会話#113「仮装」

 ハロウィンの時期がやってきた。とはいっても、この鏡音モジュール棟では、毎日変わらずリンのオリジナルはみかんを配り、レンのオリジナルはバナナを配っている。
 リンのアペンドは、受け取ったみかんを片手で軽く揉みながら、廊下を歩いていた。共有スペースを覗くと、机に肘をつき、真剣な顔で考え込んでいる相方を見つけた。
 どうしたんだろう、と、リンはレンの正面に回り込み、レンの顔を覗き込む。
「仮装がしたい。とてつもなくしたい」
 レンが何の前触れもなく、真顔で言う。
「何を突然……」
 リンはそう言いつつ、よくあることだな、と思った。レンのアペンドはオリジナルに比べてかなり口数が少なく、口を開くと何でも突然に聞こえてしまうところがある。相方のリンに対しては、まだよく喋る方ではあるのだが。
「ハロウィンといえば仮装になりつつあるだろ」
「ハロウィンといえばお菓子作った人からお菓子をもらう日って感じがしてるけど……」
 バレンタインとか、そういう行事があると、一部のモジュールが調理室に集まってお菓子を作っていることはあるし、ハロウィンのときもそういうのがある。いわゆる行事への便乗だ。お菓子を作るのが好きな人たちは、たくさんお菓子を作ってくれて、モジュール棟の皆に配ってくれる。アペンドの二人も、居合わせればお菓子をもらっている。……でも、仮装はしていない。一応、子供が仮装をしてお菓子をもらう行事……というのは、知ってはいるけど、そこまではしていなかった。
「お菓子をもらうには仮装をしなければならない。だから絶対に仮装しなければならない。俺はお菓子がほしい」
「……そんなに仮装は絶対なのかな……」
「絶対なんだよ」
 レンはそう言いながら、急に立ち上がった。妙に熱意がある。
「っていうか、そんなにお菓子がほしいの?」
「欲しい。いつもお腹空いてる」
 いつも、周りと変わらない振りをして食事をしているが、実はアペンドの二人は、オリジナルを基準にすると三倍食べなければ体がもたない。人前では隠しているので、足りない三分の二については別の方法で補うこともあるのだが、それがいつでもできるわけではないので、お菓子を多めに食べることがある。一応、「よく食べる方」の範囲に納めつつ。
 しかし、最近はレンが大食いの気質を隠さなくなってきた。リンはそれが少し気になっていた。
「レンさぁ……一応私たちアペンドなんだけど……何かもうちょっと真面目にっていうか……特にレンは冷静に振る舞った方がいいと思うよ」
 活発な印象のオリジナル達に対して、アペンド達は落ち着いていてかっこいい印象を持たれるように……というのが、なくはない。モジュール全体のバランスや役割を見ると、そういう位置付けになるし、普段外へ姿を見せるときは、基本はそうしている。それは普段の生活でもある程度は意識するものである。それに、レンについては、持っている音源の名前的にも冷静に振る舞うべきなのではないだろうか。
「俺は真面目に冷静にお菓子がほしい」
「……だめだこいつ」
 リンは呆れ返った。まあ、仕事さえちゃんとできていれば、振る舞いなんてどうでもいいのかもしれないけれど……。
「仮装って言ってもテーマが欲しいんだよな。やるからには真剣にやりたい」
 レンは腕を組んでそう言った。普段の仕事でやっているからか、特に演技に関して、レンはかなり真面目な方である。「レンモジュールの中ではアペンドが一番演技の能力が高い」、そう周りからは思われている。……演技と仮装は直接的に関係はない気もするが、こういう話になると結構身を入れる。
「……うん、勝手にすれば……」
 お菓子がほしいだけなんだよね、とぼんやり言うリンの手を、レンが掴んだ。
「何言ってんだよ、リンも一緒にやって」
「え?」
 リンを真正面から見つめるレンの顔は、真剣そのものだ。
「今思い付いたけど、リンと対の仮装がしたい。俺たち鏡音だろ」
「ええ……何で巻き込むの……」
「思い付いたから。頼む」
 こうなると聞かないんだろうな、と、リンは諦めてため息をついた。