会話#114「出演会議」

「今度の仕事だけどさぁ」
 リンのオリジナルは、撮影の仕事の内容が書かれた紙を、レンのオリジナルに渡した。
「うん」
「内容は見ての通りだけど……その2番目のとこ、レンは誰を出す?」
 レンは一通り内容に目を通して、そうだなあ、と唸った。
「まあ、1番目と3番目も暫定では私たちってことになってるんだけど、それはそれとして」
「……僕にあまり似てない僕……ねえ」
 二人が話しているのは、出演モジュールの欄のことである。1番目と3番目には対になるリンとレンのモジュールが出てほしい。1番目のモジュールはストーリーシーンと歌唱シーンがあるので、デフォルト系が望ましいかも。そして、2番目には、ストーリーの演出上、3番目に出るレンのモジュールと似ていないレンのモジュールが出てほしい……そう書かれている。デフォルト系は暫定でオリジナルとのことなので、そこは二人で決定だが、2番目に入るレンのモジュールは、もしいれば指定してほしいらしい。
「似てないって言ってもなぁ。最近は似てないのも結構いるし、結局演出に合うモジュールを選ぶべきでしょ?」
「最終的にはね。……でも一応聞いておくよ? レンとしては、一番自分っぽくないと思ってるモジュールは誰なの?」
「ええ……ううーん……それはちょっと……僕が言うのは何か、こう、失礼じゃないかなぁ」
 オリジナル本人が言うと、そのモジュールと距離を置いているようでよくないのでは? と思い、あくまでも全員と平等に接したいレンとしては、ノーコメントを通したい問いかけだった。
「……そこまで考えることでもないと思うけど。なら私の直感で言ってもいい?」
 リンはレンが悩んでいるのがあまり分からないようで、そんなことを言ってくる。
「……誰も、聞いてないなら」
 レンは声を小さくして、周りを確認した。
「誰も聞いてないから。このモジュール出演会議は私たちしか基本的にやらないんだよ?」
「……まあ……そうだね」
 レンが仕方なくうなずくと、リンは一呼吸置いた。
「私としてはやっぱり鳳月くんだと思うけどね」
「……妥当な答え」
 レンはリンから目をそらして言う。……実は、モジュールを別個体として迎え入れる前に、オリジナルは一度そのモジュールの姿を試す機会がある。リンが雨の姿を試しているときに、レンは鳳月の姿を試していた。リンが物珍しそうな顔で見つめてきたのを、レンは忘れていない。そういう仕事、そういう衣装、と割り切ってはいたが、……照れ臭くなかったかと言うと、嘘なのかも、しれなかった。
「他には……バボくんもそうだね?」
「バボくんって……バッドボーイくん、ね」
 リンが名前を略したのを、レンはそっと訂正する。
「えーっ、いいじゃんバボくんで。よく皆言ってるでしょ?」
「言ってない。バッドボーイくん。そういう言い方するときっと怒るよ?」
 たまに略して呼ぶこともなくはないが、バッドボーイについては「かっこよく決めていて、恐い」という印象を浸透させているし、何より本人が頑張ってそう振る舞ってくれている。……ので、レンはオリジナルの立場からもそこはフォローしたが、リンは全く聞かない。
「怒らないでしょ? てかバボくんって怒ったりするの?」
「だからバッドボーイくんだって……怒るよ」
「嘘だー。怒んないよ」
 ……実はびびりで、小心者なのが、リンにはばれているんだろうか、と、レンはひやひやしながら返す。……リンもオリジナルだし、お見通しなのかもしれないが。
「あー、もう。さすがにリン相手に怒ることはないかもしれないね? リンはオリジナルだし、一応バッドボーイくんからしたら目上みたいなものだし……」
 レンは仕方なくそう言いつつ、バッドボーイの本来の性格のことからはなんとか話をそらした。
「だよねー? ま、バボくんは目の色がかなり違うし、雰囲気は相当似てない気がするよ」
 リンは結局バッドボーイの呼び名を略しつつ、話を元に戻した。面倒なので、レンはこれ以上呼び名を訂正しなかった。
「結局のところ、ストーリーの演出に合ってないとだめなんだよね? ……てか、この撮影の曲、どういう曲だっけ」
 改めて紙を手にとって、レンは聞く。
「あー。レンはまだ聞いてなかったんだ」
 リンは部屋の隅へ行き、データの蓄積された機器に触れる。空中には、一時的に光がデータの一覧を映し出す。リンは指先でそれを操作し、目的の曲を選択する。
「ヘッドセットに直接音出力するけどいい?」
「うん、音量気を付けて」
「はいはい」
 リンが再生操作をすると、レンのヘッドセットに、歪んだギターの音が聞こえてきた。ついで、重低音と、ドラムの音が続く。
「思いっきりロックじゃん」
 レンは曲を聞きながら、リンに言った。曲の音で自分の声が少し聞こえない程度には、激しい曲調だ。
「そうだねぇ」
「……バッドボーイくんで決まりかな……」
 そんなこんなで、オリジナルたちのモジュール出演会議が終わったのだった。