そろそろ人数が多くなってきたし、一部屋に全員がいるのも騒がしいし、いずれは前みたいに全員に一つ部屋を作ってみようかと思うけど、とりあえずは、せっかくエレメントができたわけだし、エレメントごとで集まってもらおうかな……なんてことを考えていた。
このままだと、リンが部屋に訪ねてくる度に「まだ殺風景なの?」って言われる気がする。僕は別に、みんな仲良く布団を並べて寝るのも楽しいけど、さすがに毎日旅行気分なのも限界があるだろうし……。
うーん、でもそうなると、ニュートラルには僕とイレイザーくんと、……アペンドもいるのかあ……あいつだけ別の場所にしようかなあ。
なんて考えてたら、そういえば、カオスはまだ藍鉄くんしかいないんだな、と思った。アペンドをそっちにおいとくか、っていうのは冗談で、次はカオスエレメントの象徴モジュールを呼ぶ予定だったし、それでとりあえずは二人ずつだ。
「ねえ藍鉄くーん」
「なにー?」
今度のステージは藍鉄くんしか行ける人がいないし、僕は藍鉄くんを呼ぶことにした。
ぽーっとした顔で、藍鉄くんが僕の方にやってきた。……やっぱり、なーんか、調子狂うなあ。前と雰囲気が違いすぎて……。
「あのね、カオスエレメントの新しいモジュールを呼びたいから、ステージに行ってもらいたいんだけど、いいよね」
「いいよー」
な、なんていうか、軽い……。それとも、ちょっと精神が幼くなったのかな……。
「あっ、アペンドさんだー!」
僕達の方を見て近づいてきたアペンドに気付いて、藍鉄くんが手を振った。
「次はカオスエレメントのステージなんだよね」
「そうだよー」
「藍鉄くん、ステージ頑張ってね」
「うん!」
アペンドは普通に、頑張れ、と眼差しを向けてから、急に僕の方に近寄ってきた。
「……「うん」ってどういうこと」
アペンドが耳打ちしてきた。
「えっ、何が」
「オリジナル、藍鉄くんがおかしいと思わないのか」
「アペンドこそ、全く戸惑わなかったし、てっきりおかしくないと思ってるんじゃないかって思ってたのに」
「藍鉄くんの前でそんな素振り見せるわけにはいかないと思って耐えたんだよ。それよりお前はどう思うんだよ」
「そりゃおかしいと思うよ……」
アイテムの帽子を被って鏡を見ている藍鉄くんを放置して、僕たちはしばらく話をした。
「僕は、カオスエレメントだし、これを機にイメージチェンジでもしたのかと思って、何も言ってないけど。皆も多分、不思議には思ってるけど、昔の藍鉄くんの性格的に、問いただしたらかわいそうだと思って何も言ってないんだよ……」
「それでも藍鉄くんが来たときには皆戸惑ったんだよな? やっぱりおかしいだろ……なにか変なものでも食べたのか?」
「食べ物なんかであんなことにならないでしょ、それに、こっちきてからずっとだよ」
「それなら……」
言いかけて、アペンドはなにかを思い出した。
「藍鉄くんて妖狐もいるよな、それもあんな感じになったのか?」
「妖狐にはまだなってないから分かんないよ。……でも藍鉄くん、妖狐になりたがらないじゃん、なれなんて言えないよ……」
藍鉄くんは妖狐の姿になることができるっていう、珍しいタイプなんだけど、その姿になると、思ったことと反対のことを言っちゃうようになるから、本人はそれを気にして、滅多に妖狐の姿にはならない。
「今の藍鉄くんなら、「いいよー」とか言いそうな気がしてきた……」
アペンドは楽しそうにアイテムの試着をしている藍鉄くんを見ながら言った。
「そんなまさか……」
「物は試しだ、言ってみる」
「う、うん、任せた」
一応、妖狐になる件で、アペンドと藍鉄くんが仲良くなったっていうこともあるし、藍鉄くんもアペンドの言うことは聞くだろう。
「あの、藍鉄くん」
「なにー?」
「その……ちょっとでいいんだけど、妖狐になってみてくれないかな」
「?」
おそるおそる言うアペンドに、藍鉄くんは首をかしげた。
「あ、やっぱりなりたくないんだよね、ごめん」
「……ようこ、って?」
「え、妖狐は、ほら、狐だよ」
「狐?」
「ほら、耳がぴこぴこ、尻尾がもふもふのあれ」
「僕、なれないよ? 狐って何?」
「えっ……?」
そもそも、妖狐自体のことを知らないみたいな言いぶりだ……。こっちに来てイメージチェンジどころか、妖狐にもなれないなんて。
「し、知らないならいいや。それよりステージに行かなきゃいけないもんね。変なこと言ってごめん」
アペンドはそう言って、僕の方に戻ってきた。
「忘れてる……のか?」
「どうしてだろ……」
「ますます心配になってきた。……『調べる』?」
アペンドがそう言って、藍鉄くんを見つめた。
「僕はそれはしたくないから」
つまり、調べるって、会話でじゃなくて、藍鉄くんの『構造を見る』ってことだ。僕とアペンドの特権だけど、僕は好きじゃないんだよね。
「お前はどうせ言うと思った。何とかして普通に会話して探るつもりだったんだろ」
「よく分かってるね、そのつもりだったよ。まだこっちに来てからそんなに経ってないし、そのうち思い出すかもしれないし……」
そう呟いている僕を、アペンドは冷静な顔で見つめていた。
「別に、俺が勝手に調べることには口出ししないな?」
「勝手にして」
「嫌ならそう言えよ」
「……勝手にして、ほんとに」
これは僕の信念だし、僕の勝手な感情だから、あの特権も悪なんかじゃないけど、関わりたくない、ただそれだけ。
少しアペンドはむっとした表情になりかけていたけど、もうこの考えは平行線って分かってるんだろう。何も言わずに僕に背を向けた。
「藍鉄くん、行こっか」
僕は藍鉄くんの方に駆け寄って、手を握った。
ステージについて、適当に曲を選んだ。
藍鉄くんにどの曲がいいかって聞いても、
「なんでもいいよー?」
って言いながらゆらゆら揺れていた。つかみどころがないなあ……。多分普段通りなら、同じ意味でも「僕はどの曲でもいいですよ」って言いそうな気がする。ちょっと恥ずかしそうにしながら……ああ、そんなこと考えてたら、懐かしくなってきちゃったな。やっぱり藍鉄くんはそうじゃなきゃ、僕がやだなあ。
でも、曲が始まればやっぱり僕なんだ。何かおかしくなってるわけでもない。紛れもない僕の一つの姿で、藍鉄くんがあの謙虚な性格でなければいけないとか、そんなのはないに決まってるんだ。
カオス、って、多様性なんだよね。僕はまた新しい僕を見ただけなんだ。僕はそれを見たくて、こうして皆と過ごそうと思ったんじゃなかったっけ?
僕が悩んでいるうちに、変身の時が来た。
「やっほー!」
まるで猫を模したみたいな、フリルつきの衣装を着た僕が現れた。目元の仮面が妖しくもやんちゃみたいな……。
身のこなしも猫みたいに柔らかくて、ダンスを見事に踊って曲が終わった。
「はっじめましてー!」
藍鉄くんの今のノリとほぼ同じ感じで言われて、普通ならちょっと鬱陶しく思うけど、もう慣れちゃったかもしれない。
「はじめましてー。早速部屋に案内するよ。自己紹介は皆のとこでやろうね」
「はーい!」
僕が前で先導している間、新しいその僕と藍鉄くんが、ちらちらお互いを見つめてはにこにこ笑っている。猫のじゃれあいみたいなノリだ。カオス同士だとこんなことになるのかな……?
「アイヴィートムキャットだよー」
皆の前に立って、アイヴィートムキャットくんはそう言いながら、招き猫みたいなポーズを見せている。名前に負けたくないんだろうか。
「長いな。よろしくトム」
すっかり新入りの名前を縮める役回りなパンキッシュくんは、そう言って手を差し出した。
「にゃー」
トムくんはそこに握った手をぽん、と置いた。……犬かな?
「な、なんかお前絡みづらいぞ……」
「そこは可愛がってほしい、にゃー」
「お、おう……」
握った手を猫パンチみたいにして、パンキッシュくんは腕をたしたしされている。あくまでも猫のつもりなんだな……。
「というわけでー、とりあえず各エレメントの象徴の皆も呼べて、エレメントで二人ずつはいるから、そろそろ一回部屋を割りたいと思いまーす」
僕は皆の前で発表した。驚いてるぽい人もいれば、軽く拍手してくれる人もいる。
「単純に、今回はエレメントごとに分かれてもらうね。荷物とかの置場所も、今まで適当だったから、ちょっとずつ整頓する感じで」
皆には、エレメントごとにかたまって並び直してもらった。
「これからどんどん他の仲間も呼んでくるから、あまり散らかさないでね? とくにスクジャくんあたり」
「なっ! オリジナルさん僕のこと信用してないの?」
「しょっちゅう散らかしてるじゃん」
「うっ……そうだけど……」
スクジャくんが肩を落としているのを、エッジくんとラディカルくんがなだめるように見つめている。
「で、ライトくんが新しい仲間呼ぶの得意らしいから、当分はステージに立ってもらっていいよね?」
「任せときな!」
「うらやましいなあ、俺もちょっとはステージ立ちたいよ」
パンキッシュくんはちょっとだけ嫉妬ぎみだ。
「ほら、変身のとき誰も来なかったらその時ステージ立てばいいよ」
「はー、それまで待ってられっかなあ」
ステージへの意欲が強いパンキッシュくんを、ライトくんは頼もしそうに見つめている。
「そういえばビューティにはまだ新しい二人しかいないんだね。これから遅れて先輩がやってくるから」
「どんな人がいるんだろうね」
「楽しみだ」
ランサーくんとブレイブくんがお互い目を合わせて言った。皆と並べると雰囲気がやっぱり大人びてるなあ。
「お手」
「にゃー」
「……」
そんな間、藍鉄くんとトムくんは二人で遊んでいた……。仲が良さそうでなによりだ……。
「イレイザーくんは僕と、……アペンドと一緒だね」
「はい」
イレイザーくんにも確認をとる。アペンドと二人じゃなくて助かったかも。まあ、イレイザーくんの前では色々隠さないといけないかもしれないけど、なんとかなるでしょ。
「さ、解散! それぞれ部屋に分かれてね!」
別の場所に早速空いた部屋を用意してもらった。共有スペースに置いていた自分の荷物とかを、それぞれ皆は自分のいく部屋に運び始めた。
「ある程度、調べた」
皆が移動に集中している隙に、アペンドは僕に知らせてきた。 藍鉄くんのこと、何か分かったみたいだ。本当は眠らせて調べたりするけど、今回は意識を集中させて観察をしていたらしい。それでもある程度までなら、調べたことにはなる。
「たしかに本人の言う通りなんだな。あの体には、一人しかいない。だから変身なんてできるわけないんだ」
「それって、妖狐はどっか行ったってこと?」
「わからないけど。妖狐を置いて藍鉄くんの一人だけがこっちに来たのかもしれない」
「うーん……でもなんで性格まで変わったかな……」
「そこまではさすがに見る程度じゃわからないな。でも、これ以上調べるには、止めるなりしないと」
「……やめよ、とりあえず」
「ひとまず、な」
僕達は荷物を移動している皆をしばらく眺めて、それから、自分達も移動に合流した。