会話#091「誕生」

#アペンドさん視点
#会話#038+「温泉」や#054+「封印」当たりの話が前提になっています。


『……今日は、普通の日だ。
皆、僕の誕生日なんて、知らないんだよね』

「はーい、今日も安定のバナナ~!!」
今日もオリジナルがバナナと笑顔を振りまいている……。
いや、バナナは投げてないけど、手渡しだけど。

嬉しそうにバナナを受け取る皆と、
いつも通り、俺も流れで受け取って、……普通の日だ。

「あ、今日は来てくれたの? はい、バナナ」
「ありがとー」

あれ、今日はボクサーくんがいるんだ。
まだ他にもバナナを受け取ってない人がいるから、
オリジナルはそれだけ言って、すぐ次の人のところへ走って行ってしまったけど。
まあ、いつも飽きずに泳いでるらしいけど、
珍しいなと思って、俺はバナナを受け取って食べているボクサーくんに近づいていった。

「ねえ」
「アペンドさん?」
俺が声をかけると、ボクサーくんは首を傾げて俺の顔を見た。
「珍しく今日はいるみたいだけど、ボクサーくん、どうしたの?」
「あはは、今日はバナナもらいにきちゃった!」
ボクサーくんは笑顔でそう言った。
せっかく1日に1本もらえるのに、いつも来ないのはもったいない気はするんだけど、
でも、もらうのを強制するのはちょっと違うしな。
「……へえ。そうなの」
俺は来るタイミングがよく分かんないな、と思いながらそう言って、
おいしそうにバナナを頬張っているボクサーくんをしばらく見つめていた。
「元気そうで、よかった」
「アペンドさん、心配してくれてたの? この通り、僕はいつでも元気だよ!」
「そっか。いつも泳いでたら健康だろうけど」
「えへへ。まあね!」
「また気が向いたときでもいいけど、
たまにこうやって姿見せてくれると、俺も皆も安心するから」
「うんうん、わかってるわかってる」
一応、来てくれたときには毎回こう言っている気がするけど、
実際、本当にたまにしか来ないんだよな……。

「じゃあ、また」
「――アペンド」
俺が言いながら背を向けた途端、ボクサーくんが、言った。
「――僕のこと、わかるよね?」
「……え?」
俺が振り向くと、さっきまで楽しそうな顔をしていたはずのボクサーくんが、
俺の方を見て、不気味な表情を浮かべていた。
「……まさか、僕に気付いてないとは言わせないけど……。
君知ってるでしょ、僕のこと」
「……お前っ」
俺はとっさに右手をボクサーくんの方に向けようとして、
その手をボクサーくんに掴まれた。

「!」
「何? 僕を眠らせる気だった? そう簡単にはいかないよ」
こいつ、Act1だ。……なんで、俺の前に……。
いや、たしかに、もう目覚めてたってことはは知ってたけど、でも、
この表情、どう考えても、何か企んでるようにしか見えない……。
「君って敵意が見えすぎだよ。もっとばれないようにしたらどうかな。……甘い」
俺の右手を掴む手に、力が入れられる。
「……このままでも、手を通して眠らせるぐらいは」
俺も睨み返して言うと、ボクサーくんは手を突然放した。
「待ってよ。今日はあいつを祝いに来たんだ」
「……祝う? 今日はあいつの体を乗っ取るお祝いか!?」
俺が放された手を掴み返そうとすると、それをボクサーくんが交わした。
「違うよ!」
いつの間にかその表情は、何だか悪意も感じられないような真剣な表情に変わっていた。

「……違う?」
「君って相当好戦的だなあ……」
ボクサーくんが溜息をついた。
「ほんと今日は敵意はないからね、ほんとだよ」
何だか妙に呆れられて、本気になった俺もちょっと恥ずかしくなってきた。
「……じゃあ、なんで」
「君に僕が僕だって、Act1だって分かってもらうには、
雰囲気変えた方がいいと思ったんだけどさ……」
「お前が悪人顔しすぎなんだよ……勘違いした……」
「勘違いされたせいで僕もうっかり応戦しそうになったよ……」
「ああもう、何なんだよ……」
ひとまず、今は大丈夫なことを悟って、俺も溜息をついた。

「ま、でもこの体に僕がいるの、アペンド知ってたでしょ?」
「えっ」
俺は言われて、まずい、あのときには盗み聞きしていたのに、と思った。
「まさかばれてないつもりだったとか?」
どうやったら分かるんだ、あのときは後で鉢合わせたりもしなかったのに……。
「だって、温泉旅行の2日目の朝にさ、急によそよそしくなったから、
僕のこと分かったんだなって思ったけど……違った?」
「……」
そう、だったっけ。
「あの朝ほんっと不自然だったよ!
『ぼっ ぼくさーくんっ きょっ きょーもたのしもっ もーねっ』
とかすっごいひきつった顔で言ってたの! 内心すごく笑ってたんだから!」
「まっ、真似するなっ! 恥ずかしい!」
「あははは! そっくりだったでしょ、ほんっと……笑える」
言われてみれば……ああ、俺としたことが。
でも、盗み聞きのこと自体に気付かれた訳じゃないのか、
……それなら、オリジナルにはばれてないかもしれないな。

「……それで。本題。あいつ、Act2の誕生日、君知ってる?」
ボクサーくんに言われて、俺は戸惑った。
「あいつの? ……」
「ま、知ってたとして、忘れてるかもしれないって思ってね。
今日。7月18日。それがあいつの誕生日だよ」
「今日……」
普通の日だ、って思ってたのに。あいつ、ほんとにいつも通りだったのに。
「僕と君は同じ12月27日だけど、あいつは違うからね。
あいついつも、自分の誕生日じゃない日を誕生日って喜んでるふりしてるんだ」
そうだ、その日なら、いつも皆で祝うのに、あいつもいつも、喜んでたのに。
「あいつの性格からして、自分の誕生日を祝うことはしないよ。
だからせめてね……君に言ったから。君が祝ってよね」
ボクサーくんは俺の目を見て、言った。
「な、お前何のために来たんだよ!
お前、今日はあいつを祝いに来たって」
「ああ、言葉が足りなかったかな?
『あいつを』君が『祝いに』行くのを勧めに『来た』、これでいい?」
「……お前な……」
「だってさ、僕が行っても、また君みたいに僕を眠らせようとするかもしれないから」
「いや、あいつはそんなこと……」
「……え? 何でそんなことが言い切れるの?」
「――いや、な、何でもない」
あのとき、Act1は様子見してるだとか、 僕が出る幕はないとか言ってたし、
それを聞いているなら、Act2も放置するかと思ったんだけど……。
俺は、言われてないから、俺は、聞いてないふりしてるから、眠らせようとしただけだ。そうだ。

結局、あいつへ渡す物は二人で用意したけど、
ボクサーくんは頑なに部屋の前から動こうとしなくて、
俺は一人でオリジナルの部屋に入ることになった。

「……なに? アペンド」
オリジナルが、突然来た俺にきょとんとしているのをよそに、
俺は机にかごいっぱいのバナナを置いた。
「……何これ」
「喜べよ。お前、たまには腹いっぱいバナナ食べたいとか思わないか?」
「そりゃ思…… でも何で?」
相変わらずバナナに関しての欲は変わらないとして、
オリジナルは全く俺の行動の理由に気付いていないようだ。
「今日お前誕生日だろ?」
「えっ何で知ってんの!?」
俺が言うと、オリジナルはひどく驚いた顔をした。
「知ってるも何も、誕生日なんだから。今日ぐらいめいいっぱいバナナ食べろ」
「えっ……うん食べる」
驚きよりバナナの方に目が行ってしまっているオリジナルは素直だな、
なんて思いながら、俺はその様子を見ていた。
「……おめでとう」
「――ありがと」
正直、恥ずかしいんだよ、俺も。ちょっとぐらい皮肉も言いたくなるけど、今日は、我慢だ。

「じゃあ、俺はこれで」
俺がそう言って部屋を出ようとすると、オリジナルが俺の手を掴んできた。
「待って!」
「……え」
「誕生日ぐらい、一人にしないでくれる?」
じっと見られて、 俺は何も言えずにいた。
「一緒に食べようよ」
「……ああ」
そっか、そうだよな……オリジナルは一人が嫌い……かもしれない。
そうじゃなきゃ、俺はここにいないし……。
「よかった!」
オリジナルは俺の手を離すと、にっこりした。

早速俺とオリジナルはそれぞれ、かごのバナナに手をのばした。
俺は部屋の入り口まで来て入ってこなかったボクサーくん、というか、
Act1のことが気になっていた。祝いに来たはずなのに、この場にいないなんて。
「そういえばさ、今日珍しくボクサーくんが来たけど」
俺が言うと、オリジナルは特に表情も変えないまま、
「そういえばそうだったね」
そう答えた。今日が誕生日だから来たって、分かってないのか。
「本当に珍しいと思わないか?」
「思うよ。いつも泳いでるからさ。でも元気ならいいんじゃないかな。
僕はあんまり干渉しないほうがいいと思ってるし」
「……うーん」
「だって泳ぎたいんでしょ。もしかしたら遠征した先に、
おいしいバナナの木があるかもしれないじゃん」
「そうか……?」
ほんとにこいつ、ボクサーくんはボクサーくんとしてしか考えてないんだろうか。
それか、俺の前だからなのかもしれないけど……。
「でも、ほら。いつも俺たちは一日一本皆で食べてるけど、
ボクサーくんはそうとは限らないし」
「それはまあ、そうだけどさあ」
「……いつも食べてない分、今日は食べたいんじゃないかな」
俺は、オリジナル相手というより、ボクサーくん相手に、言った。
「言われてみれば、そうかなあ」
オリジナルがそう言うのをなんとなく耳に入れながら、俺は椅子から立った。
「え? アペンド?」
ちょっと不安そうな声でオリジナルが言ってきて、
「違う、 別に帰る訳じゃない」
俺は言うと、部屋のドアを開けた。

「ほら、バナナにつられて来た」
「ちょっとアペンド!?」
ドアの外では、壁に背中を張り付けたままのボクサーくんが立っていて、
俺の顔を見てひどく驚いた顔をした。
その割に、逃げようともしなかったじゃないか、と思って、俺はボクサーくんの手を引いた。
「待って、心の準備が」
「ここまでさんざん話聞いておいて、心の準備も何もあるかよ」
「いや、でも」
「普通にボクサーくんのふりしてればいいだろ。それの方がお前も気楽じゃないのか」
「……」
俺とボクサーくんが小声で話していると、オリジナルが俺の背後に寄ってきた。
「ボクサーくんだ!  今日バナナいっぱいあるんだよ。
いつも全然渡してないから、今日はその分食べて行ってよー。
人数多い方がいいし。ね。よかったら入って」
オリジナルがいつもバナナを配るときの笑顔で言って、ボクサーくんは戸惑った顔をしていたけど、
「……う、うん、お、……オリジナル、さん」
そう言って、勧められるままに部屋に入った。

結局寝る時間になる近くまで、俺達はバナナを食べていた。
ボクサーくんはいつも行っている海の話とか、珍しいプールの話をしてくれたし、
意外と、話題には困らなかった。
そろそろ終わりにしようか、と言ったときには、オリジナルはちょっとだけ寂しそうな顔をしたけど、
それでも、何だか嬉しそうだった。

俺とボクサーくんは一緒に部屋を出た。
「Act1、今日は、来てくれてありがとう」
俺がそう言うと、 ボクサーくんは首を横に振った。
「……こんなの、今日限りだよ」
「何だよ」
俺が聞くと、ボクサーくんは表情を変えた。
「僕はいつだって君たちへの恨みを忘れてないから。
少しでも何かあれば、君のその体、また奪ってやるから、覚悟してて」
「……は?」
「その無防備な顔見てると、勝てそうな気しかしないよ。ほんっと、甘いよね」
「……何言ってんだ?」
「君とぼけるのはうまいね。……まあ、この体にいる限り、
僕は簡単には、君たちの居場所を奪えないんだけど。あいつが、そうしたから。
でも、これからどうなるかなんて……わからないよね?」
余裕そうな表情を浮かべながら、ボクサーくんは続けた。
……敵意を見せすぎるなって昼間は言ったくせに。何だよ。
こっちだって、そっちが何かをしてくるようなら、冷静に対処してやるのに。
「でも、今日はその日じゃないね。せいぜい頑張りなよ。
……この体の本当の意識を奪い続けるのも、申し訳ないし」
そう言うと、ボクサーくんは自分の部屋の方へ歩いて行った。

――どこまで本気か知らないけど。俺も、お前のことは忘れてはない。
「……おやすみ」
俺はそうつぶやいて、部屋に入った。