※この話は(1)#075(2)#076(3)#077(4)#078(5)#079(6)#080(7)#081(8)#082(9)#083(10)#084(11)#085のまとめです。
#扇舞さん視点
#075
「ねえねえ!」
「ん?」
スターマインくんとレシーバーくんに、トリッカーくんが呼び止められた。
「トリッカーくんって、手品できるの?」
「その帽子、いかにも手品できそう!」
すごくわくわくした顔で、二人がトリッカーくんを見ている。
「帽子って、これだよね?」
トリッカーくんは頭にいつも乗せている帽子を取ると、
人差し指を立てて、帽子をくるりと回した。
「おー! その慣れた手つき!」
「期待!」
妙にハードルを上げられているように見えるけど、
なぜかトリッカーくんは涼しげな顔をして笑っている。
……え? まさか、本当に手品できるのかな?
そんな話、僕は聞いたことないんだけど。
こんなに長く一緒に過ごしてきたのに……。
「んー、じゃあ特別に一芸やってみようか?」
トリッカーくんの前に、スターマインくんとレシーバーくんが二人で並んで、
なぜか突然ショーが始まってしまった。
「ご覧のとおり、この帽子には種も仕掛けもありませーん」
きまり文句を言いながら、トリッカーくんは帽子の中と外が見えるように、くるりと回転させた。
観客の二人はまじまじと帽子を見つめている。
「だけど、帽子をこうして、数を数えると……」
左手の上に帽子を伏せて、右手で帽子を指さして、
「わん、つー、すりー!」
元気よくトリッカーくんはそう唱えると、帽子を左手でぽーんと高く投げた。
そして、帽子は、しばらく宙に浮いた後、
ちょっと離れたところにぽとりと落ちた。
何が起きたんだろう? と、観客の二人と、それに、遠くで見ている僕も、首を傾げる。
トリッカーくんは落ちた帽子の方へ駆け寄って行って、
帽子を拾って二人の前に戻ってきた。
「なんと! 何も! 出ない!!」
満面の笑みで、トリッカーくんは言った。
当然ながら、観客の二人は、ぽかーんとした顔をしている。
「手品なんてできるわけないじゃーん!
……あれ? こういう芸なんだけど! ここ笑うところだよ!」
トリッカーくんが慌てた顔をしながら、スターマインくんとレシーバーくんの顔をかわるがわる見た。
「あ、あっ、あはははは!」
「と、トリッカーくん、おもしろーい!」
ちょっと間があったけど、二人はうんうんうなずきながら笑い始めた。
……本当に面白かったのかな……今の……。
「この期待させておいての何もない感がね! いいよね!」
「そこで見せる爽やかな笑顔がまた! いいよね!」
急に納得したような感じで二人はそう言って、それから、
「急に呼び止めてごめんねー」
「突然だったのにそんな芸できるなんてすごいよー」
と言いながら、去って行った。
「えへへ、芸が見たくなったらいつでも言ってねー」
トリッカーくんもなぜか、満足げな顔をしてるし……。
スターマインくんとレシーバーくんが遠くへ行ったのを確認して、
僕は帽子を被り直しているトリッカーくんに近づいて行った。
「あ、扇舞くんだ」
トリッカーくんは満足げな顔のままこっちを見た。
「……さっきの何?」
「あっ、見てた? 今の芸よかったでしょ! なにもでなーい!」
一回被った帽子をまた取って、トリッカーくんは笑顔でポーズを決めてきた。
「……どこが」
僕が白けた目でトリッカーくんを見ると、トリッカーくんはきょとんとした顔で僕を見てきた。