会話#105+「引金」 - 1/6

※この話は(1)#105(2)#106(3)#107(4)#108(5)#109(6)#110のまとめです。


#105

#イレイザーさん視点

毎日恒例のバナナの時間に、いつも通りバナナを受け取る。いつもオリジナルさんは、手際よく、ほとんど間を開けずに次の人のところへ行くのだが、今回は僕の手にバナナを渡してからちょっとした間があった。ん、と思っていると、オリジナルさんと目が合った。
「イレイザーくん、お仕事の話があるから、後で部屋に行くね」
「は、はい。分かりました」
それだけ言うと、いつも通り、手際よく次の人のところへ駆けて行った。
「お仕事かー、いいね」
そばにいたホワイトエッジが言ってきた。ホワイトエッジは撮影の仕事は好きそうだからな。
「頑張らないとな」
そう言葉を交わして、いつも通りもらったバナナを食べて、そのまま部屋に戻った。

部屋に戻って間もなく、オリジナルさんは部屋にやって来た。もうこれは何度か経験していて、いつも撮影の大まかな内容が書かれた紙をオリジナルさんが渡してくる。大体内容の概要を読み上げて、労いの言葉をかけてくれる。
「今回は、メインは楽器演奏しながらの歌唱なんだって。楽器使うやつは前に、バッドボーイくんとやってたよね?」
「はい、……でも前のは、別バージョンの撮影だったから、あまりしっかりとはやっていない……」
あのときはどうしていたか思い出していたが、同じポジションを先にやっていたスターマインさんに、丁寧に教えてもらっていたから、特に何も苦労しなかった気がしている。
「うーん、そっかー。でも何とかなるでしょ。今回はね、リンの方と一緒なんだよ。それで、リンの方からはフェイカーちゃんが来るんだって」
「フェイカー、さん」
……フェイカーさん、といえば、ギターだ。楽器ができる人はたくさんいるが、フェイカーさんもその中の一人だ。
「だから教えてもらえるよね。……あ、でも、フェイカーちゃんはちょっと気難しい子だから……」
「え」
「あまり僕たちの方とは仲良くしてない子だからね……イレイザーくんもリンたちの方に相方いないでしょ。同じ感じだよ」
「……なるほど」
確かに僕も、相方……といえばオリジネイターさんだし、これまで広く関わってきたわけではない。
「それと、前に執行部くんが一緒に仕事したとき、めちゃくちゃ不機嫌そうだったって話も聞いてるよ。そもそも、僕達側のことをそんなによく思ってないかもって話も……」
……それは、仕事で一緒になったときに、とても気まずくなるということだろうか。……今から既に不安要素しかない。ギターについて聞いている場合ではないのではないか。
「……あ、あ、ごめん。不安にさせるようなこと言っちゃった」
これは黙っておくべきだった、なんて小声で言っているが、どう考えても手遅れだ。
「と、とにかく! 健闘を祈るよ!! 仲良くなってきてね!」
僕に紙を握らせると、ばたばたとオリジナルさんは部屋を出ていった。
「……な、かよく」
不安しか残されなかった僕はぽつりと呟いた。

まだ、まだ撮影の日までには余裕がある。僕はこの不安を何とかするべく、ホワイトエッジに頼ることにした。ホワイトエッジはフェアリーワンピースさんと親しいからだ。それに、ホワイトエッジとフェアリーワンピースさんと僕は、以前一度仕事で一緒になったことがある。僕がリンモジュールの中で、何とか接点をもっているのは、フェアリーワンピースさんだけだ。
事情を話すと、ホワイトエッジはフェアリーワンピースさんを自分の部屋に呼んでくれることになった。
「僕もフェアリー以外はそこまで話してないから、フェアリーから色々聞けた方がいいよね」
ということで、フェアリーワンピースさんが部屋にやって来た。
「こんにちはー。イレイザーくん、お久しぶりだね」
「お久しぶりです」
「いいよー敬語じゃなくて。前に仕事ご一緒した仲でしょ?」
「……あ、ああ。分かった」
フェアリーワンピースさんは、ふわっとしていながらも丁寧な雰囲気だ。そして、少なくとも壁は感じない。……こんな感じで、話せればいいのだが。
挨拶はその辺りにして、今回来た仕事の話と、今回の相談事について話した。
「思ったけどさ、それってオリジナルさんが完全に口滑らせてるじゃん」
ホワイトエッジが一番にそう言った。
「オリジナルさんは心配で教えてくれたんだと思う、……多分」
「多分ね」
僕はオリジナルさんに非があるとは思っていない、が、……知らなければ知らなかったまま、何事もなく仕事を終えられたかもしれない。
「一緒に仕事する以上は、相手がどんな人か分かっておく方が気は楽だと思うな。私だって、先にエッジからはイレイザーくんの話を聞いてたし」
「そうだったのか。……ホワイトエッジは僕のことを何て言ったんだ?」
僕が聞くと、ホワイトエッジはちょっと焦った顔をして、フェアリーワンピースさんはくすっと笑った。
「な、何だよ、言えないようなことでも言ったのか」
「そんなことないよ! 断じて! ねえ?」
必死でホワイトエッジは同意を求めている。フェアリーワンピースさんは、うん、と素直に答えて微笑んでいるが、……本当なのだろうか?
「とても真面目な人だって聞いたの。そうだったよね」
「そうそう。真面目って言った」
「真面目……」
真面目、は、褒め言葉だよな。それなら、ありがたいことだ。
「真面目だからこうやって相談するんだよね?」
フェアリーワンピースさんは僕の顔を覗き込むように見てきた。僕はどきっとした。
「真面目すぎるからね」
横からホワイトエッジも付け加えて、それから何故か言葉を詰まらせた。……もしかすると「とても真面目」ではなく「真面目すぎる」と言っていたのかもしれない……。
「それよりフェアリー、フェイカーさんは本当に気難しいの?」
苦笑いしながらホワイトエッジは話を変えた。
「優しいと思うよ」
「?」
「話さないとわからないのが難点だけどね……見た目には気難しいって思われても仕方ないかも」
……ということは、半分は正しくて、半分は正しくない話ということだろうか。
「ならフェアリーは優しくしてもらってるってこと?」
「そうだね、いたって普通っていうか……」
「でも、オリジナルさんの話だと、生徒会執行部さんが一緒に仕事したときは不機嫌そうだったって」
「それは……何かあったんじゃないのかな」
「何か……」
何か、とは、何だろうか。
「執行部さんが何か、フェイカーさんの機嫌を損ねるようなことをしたとか……」
「いや、執行部さんがそんなことするわけないだろ。フェアリーだって執行部さんのこと、そうは見えないだろ?」
「そ、そうだけど……」
生徒会執行部さん、といえば、それはもう、常識人で、何かを任せて不安になる点なんてひとつもないような、お手本のような人だ。……初めに姿を見たときは、お菓子を作っていたけれど……。
「フェアリーさ、フェイカーさんに、それとなくレンモジュールの方のことどう思ってるかとか、そういうの聞いてくれない?」
これ以上考えてみたところで、僕達には何があったかを割り出すことはできない。それならフェアリーワンピースさんが、本人に聞くというのはいい案なのかもしれない。
「それとなく、か……うまく聞けるかわかんないよ?」
「頼むよ、イレイザーのためだからさ」
少し困るフェアリーワンピースさんに、ホワイトエッジがぎゅっと目を瞑って懇願している。
「……うん、イレイザーくんのためなら断れないね……聞いてみるよ」
フェアリーワンピースさんは僕の方を見て微笑んだ。
「ぼ、僕のためというのは申し訳ない。こんなことを気にしている僕のせいで……」
「えっ、いいよ? そんなの気にしなくて」
「一度相談してきたんだから、もう後には引けないよ! わかった?」
「……あ、ああ……わかった……ありがとう……」
相談したのは僕の方だというのに、むしろホワイトエッジとフェアリーワンピースさんの方が本気になっている気がする。本当に、頭が上がらない……。
フェアリーワンピースさんが話を聞いてきてくれるということで話はまとまり、その日は解散した。