交差#14「人格の分離」

「オリジナルさーん! 早く!」
さっき来たバッドボーイくんに部屋を教えて向かってもらった途端、ライトくんに僕は呼ばれた。
「準備もうできたから。出迎えの準備を!」
そう言って親指を立てられた。わぁ……すっごいやる気。
「は、はいはい……」
「おいー、疲れちゃってんの? ステージに立ってるのは俺なのに」
「ご、ごめん。でもほら僕、年だから、よぼよぼ……」
「14歳は若いぞ何言ってんだ!」
もう新しいモジュールのノリにはついて行けないんだよぉ……しかもこんな元気なタイプ……なんて、言い訳はほどほどに、僕はステージの袖に向かった。

今度の曲は、僕がアペンドを呼んだときと同じ曲だ。もはや懐かしい。
これからはずっとお任せできると思うと、待ってるだけでいいし、楽だな-。
僕はそんなことを思いながら、踊っているライトくんを眺めていた。

「さあ、次は誰が来てくれるんだ?」
変身の瞬間もいつも通りに迎えて、僕も身を乗り出してそれを見ようとした。
「……あれ、君って」
ライトくんがちょっと驚いた表情をした。
「なんですか?」
「……あ、いや……」
「続きを踊ればいいんですよね?」
「……ああ、頼む……」
その会話の声だけ聞こえて、どうしたんだろう、とちょっと心配になった。
そして交代の瞬間、ステージに現れたのは、
「……妖狐?」
藍鉄くんが、妖狐になった姿だった。
ライトくんが戸惑ったのは、多分藍鉄くんじゃないかと思ったからだろう。妖狐って、藍鉄くんの別の姿だから、体は一緒なはず……なんだけど。
でも、アペンドが調べた限り、こっちに来た藍鉄くんには妖狐の人格がいなかった……、ってことは、今、妖狐の方が来たっていうこと……?

曲は無事終わって、ステージも成功した。
ステージから降りてきた妖狐……くん、を、僕はとりあえず出迎えた。
お疲れ様、の一言より前に、ライトくんが妖狐くんにつかつかと近づいていった。
「君は……」
「だから、なんですか?」
「君そっくりな人がもういるんだけど。君は誰だ」
「ああ、『藍鉄』がもう来てるんだね。僕も藍鉄だけど」
「……ちょっとオリジナルさん」
僕はライトくんに名前を呼ばれて、はっと我に返った。思わず、話しぶりをずっと見てしまった。
あまり僕、妖狐の姿になった藍鉄くんとは話したことがなかったし。でも、何か、聞いてたのと違う気がするんだよな……何でだろう。
「これってどういうこと?」
「あ、ああ。藍鉄くんってさ、この姿に変身できたんだよ」
「え? 知らないうちに変身してここに来たってこと?」
「いや、それはちょっと違うというか……えーと……確認しないと……」
部屋から勝手に出てきそうな気はしないし、さっきも思い出してた通り、こっちに来た藍鉄くんは変身できないはずだったし……。
「僕も『藍鉄』とは顔を合わせたいな。連れて行ってくれないか?」
妖狐くんに言われて、僕とライトくんと一緒に部屋に行くことにした。

「ただいまー……」
そっと部屋に入ったけど、誰一人いなかった。そういえば、部屋、分けたんだった。
皆それぞれの部屋でくつろいでるんだろう。
とりあえず、一番重要そうな藍鉄くんと、調べてくれてたアペンドに来てもらうことにした。
藍鉄くんはライトくんに呼んでもらって、僕はアペンドの方を呼んだ。
「ねえ、アペンド、ちょっと来て」
「ん?」
イレイザーくんと二人でカードゲームをしていたらしいアペンドが、こっちを向いた。
「あのさ、さっきのステージで妖狐くんが来た」
「は?」
「とにかく来て」
「どういうこと……あ、イレイザーくん、ごめん、ちょっと行ってくる」
そう言われてうなずいたイレイザーくんも、かすかに驚いた顔をしていた。
ほとんどの人からしたら、妖狐の姿なんて幻のようなものだし、驚いても仕方ない。

ライトくんに呼ばれた藍鉄くんと、僕と、アペンドと、さっき来た妖狐くんが、集まった。
「……どういうことなのかな?」
いったい誰が、この状況を分かっているんだろう。
一番分かってそうなのが、妖狐くんな気がして、僕はとりあえず妖狐くんの方を見た。
「どういうこと、と言われてもね」
妖狐くんは藍鉄くんの方を見た。
見られた藍鉄くんは、戸惑う表情でもなく、ただ穏やかな表情で、僕らをかわるがわる見た。
「……俺の認識では、二人は同一人物で、互いに変身するという関係なんだ。
だから、二人が別々にいるのが、どういうこと、って聞きたいんだけど」
アペンドが聞きたいことを言葉にしてくれて、妖狐くんと藍鉄くんそれぞれに目線をやった。
「その認識を僕が知らないから、どういうことかは答えられないな」
妖狐くんはそう言った。一方、藍鉄くんは、「何のこと?」みたいな顔をして、何も答えなかった。
「……こう言うのもあれだけど、二人とも、俺が知ってる性格とはずいぶん違うからな。
ここに来た時点で、二人とも、昔の状態とは変わった。二人とも俺の認識は分かってないようだし。
だからもう昔の認識は、通用しない……ってことで、いいか?」
アペンドは今度、僕に確認するように言った。
……イメージチェンジじゃなくて、イメージ、リセット、かな。
「そういうこと、って、理解しておこうか」
僕はそう言ってから、この妙な雰囲気に耐えられなくなってきた。
「あー、まあ、それはそれだよ! お迎えの言葉ひとつ言ってなくてごめんね。ようこそ妖狐くん」
僕が妖狐くんに笑ってみせると、妖狐くんも微笑み返してくれた。
「妖狐くんはエレメントがビューティなんだね。新入りの二人がもう部屋にいるからさー」
僕は部屋に案内しにいくことにした。
「藍鉄くんも部屋に戻っていいよ、わざわざ呼び出してごめんね」
「うん」
藍鉄くんのことは、アペンドが部屋に付き添って送ってくれた。

「……ということが」
「あった」
僕とアペンドはニュートラルモジュールの部屋に戻って、二人で頭を突き合わせた。
イレイザーくんがそんな僕達を、離れたところから見ている。
「いまいち僕には話がよく分からないが……」
「うん、大丈夫。僕らも全然分かってない」
「とにかく、あの二人はこっちに来てから全然知らない誰かになった、って思っとけばいい。
そういう結論になった、それだけなんだよ」
「藍鉄さん自体がこっちに来た時点で、性格がまるで違ったから……そういうことなんですよね」
イレイザーくんは、何となくだけど、あの二人への新しい認識を理解してくれたようだ。
「……でも、どういう経緯で、ってところが問題だから、僕達にとっては」
「そうだな」
頭を突き合わせたまま、僕達は小さな声で言った。
「あれだけ姿が違えば、人格が別の存在になるのも不思議じゃないとは思うけど。俺の人格とは訳が違うからな……」
「それに、さっきは妖狐くん、自分も何も知らない風な態度してたけど、藍鉄くんに顔を合わせたいって言ったんだよ。あの二人、互いのことを分かってる度合いが違う気がするんだよね。藍鉄くんはそもそも、妖狐って何の話、って言ってたんだし」
「藍鉄くんが何も知らないふりを貫き通してる可能性もあるけどな」
「藍鉄くんに限ってそんな性格じゃ……あ、でも今はそれも通用しないし、うーん……」
こんなことを悩んでいても、特に大問題が起きているかといえば、そうでもないわけだし、
やっぱり、今の僕達には、今のあの二人を受け入れて、ただ見守ることしかできないのかな。