会話#068「先輩」

#扇舞さん視点

新しい僕たちの仲間の案内を任されたのもあって、
その人たちとはある程度喋った気がするけど、
そういえば、喋っていない人もいる気がする。

と、思っていたら、偶然、鶴くんが藍鉄くんと一緒にいるところに鉢合わせた。
そう、藍鉄くん、全然喋ったことがない。
何となく見てる限りだと、あまり人と話している感じがない気がするんだけど……。
たまに誰かに話しかけられて、おどおどしているような印象がある。

「おー扇舞くん。偶然だね」
「あ、鶴くん。それに藍鉄……くん?」
これで名前を間違えていたら失礼だから、恐る恐る言ってみると、
間違えてはいなかったようで、藍鉄くんが、はい、とうなずいた。
「全然話す機会なかったから。今頃だけど、よろしく」
と、僕が藍鉄くんに握手のための手を差し出すと、
「ちょーっと待った!」
鶴くんがなぜか僕たちの間に割って入ってきた。
「扇舞くん、藍鉄くんは僕たちの先輩だよ!
断りもなしにいきなり敬語もなしなのはどうなの?」
「あっ!!」
僕は慌てて手を引っ込めた。
そ、そうだ。新しい僕たちの仲間と一緒に来たから、後輩みたいなつもりで……!

昔は僕も、初対面の人には敬語でいこうなんて思っていたんだけど、
そうしたら皆が「そんな堅苦しいことしなくていいんだよ!」 なんて言うから、
すっかり僕も色んな人になれなれしく話しちゃう癖がついちゃったような……。
初心を忘れちゃいけないよね……。

「ごめんなさい! 先輩!」
僕が謝ると、鶴くんが僕の背中を叩いた。
「そうそう、先輩なんだからちゃんと崇めるように」
そう言われて、申し訳ない気持ちで藍鉄くんを見ると、
「あっあの……! 僕先輩なんて器じゃ……!」
なぜか藍鉄くんは涙目になって後ずさりした。
「……ありゃ?」
鶴くんが首を傾げている。
「あの、鶴さん、僕はむしろ、皆さんには敬語なんて使われない方がいいんです。
僕はもうこの話し方しかできないから、むしろそれを許してほしいっていうか、うう……」
ごめんなさい、ごめんなさい、と繰り返しながら、
藍鉄くんは僕に手を差し出してきた。
さっきの握手への答えなんだろう。僕はその手を握り返した。
「それなら、遠慮なく。改めて、よろしく」
「……藍鉄くんがそう言うなら、いいか」
鶴くんも諦めたようで、藍鉄くんは安心した顔になった。

しばらく自分の好きなこととかの話を自己紹介のようにして、
何となく、鶴くんと藍鉄くんと僕は和やかに話をした。
「――それでさ。もちろん藍鉄くんと仲良くしたいってのはあったんだけど」
鶴くんは突然言った。
「おせっかいだと悪いけど、藍鉄くんはやっぱり誰かと話すのは苦手みたいだから、
ちょっと心配だったんだよね。でも、それって前にいたところでもそうだったのかって思ってさ」
「心配かけてごめんなさい……」
「き、気にしないでよ! これからは僕たちとも一緒に話せるでしょ?」
「……はい、ありがとうございます」
「うん。……でも、僕たちが初めてこんなに話す相手って訳じゃないよね?
一緒に来た人たちとか、前までも一緒にいたんだよね?」
一緒に来た人、たとえば、パンキッシュくんとか、ストレンジダークくんとか、スクールジャージくんとか……。
……でも正直、その誰も藍鉄くんと喋る感じがしないんだけど……。
「話さないことはないんですけど、そんなに仲良くしているかというと、
そうではないです。皆さんは、優しいから、前のところでは話しかけられるってことも多かったですけど、
でも、僕とすごく親しいなんて関係の人は……」
いない、かな、と、自信なさげに藍鉄くんは言った。
「……あ、僕、オリジナルさんとかアペンドさんが藍鉄くんと喋ってるの見たことあるけど、それは?」
数少ない誰かと話している状況を思い浮かべて、僕が聞いてみると、
藍鉄くんはやっぱり首を横に振った。
「あのお二人は特別な存在みたいなものですから、お話は色々させてもらいましたけど、
親しいという話になると、また違うんじゃないでしょうか……。
もちろん、それで親しくないと言うのも失礼な気がしますけど、
でも親しいという自信も……」
……藍鉄くん、相当悩んでる……。
本当は親しいのかもしれなくても、相手はどう思ってるか分からない、ってやつかもしれない。
「あーあー! もういいよ!
これからは僕と仲良しになろう!」
鶴くんがしびれを切らしたように言った。
「えっ、ちょっと僕を仲間外れにしないで!?」
僕が慌てて言うと、藍鉄くんはちょっと笑った。

「あのー! 藍鉄は! 藍鉄はどこに!」

僕たちが話していると、突然声がした。
しかも、藍鉄くんを呼んでる。……っていうか、呼び捨てで。

「ちょっと、ブルームーンくん、まずは部屋の案内があるからじっとして……」
「俺は早く会いたいんだよ!」
「ちょっと我慢すれば会えるから待ってて!!!」
多分、オリジナルさんが抑えにかかっているっぽいんだけど、
それより、その……。

「今の……何?」
鶴くんが聞く。藍鉄くんは懐かしそうな顔をしながらも、ちょっと困った顔になっている。
「ブルームーンさん……ですね……」
「……ねえ、本当に親しい人がいなかった訳じゃないよね……?
呼び捨てで呼ばれるって相当じゃ……」
「ち、違うんです! 彼はそういう人なんです!」
「でも明らかに第一声から藍鉄くんを探してたよね?」
「あの人は……そういう……人なんです……」

「あ、藍鉄くんだ。いいところに」
僕たちが話しているところに、アペンドさんが現れた。
「今の聞こえてたよね?」
僕たちはうなずいた。
「それなら話は早いな。そういうことだから藍鉄くん。
多分君が案内するのが早い」
アペンドさんがそう言って、藍鉄くんを連れて行こうと手を出してきた。
「あの、その、さっきの声の人は?」
「ああ、ブルームーンくんね。藍鉄くんと一番仲のいい人だよ。あれは相当会いたがってたんじゃないかな」
アペンドさんがさらりと言って、僕と鶴くんは藍鉄くんを見た。
「やっぱり親しい人はちゃんといたんだ……?」
「だ、だからブルームーンさんはああいう人だから……!
僕はむしろ、何でこんなに話してもらえてるか分かんない……!」
相変わらず藍鉄くんは、なかなか認めようとはしないんだけど。
「えっ? 何の話?」
アペンドさんが聞いてきた。
「藍鉄くん、自分とすごく親しい関係の人なんていないって言ってたから……」
僕が言うと、アペンドさんの表情がかたまった。
「……そんなわけないだろ……?」
「あれ、なんかアペンドさん、ショック受けすぎじゃない?」
鶴くんが言うと、アペンドさんは肩を落とした。
「ブルームーンくんには及ばないだろうけど、俺だって藍鉄くんとは仲がいいつもりだった……のに……」
「……」
「ひどい……」
意外なところにまで打撃を与えてしまっている感じがする……。

「ちょっとアペンドー! 藍鉄くん見つかったの?
早く連れてきて! もう案内にならないよー!」
遠くからはオリジナルさんの怒った声が聞こえてきて……。

思った以上に、人気者みたいだ。