会話#103「パン」

#アシンメトリー(L)さん視点

まだ僕たちが大所帯になる前のお話だけれど、
僕たち「鏡音レン」のモジュールのなかで「かっこいい」のイメージを独り占めしていたのは、
言うまでもなく、パンキッシュさんだった。
僕はどう考えても、かっこいいよりかわいいの部類だと思うし、
スクジャくんも、かっこいいというより、やんちゃって感じだし、水着は、水着だし。
だから、何か出番があったときに、パンキッシュさんはひっぱりだこで、
オリジナルさんもちょっと嫉妬しちゃってたぐらいには、忙しそうにしてたような気がする。
実際、本当にかっこよくて、スクジャくんはスクジャくんって言ってるのに、
パンキッシュさんはなぜかさん付けしてしまってる。

これからもパンキッシュさん独り勝ち、みたいな生活が続くのかと思っていた矢先に、僕たちに仲間が増えた。
人数は倍ぐらいになって、その中に、パンキッシュさんの立場を脅かす存在が……、

それが、ブルームーンさんだ。

思わず、さんをつけてしまうぐらいには、かっこいい。
初めて見たときは、本当に同じ「鏡音レン」なの? って、思わず二度見しちゃったぐらいだから。

他に来た人といえば、藍鉄くんとか、ストレンくんとか、ネームレスくんとかいるけど、
……そうなんだよなあ、ブルームーンさんだけ、さん付けてるんだよなあ。
今思うとちょっと不思議だ。仮にも僕が先輩だったはずなんだけど、
ブルームーンさんが僕の先輩なんじゃないかって、勘違いしてたかも。

パンキッシュさんは自分の立場の揺らぎを気にしたのかは分からないけど、
真っ先にブルームーンくんに接触した。
「ふーん、また随分イケてる格好してるな?」
「……はあ」
ベースを持ってステージから戻ってきたブルームーンさんへの第一声がそれだった気がする。
喧嘩売ってるのかと思って、ひやひやしちゃった。
「今までお前みたいなタイプはいなかったからな。嬉しいぜ」
そう言ってパンキッシュさんはブルームーンさんの肩に手をのせた。
「可愛がってやる」
「……どうも」
なんでそんなに偉そうなの、とも言えず。
パンキッシュさんは、そういう性格だから……。

僕はそれからたまに、その二人が一緒にいるのを見かけた。
ブルームーンさんは、いわゆる、パンキッシュさんの「お気に入り」になっていた。
ご飯なんかによく誘われていたし、度々食べ物を渡されていたような気もする。

ある日、パンキッシュさんは大量に何か食べ物が入った袋をぶら下げて歩いていた。
そこでブルームーンさんとばったり会って、話していた。
「そんなに買ったんですか?」
今はそうでもないんだけど、当時のブルームーンさんは、パンキッシュさんには敬語で話していた。
「最近パン祭りらしいんだ」
春恒例の、あれだ。
「そんな食パンばっかり買っても飽きると思うんですけど」
ブルームーンさんは少しだけ呆れた顔で言った。
「お前パンって食パンだけじゃねーよ?」
「朝食は食パンって決めてるんで」
「お前の朝食とか知らねー!」
何であの袋の中が全部食パンだと思ったのかも不思議だ。
でも、ブルームーンさんは朝食パン派だったってことなんだよね。
……今は藍鉄くんの味噌汁がーとか言ってそうだから、ごはんに変わったかもしれない。
「それで、何パン買ったんですか」
ブルームーンさんが聞くと、パンキッシュさんは自信満々な顔になって答えた。
「ダブルバナナに決まってんだろ」
「……」
……。
あの、バナナクリームが2本絞ってあるやつ……。おいしいけど……。
さんづけしちゃうほどのかっこよさでも、やっぱり好みは皆一緒、なんだよね。