会話#104「貸出」

#イレイザーさん視点

昼食を一緒にすませた後、ホワイトエッジは自分の部屋に行かず、僕の部屋についてきた。
とりあえず椅子を差し出してみたが、それはいいよ、と手を振って、ベッドに腰かけた。これは長居するという意味だろう……。まあ、よくあることではある。
この部屋に備え付けられた椅子と机は一対で、ベッドも一つで、自由にものを増やしてもいいことにはなっているが、それといって増やしたいものもなく、こうして誰かが部屋に遊びに来るときになって初めて、椅子なり座れるクッションなりが欲しくなるだけだ。
きっとホワイトエッジも気を遣うだろうし、僕も椅子に座ってホワイトエッジの方を向いた。
「前貸した小説、読んだ?」
僕の机の上の本に目線をやって、ホワイトエッジは聞いてきた。
「ああ」
ちょっと前にホワイトエッジがこの部屋に置いていった本だ。どうしても読んだ気持ちを共有したかったらしいから、僕も読んだ。
「どう?」
「なかなか面白かった」
「ほんと? よかったー!」
嬉しそうだ。……確かに面白かったが、僕なりに付け加えるなら、「ホワイトエッジが好きそうな登場人物がいたな」という感想がある。……話の直接的な感想ではないから口には出さないが。
「あのさ、あの黒幕が途中途中でつぶやくやつ! あれがもう絶妙にどきどきしてさー、あー!」
「……ああ、あの怪しさ全開の……」
どこの話をするかと思ったが、大方予想通りだった。
「黒幕なのはばればれだけど、やっぱり読んでもらってから話したくてさー」
「やっぱりあの黒幕が印象に残っている登場人物なのか?」
「断然そうだね」
「本性現してからが本当に恐ろしくなかったか……」
何となく話を思い返しているが、その黒幕は本当に恐ろしい思考の持ち主で、それの台詞の何をとっても恐かったのではないだろうか。
「それがいいんだよ」
「そ、そうか」
確かに、その恐ろしい悪役がいたからこそ、あの話は面白かったのだろう。それは僕も否定しない。
いつものことだから驚きもしないが、決まってホワイトエッジは「悪役」に惹かれている。圧倒的な強さをもって主役を追い詰めていく。もう主役の勝ち目はない状況まで追い込む。特にそういう悪役が好みらしい。追い込まれた側が絶望すればするほど、それにぞくぞくするのだという。
……僕が無意識に殴ろうとする時にあえて殴られに来ることといい、もしかして、その、何というか……やられ役、に、なりたいのか……それは否定しておきたいが、僕にとっては不思議な好みではある。
「……前からずっと思っていたのだが、ホワイトエッジは、その」
僕が言いかけると、ホワイトエッジは不思議そうに僕の顔を見た。
「いつも、こう、悪役の出てくる話を読んでくれって勧めてくるよな……?」
「……あ、も、もしかしてイレイザーはこういうの苦手だった?」
僕が恐る恐る言うのに焦ったのか、ホワイトエッジは慌てて立ち上がった。
「違う、苦手じゃない、そこは安心してくれ」
僕は手を下に振りながら座ってもらって、続けた。
「単に思ったんだ、こういうタイプの話に出てくる悪役が好きなのかなって……」
座ったホワイトエッジは少しだけ考えた。
「うーん、まあ、そうだね。好きなのは確かだよ。好きなのもあるんだけど、こういう話を読んでるといつも考えることがあってさ」
「何を?」
「こういう話をいろんな人で演じたいなって。それで、この話を演じるなら、僕たちの誰が適任なのか、とか、そういうこと」
「演じる……」
それは、劇、とか、ドラマ、とか、そういうことだろうか。僕たちは短い時間のダンスや、たまにちょっとした演技をする仕事はあるけれど、こういう話のような長いものを演じることはなかなかない。
「僕は仕事で演技してる人とか見るのが好きなんだけどさ、やっぱり仕事って限られてるじゃん。本当はもっともっと見たいんだよ。だから、話読んでると、誰かが演じてるのを考えちゃうんだ」
「……なるほど」
「それでさ、仕事なんて忙しいほどあるわけでもないからさ、もし暇ならほんとは皆に声かけてみたかったりするんだけど……」
するんだけど、……そんなこと急に言っても……と、声は小さくなっていって、肩を落としている。僕も声をかける勇気は正直ない。でも、ホワイトエッジがそんなにやってみたいのなら、やってみてもいいような、そんな気がする。
「……僕は、いいよ。それに付き合っても」
そっと言うと、ホワイトエッジは顔をあげた。
「ほんとに!?」
「あ、ああ、まあ。その、演技とかは、自信はないが」
「そう言ってくれるだけで嬉しい!」
ホワイトエッジは何というぐらい顔を輝かせた。……でもよく考えたら、毎回勧められる話のようなものをやりたがっているんだよな。
「そんなに悪役が好きなら、ホワイトエッジは悪役を演じたいのか?」
ふと気になって言うと、ホワイトエッジは大きく首を横に振った。
「いや、僕はやりたくない」
「そうなのか!?」
「理想はやっぱり、演技がうまい人が悪役をやることだから!」
「……?」
大御所がラスボスってやつだよ、と言われたが、自分ではやらないんだな、と思った。
「僕はできたら、悪役に初めの方でやられる一般人がやりたいな」
「そんな役でいいのか!?」
「ええっ、最高じゃん、おいしい役だよ」
やっぱり、ホワイトエッジの好みは、不思議で仕方ない……。僕は改めてそう思った。