそう返した。
でもこれを言うたびに、俺の中で、何かが違うと言う。
それが、何だったか……、どうして、俺はこいつを嫌いだと思うか……。
「お前が俺を嫌いなのと同じで、俺も、お前が嫌いなんだ」
何かが違う、違う。違う。
「それは」
何か言い返そうと口を開きかけたあいつの前に、俺は言葉を言った。
「お前が、俺だからだ」
「……?」
あいつが、驚いた顔をした。
「……は、いきなり何言いだすの。
僕が、君だって? は?」
あいつが俺の言った言葉を繰り返す。
「俺はお前が、俺の核で、俺の人格は、お前がいないと成り立たない、
だから、そんなお前と、そんな俺が、気に食わない」
「……そう、だったっけ」
「そうなんだよ。
お前は俺が嫌いだと何度も言ってきたし、
俺もお前が嫌いだと何度も言った。
それはお前がお前を嫌いだと言ってるのと一緒だ。
それも俺は気に入らない」
あいつははっとした顔をして、俺の表情を見ていた。
俺は俺自身も気に入らない、
でも、それはあいつを気に入らないのに何かが似ている。
本当は認めたいけど、
でも、俺たちがこの関係である以上は、ずっと抱える「嫌い」の感情で……。
「……分かったように。
やっぱり、気に入らない」
あいつは言った。
「それでいい、どうせ、俺もお前もお互いに気に入らない、それで」
俺も言った。
……それは認めないと同時に、お互いを認めたことに似ている気もした。
「――ああ、もういいや。この話は。
それより、もう少し君は、今の人格に自信持った方がいいんじゃないの。
正直、まだ揺らぎすぎなんだよ」
きっと俺のこの人格はずっと揺れ続けたままで、
そこに安定というものはないのかもしれない、
でも、その揺れる状態をいつか安定と呼んで、
それを俺の人格と呼ぶのなら、それで、いいんじゃないか。
……まあ、それも、まだ時間がかかりそうだけど。
「そうだ、それに、まだ明日だって仕事なんでしょ。
……休んで」
あいつはそう言って俺に背を向けると、部屋から出て行った。