#扇舞さん視点
鶴くんが、トリッカーくんを、壁に追い詰めている。
……こんな状況、想像なんてしたことなかった。
何となく、トリッカーくんが誰かにそうするのは、何となく想像できるんだけど……。
壁に片方の手を押しあててやる、いわゆる壁ドンってやつ。
「間違いない……」
「……どうしたの?」
こういうときに不敵な笑みを浮かべちゃうのは、やっぱりトリッカーくんだなーと思う。
追いつめられた側がこの余裕さを見せるなんて。
鶴くんは壁に追い詰めたトリッカーくんの顔をじっと見つめていて、
トリッカーくんは微動だにせず、鶴くんを見つめ返している。
「分かった」
鶴くんはそう言ってから、壁に当てていた手を離して、それから、トリッカーくんから離れた。
「一方的に追いつめといて何なの……?」
トリッカーくんが息をつく。
「鳳月が言ってたから僕も気になったんだ。
最近、目の色が違って見えたって」
「……」
目の色が違う?
どういうことだろう、と思って、僕はトリッカーくんたちのところにいるところへ近づいて行った。
僕はトリッカーくんとは他の人より付き合いは長いつもりだし、
まさか鳳月くんが僕より先に気付くなんて、ちょっと信じがたいと思って。
何だか妙な緊張感が漂っている。
「鳳月はちゃんと細かいところ見てるよ。間違いなかったね」
「……ばれちゃ、仕方ないなあ……」
ちょっとトリッカーくんが笑った。
まるで本性を現す悪者のような雰囲気で。
「まさか気づく人がいるなんておも……、 お……」
……なぜか、トリッカーくんの言葉が途切れた。
それと同時に、トリッカーくんと僕の目が合った。
「ちょっとー! 何で扇舞くんがこんなところで出てくるの!
もう今すっごくいい雰囲気だったと思わない? 思わない?
うわー台無し! ひどーい!」
なぜかトリッカーくんが急に騒ぎたてて、
僕はもちろん、鶴くんもぽかーんとした顔をしている。
「……その調子だと、トリッカーくん、わざと変な演技してたのかな……?」
いつものことだな、と思いながら僕が言うと、
図星だったようで、トリッカーくんは拗ねたような表情をした。
変な雰囲気を作り出してからかうのはトリッカーくんの趣味みたいなやつで、
毎回それを止めさせるのが僕の役割で、
最近は僕が目を光らせているからやらないようになった。
だから、トリッカーくんも僕を見つけると、すぐに演技をやめるようにはなったんだけど。
僕も最近は、どこまでが演技なのか、何となくわかるようにはなった。
けど、さっきのはちょっと違ったような気がして……。
「どこまで演技だったの? 結局?」
一応は騙そうとしていたことの反省はしてもらわなきゃいけないから、
ある程度吐かせようと思ってトリッカーくんに聞いてみると、
「……ばれちゃ仕方ない、の辺からそのつもりでいこうとした……」
って、素直に答えた。
鶴くんが、うわ、そうだったのか、みたいな顔をしている。
危うく被害者になるところだったし。
「で、でも、鶴くんが追いつめてきたのが先だからね!
僕はそれに応戦しようとしただけで! 正当防衛っていうか!」
「何が正当防衛だよ! そういういらないことしないでいいの、ややこしい!」
騙されかけていたことに気付いた鶴くんは怒っているけど、
……でも、鶴くんが先、ってことは、目の色が違った話のくだりは間違いじゃなかったってことに……。
「えっ、えーと、二人ともちょっといいかな?」
言い合いでうるさくなっている二人を、僕が止めた。二人は僕の方を見た。
そして、僕はトリッカーくんの目を見た。
やっと落ち着いて見られる。
……確かに、違うな。
前まで青色だった気がするのに、灰色っぽく見える。
「……なに」
トリッカーくんが不思議そうな感じで僕に言う。
「本当に違うんだね、目の色は」
僕が言うと、トリッカーくんはまた黙った。
「ばれちゃ仕方がない、気付く人がいるとは思わなかった、はもうだめだからね」
鶴くんが釘を刺すと、もうそれは言わないよ、とトリッカーくんは首を振った。
「でも半分本気だったけどね。そこまで見てる人がいるとは思わなかったんだ」
「え……」
「本当はこの目に鮮やかな色なんてなかったんだよ。
今まで、皆になじむために、わざと色を見せていただけだから」
ちょっと、悲しそうな顔をして、トリッカーくんが言った。
「でも何か、めんどくさくなっちゃってさ。
わざわざ偽るもんでもないでしょ?」
「……」
「僕に見える世界は、他の人と一緒じゃなくてもいいし、
僕は僕に見える世界だけをこれからも信じていかなきゃならない。
そこに色がなかったとしても」
「……ちょっと待って、それって今、トリッカーくんには白黒の世界しか見えてないとか、じゃ」
鶴くんが言った。え、そういうことだったの? と僕は思ったけど、
確かに今の言い方だと、そんな気が……。
と、思っていたら、トリッカーくんがふきだした。
「えっ? そんなわけないでしょ?」
「はぁ!?」
鶴くんがびっくりした声を出して、トリッカーくんがそれを面白そうな顔で見ている。
また変な嘘を挟んで……全然懲りてない!
「この、ちょっと同情させる感じがたまらないんだよねー。
今の、扇舞くんも騙されたでしょー」
トリッカーくんが僕の方を見て言った。
うう、まだまだトリッカーくんは数段上手すぎて駄目だ、全然見抜けない。
「……今度こそ真面目に本当のことを言わない? 目の色が変わったのはなんなの?」
鶴くんはいらいらした顔でトリッカーくんに言った。
「んー……そうだなあ……」
トリッカーくんは宙を見上げてうなっている。
「またそうやってわけのわからない企みをしないで!」
「あーもう、はいはい。分かったから。
とりあえず、どっちの色が正しいとか言われたら、今の方が正しいよ。
今までは無理やり目の色変えてました、それでいいね?」
トリッカーくんは投げやりに答えた。
「……そ、そう、それなら。わかったよ」
鶴くんも疲れたんだろう。そう言ってうなずいた。
「鳳月が地味に心配してたんだからな、それだけは言っておくから。
実際心配なのかは知らないけど、僕に相談してきたんだから」
そう言われて、トリッカーくんは少しだけはっとした顔になった。
ちょっとびっくりしたんだろうか。
「僕も、いきなり無理やり目の色なんか見ようとして悪かったよ」
鶴くんはそう言ってから、手を振ってどこかへ行った。
「……心配されてたんだって」
僕がトリッカーくんに言うと、トリッカーくんは驚いた顔をしたまま、
僕の方を向かずに、ちょっとだけ目線を下に落とした。
「ちょっと意地悪が過ぎたかなあ」
……ま、まさか、ここにきて本当に反省するなんて。
「実際、この目の色の方が夢を食べるときに楽なんだよ。
だから、いつかは元の色に戻そうとは思ってたんだけどね。
って、そんなこと鶴くんに言えないからさ? 夢がどうのこうのって話は。
扇舞くんにはもう言っちゃったから、言ったところで変わんないけどさ。
そういうことだから」
トリッカーくんは顔の向きを変えないまま、僕に言った。
「……苦労してるんだね、意外と」
僕が言うと、ちょっとむっとした顔になって、トリッカーくんはこっちを向いた。
「意外とって何!?」
「それはトリッカーくんがいつもわけのわかんないことばっか言ってるから!」
「ひどい……」
ああ、意外とって付け加えなきゃよかったかな。
どこまで嘘かわかんないけど、多分目の色を偽ってたのも、思うところがあってなんだろうし。
……なんて、僕が思っていると、トリッカーくんは一回溜息をついて、それから僕をじっと見てきた。
「つまり。これでやっと僕の本領発揮って訳だよ。
これで君の世界から色を奪うのもたやすいってこと……!」
「え……!?」
トリッカーくんが僕の手首を掴んできた。
気が付くと、壁に追い詰められて、
「モノクロの世界にようこそしちゃおうか……!」
やっぱりこっちの方がトリッカーくんの立場っぽいっていうか、……やばい、気が……
「嘘」
「……!」
「あー今の扇舞くんの顔超よかったー! 最高!」
……分かってたよ。