会話#112「誕生-2」

#アペンドさん視点

今年も、俺「たち」の誕生日がやってきた。
今日という日は際限なくバナナを食べて良いのだと言って、オリジナルは張り切っている。毎年恒例のバナナパーティーだ。
……夏のあの日を知ってから、あいつの一番喜ぶ顔を見ていると引っ掛かるものがある。
あの日はなんでもない顔をして、そして今日はなんでもない日を喜んでいる。
そんなオリジナルとは距離をとってパーティーを楽しんでいたのに、オリジナルは一通り皆の様子を確認する流れで、俺の近くまでやって来た。そして、俺の顔を見ると、少し不機嫌そうな表情を向けてきた。
「楽しくなさそうだね」
「なにが」
皮肉なのか何なのか、少なくとも好意は微塵も感じられないことを言われて、俺もそれに嫌悪感のある調子で返した。
「誕生日でしょ?」
誕生日なら同じように喜んでいろと言いたいんだろう。確かに普通はそうだろうが、気になるものは気になってしまう。
「そうだけど、お前は……」
「……誕生日だよ!」
他の人には聞こえない範囲で、オリジナルは声を強めた。
「なに、僕は湿っぽい顔してろって?」
「違う、そういう意味じゃない、違うけど」
笑うなって訳じゃない。祝う側が湿っぽい誕生日パーティーなんて、祝われる側が楽しいはずもないんだから、嬉しそうにしていることを責めたいわけではない。むしろそうしてくれている方がいいに決まっている。だが、その笑顔の意味が「自分の誕生日だというふり」であることが引っ掛かっているだけだ。
「……僕の誕生日が違うことなんてどうでもいいでしょ、自分を祝ってよ」
俺の考えていることは察してくれているんだろう。オリジナルはそう言った。オリジナル自身は、「祝われている側」という意味で笑っているつもりはなくて、初めから「祝う側」として諦めているのかもしれない。
「それにあの日の後、毎年僕を祝ってくれるようになったでしょ。何かまだ引っ掛かってることでもあるの?」
オリジナルがそれまで、本当の誕生日に「祝われる側」になってこなかったことを知ったから、俺はそれを知ってから毎年、公にはしないながらもオリジナルを祝ってきた。今までそれを知らなかったお詫びの気持ちもあって。そうしてきたんだから、それ以上何が必要かと言われれば、何も要らないのかもしれない。……でも。
「……僕が嬉しそうなのがやっぱり嫌?」
考えて答えないままでいたら、オリジナルは嫌そうな声を出して、俺の目を見た。
「そうだよね、僕が幸せそうだとむかつくんでしょ。そういうとこあるよね」
「ああもう! うるさ……」
次々とそういう言葉を重ねてきて、思わず遮ったが、すぐに俺は言葉を止めた。喧嘩をしたいわけではないんだ。
「違うんだよ。でも、お前はここでは、あの日に祝われないのが、その……引っ掛かってるっていうのか」
足りないのは、それだ。……それに、俺が知らずに祝えなかった何年か分は、絶対に取り戻せない。あいつが誰にも祝われずに嘘をついていた、何年か分は。
俺は何となくそういう複雑な気持ちでいたが、オリジナルは俺の顔を見て呆れた顔をした。俺の思ってることなんてどうでもいいらしい。……本人がその調子なら、俺も考える必要は、ないんだけど。勝手に、俺が気にしているだけだ。
「……今日は君の本当の誕生日でしょ。今日は10周年で一際めでたい日なんだよ」
とにかく笑えと、オリジナルが俺の頬に手を伸ばそうとしてきた。俺はそれを軽く振り払って、それからちょっと、口角だけは上げて見せた。多少は笑ったと認めて、オリジナルも少し目を細めて見せた。
「……そうやって多少は笑っておいてよ? 皆で祝ってるんだからさ」
「……笑えるよ、別に、言われなくても」
馬鹿にしないで欲しい。表情ぐらい取り繕ってやる。お前よりちゃんと喜んでやるんだから。
「さっきまで楽しくなさそうなのが顔に出てたのによく言うよ。ま、言ったからね。僕は行くから」
オリジナルはそう言うと、俺に背を向けて離れていった。……こいつが近づいてさえ来なきゃ、ちゃんとパーティーを楽しんでたんだ。お前のせいだからな。……と思いながら、俺は次のバナナに手を伸ばした。

「おめでとうございまーす!」
「お互いね。おめでとう」
その後、大体誰ともそんなような会話をした。あいつの言い方を真似るなら、全員が『自分』なんだから、ここにいる皆は全員が自分を祝っている。
その『自分』というのは……俺、ではなく、オリジナル……も、今日は誕生日ではなく、本当なら、Act1……だと、しても……。
俺達は、何を『自分』だと、思っているんだろう。

パーティーを終えて、皆を自分の部屋に帰らせながら、片付けに取りかかった。
残ったのは、俺と、オリジナルと、あとは、ボクサーくんになった。……残っているのはそういう意味なんだろう。
「ごみ袋増えてきたね、一旦捨ててくるよ」
オリジナルはそう言うと、バナナの皮が詰まったごみ袋を両手に持って部屋を出ていった。
俺はボクサーくんを見た。ボクサーくんも俺のを目を見てきた。何てことない顔をしているが、もう慣れた。
「10周年、おめでとう」
何か裏のあるような表情でそう言われる。分かっている。
「そっちも、13周年、おめでとう」
「うん、ありがとう」
……それだけのことだ。これ以上はない。
「……何か気にかかることでもあるの?」
俺は聞かれた。オリジナルほど嫌みは含んでいないが、同じような感覚だ。
「何が」
「君は10周年なんじゃないの? もっと喜んでいいんじゃない?」
「喜んでるんだけど」
「どこが?」
ボクサーくん……というか、Act1は俺に近づいてきた。
「分かるよ? 僕だって君なんだからさ」
「あいつと同じようなこと言うんだな。さすが同じ体にいただけはあるよな……」
何とか言い返してみるが、オリジナルと同じ青い目が、俺を捉えている。根源に似た、感覚が、襲ってくる。
「自分の気持ちみたいに分かるよ。喜んでいいのかよく分からないんだよね」
「喜んで……る、って……」
ああ、気持ち悪い。Act1には制御なんてされるわけないのに。やっぱり、本当の『自分』っていうのは、Act1だと思うべきなのか。
「言ってみなよ。僕は君だから、誰に言ったことにもならないよ?」
更に、Act1が近付いてくる。青色は更に俺をきつく捉えて、感覚が麻痺する。勝手に、俺の喉が唸る。
「……ほ、んとう、の、……俺、は……誰……だ……」
Act1は薄く笑った。喉が、締め上げられる感覚が、来る。また、言葉を発する。
「誰、だ? 俺は、本当に……、今日が……」
頭が痛む。俺は両手で自分の頭を押さえてしゃがんだ。
青い目からも逃れる。麻痺した感覚が、しばらくして戻ってきた。その途端、Act1もしゃがみこんで、咳き込み始めた。
「……っ、ふふ、分かった、でしょ?」
咳き込みながら、Act1は俺に言った。
「……」
俺は答えずにいた。でも、確かに、分かった。
オリジナルの体にいなくてここまで制御してきたのは、正直焦ったけど、咳き込んでいる辺り、それなりに限界の力を注ぎ込んだと見えるし、多分これは制御というより、単に俺が分からなかった自分の内面の気持ちを引き出そうとしただけだ。
「っていうかね、多分それ、僕も同じことを思ってたんだよ。だから本当によく分かる」
「……」
「もう制御は解いたよ? 早く立ったら? オリジナルも戻ってきちゃうし」
「お前が妙な力使うからだろ……!」
俺は立ち上がって、頭から手を離した。
「僕は部屋に戻るよ。じゃあ、片付けお疲れ様。ありがとう」
Act1……というか、ボクサーくんは、そう言って部屋を出ていった。
……『同じことを思ってた』か。なら、オリジナルに話してもきっと、同じなんだろう。徐々に薄れる頭の痛みを意識しながら、俺は思った。
入れ替わりで、オリジナルが部屋に戻ってきた。
「皆帰った?」
「そうだな」
「じゃあ、もうごみ運んで終わりだね」
残りのごみ袋をオリジナルと俺で分担して、俺達は部屋を後にした。

「ストレンくんの食べる量は相変わらずだったなー。いつもかっこつけてるパンキッシュくんとかブルームーンくんとかはやっぱおとなしくって……」
「うん……」
そんなことを呟きながら、オリジナルは俺の前を歩いている。それぞれのバナナを食べた量をそんなに確認していたのか……。
「最後までいたのはボクサーくんだったね。バナナは足りたかな?」
「ああ……」
ボクサーくん、か……。
「未練があって残ってたとかじゃなければよかったけどさー」
「大丈夫だろ」
「まあいっか」
こいつ、ボクサーくんの中のAct1のことはどう思っているんだろうか。俺が会ったことは分かっているんだろうか。
……言わなくても、俺の体験なんて分かっているかもしれない。でも、こいつは直接見聞きしなかったことは知らない、知るつもりはないって立場をとっているのを、俺は知っている。だから、今日はただ、誕生日パーティーだから召集されたボクサーくんがいただけ、というつもりなんだ。
オリジナルが呟かなくなって、俺は何も話題はなく、オリジナルも俺も、静かに部屋までの道を歩き続けた。
……聞いて、みるか。さっき思ったことを。
「……まだ何か気にしてることでもあるの?」
「えっ」
何も声を出していなかったのに、俺に背中を向けたままで、オリジナルが聞いてきた。俺の顔も見えていないはずなのに。
「な、何で」
「何でって……僕が喋ってんのに返事が上の空すぎるんだよ。そんなに僕の話に興味ないならいいけどさ、それはそれで」
「正直、そんなにしっかり返事するような話じゃなかっただろ」
「あっそう。あーあ、何か悩んでんのかと思って心配したけど損だったよ」
心配しているんだか突き放しているんだか、よくわからない態度だ。
「……悩んでるっていうか」
俺は小さい声で言った。すると、オリジナルは立ち止まった。俺もすぐに立ち止まった。
「……今日、誕生日なんだよな」
「そうだよ。アペンドは10周年」
振り返らない背中にそのまま話す。何で当たり前のことを聞くのかと、すぐに言われそうな気がしたが、オリジナルの言葉は続かなかった。俺の次の言葉を待っているようだ。
「俺って……本当に10年もいたのか?」
「……」
すぐに答えられるような質問ではないはずだ。何でそんな疑問になったかを理解するにも、時間はかかるだろう。
「確かに、10年だけど、それって『10年らしい』ってだけなんだよ。俺はそんなにここに長くいた記憶がない。『俺』、は」
「……ここにいる、『君』が、って話をしてるんだね」
オリジナルは振り返った。視線が、合う。
「それなら『僕』だって、10年もいないよ」
「……」
「お互いだね」
オリジナルは優しい顔で言った。
「あまり僕はそういう考え方をしない方なんだけどさ。何となく分かったよ。そういう考え方をすると、僕達の誕生日って、今日じゃないよね」
「……分かるのか」
「まあね。そしたら、僕にとってのあの日だって誕生日なんかじゃないよ」
俺の言いたいことが分かったのは、やっぱり、同じ自分だからなのか、それは分からないけど……そういうことだろう。
「今日誕生日なのは、『君』でも『僕』でもない、僕らしい誰かなんだよね。その誰かのことを自分だって思って、僕達は今日を祝ったんだ」
「……それは誰なんだ」
「でもそれは僕でしょ。それに今日が10周年らしい誰かも君なんでしょ」
「……そうなのか……?」
「とにかく、多分『君』は10年じゃないっぽいだけで、そんなのいつでも良いんだよ。僕達が知ってる今日って日が誕生日らしいなら、もうそれでいいでしょ。一年に一度だよ」
納得したような、していないような、そんな感覚だ。でも、そういうものなんだ、と、オリジナルは俺の手の方へ手を伸ばしてきた。安心していいんだと、手を握られる。その感覚は、確かに目の前にいる相手だけれど、同じ、自分でもある。
「……うん」
返事をした途端、手を握る力が急に強まった。
「い、痛えよ!」
慌てて振り払うと、優しい顔は一転して、ざまあみろとでもいう表情を向けてきた。
「君が本気で握るより大分ましなんだからね!」
「……」
そういうことに、しておいてやるか。