※この話は(1)#086(2)#087(3)#088(4)#089のまとめです。
#086
#鶴さん視点
演奏用の練習室から、力強いギターの音と、ドラムの音が聞こえてくる。
あの二人だろうな、と、僕は思いながら、練習室の外で壁にもたれた。
何となく、ギターを持つ構えをしてみる。
もちろん、ギターは持ってないけど。
左手の指をなんとなく動かしながら、右手はピックをつまむふりをして。
聞こえてくる音は特に聞き覚えのある曲でもなくて、
多分、即興なんだろうなって思うけど……あの二人は、そうなんだよなあ。
僕は何となく、右手をギターの音に合わせながら動かしてみた。
しばらくして音が鳴りやんで、
練習室から、さっきの音を鳴らしていた二人が出てきた。
音が鳴りやんだ後、何の声もしなかったけど、やっぱり、そうだ。
鳳月と、バボさんじゃないか。
あの二人、全然喋らない。目で会話するんだよな。
出口でお互い目を合わせて、ちょっとだけうなずくと、
バボさんの方はそそくさとどこかへ行ってしまった。
そして、鳳月の方は僕を見つけて近寄ってきた。
「鳳月、相変わらずバボさんとは喋らないんだな。
よくそれで二人で演奏なんかできるな……」
僕が言うと、鳳月は、別に普通だ、みたいな顔をした。
「あ、あのな、鳳月? 鳳月があんまり喋らないと、僕ばっか喋ってて変な感じなんだけど……」
「……ごめん、でも、あまり喋らないのは普段からだし」
鳳月は小さい声で答えた。
バボさんも全然喋らない印象があるし、そういう意味で、気が合うんだろうか。
ただ、さすがに目だけで会話するのは……それは……不思議だ。
僕は部屋に向かって歩き始めた。
鳳月も、それを察して僕の横についてきた。
「ていうか、さっきの聞こえてきてたけど、
鳳月って和楽器だけやってるんじゃなかったんだな。
普通にギターも弾くのか」
「桜月に教わった」
「あ、ああ、そっか……」
「それに、似たようなもの」
「似てる……のか……」
楽器が全くできない僕には、仮に似ていたとして、そんな簡単に弾きこなせるとは思えないんだけど、
できる人には、できるもんなのかなあ。
そう。
鳳月も、桜月も。それに、雨も。
皆、楽器が弾ける。
でも僕は、弾けない。
いつもさっきみたいに、動きでごまかしてる。
今まで何度か楽器を持たされたけど、ふりでごまかしてきた。
そのふりだけでも意外と見栄えはいいなんて言われちゃって、
今ではすっかりエア楽器の技術を磨いた気分になってる……とか、笑っちゃうよな。
「いいよな、皆楽器がうまくてさ。僕も練習すればいいって話だろうけど。
でもさ、やっぱり、皆と違って、僕には得意なものなんてないんだよな」
いつも、何となく反応の薄い鳳月に笑われてみたくて、
僕は笑いながらそう言った。
「エアギターぐらいはできるけどねー、やっぱこれじゃ駄目だよな、はは」
と、更に付け加えてみたけど、なぜか、鳳月は笑うどころか、
いつの間にか僕の横からいなくなっていた。
振り返ると、鳳月は立ち止まって僕の方を見ていた。
「鳳月?」
「……」
僕は止まっている鳳月の方へ歩み寄った。
鳳月の顔を覗き込んでみると、鳳月は僕の目を睨むようにして見てきた。
……お、怒ってる……?
こんな顔、あまり、しないのに。
「鶴のこと、見損なった」
鳳月は言った。いつもより妙にはっきりした声で。
そして、僕を置いて、鳳月は走って行ってしまった。
「えっ、ちょ、ちょっと、何急に……!」
僕は意味が分からなくて、慌てて追いかけようと走り出したけど、
鳳月は僕が追い付くより前に、自分の部屋に入って行ってしまった。
戸を開けて、どういうことか聞こうか、なんて思ったけど、
でも、それより何が起きたか僕にはよく分からなくて、
僕は鳳月の隣の僕の部屋の方へ、少し足を踏み出した。
「おーい! 鶴くーん!」
僕も、自分の部屋に入ろうと思った瞬間、廊下の向こうの方から僕を呼ぶ声がした。
左手に何か紙を持って、右手をぶんぶん振りながら走ってきたのは、オリジナルさんだった。