「脅されたほどでもない気がするんだよな」
次のステージに向かう途中、ライトくんは呟いた。
「脅された?」
「ほら、ステージが邪魔されて全然成功しないって脅された話」
「ああ、あれねえ」
僕達にステージの出番が回ってきてから何曲かやったけど、今のところは無事成功して、しかも新しい仲間が呼べている。
「だからさ、心配いらないんじゃねーのかって」
「いや、そうとは言い切れないんじゃないかな」
僕はそっとライトくんの言葉を制止した。
「何となく、お客さんの雰囲気が今までと違う感じがしない?
だから、今はまだよくても、ちょっと難しい曲になったら状況が変わるかもしれない」
「お客さん……か。あまり気にしてなかったな。自分にできることをやるので精一杯だった」
「ステージに立つ以上は、そういうことも大事になるからね」
そう言ってから、ライトくんが珍しく落ち込んだ顔になっているのに気づいた。
「って、僕もいつも自分のことで精一杯だけどさ!」
「はは、オリジナルさんでもそうなの?」
「そりゃ僕だってそうだよー」
そんなことを話しているうちに、ステージに着いた。
今回の曲は前みたいに元気一杯な曲でもないし、なんとなく、お客さんが満足してくれてるのかも分かりにくい。
ステージに立っているライトくんも、表情には出せないと思うけど、きっと手応えが感じにくいんだろうな……想像だけど。
でも、変身はできるみたいだ。誰かが来ている。
「成功するかぎりぎりかもしれないけど、続きは頼んだ!」
そう言われて出てきたのは、スイムウェア、通称水着くん……だ。
滅多に水着くん、ステージになんか来ないけど、今回はステージに来ないことにはこっちに来れないからね。
「よっしがんばる!」
水着くん、日焼けしてるじゃん。こっち来る前に海でも行ってたのかな……。
水着くんは精一杯のパフォーマンスをしたけど、会場の雰囲気は微妙なままだった。
うーん、このままだと、成功とは……。
そう思っているうちに、曲は静かに終わった。
「だめだ……正直……」
ステージの袖でライトくんが呟くと、ステージの中央に立っていた水着くんが突然光に包まれた。
「日焼け治してくる!!」
光に包まれながら、水着くんが叫んで、そしてそこから水着くんは消えてしまった。
「日焼け……治す……??」
ちょっとそれはよく分からないけど、ステージが成功しないと、いなくなっちゃうんだ。
とりあえず、僕とライトくんはステージの外に出て合流した。
一旦、部屋に戻りながら、今回のステージを振り返った。
「油断したせいかなぁ」
ステージの前のことを思い出して、ライトくんが反省した顔で言った。
「今回はちょっと違うと思うよ……」
確かに油断はしていたのかもしれないけど、それでも元から、今挑もうとしてるステージは全部、大変なはずなんだ。
「皆との約束だから、ステージは成功させてこなきゃいけない。
ライトくんには、もう次の曲のステージのことを考えてもらおうかな?
この曲は、別の方法で何とかしてくるよ」
「別の?」
「こういうときに、あいつ、ってことじゃないかな」
僕達の部屋についた。僕は、ニュートラルの部屋の戸を叩いた。
「ああ、そういうことか!」
僕が戸を開けた途端にライトくんが言って、部屋の中にいたイレイザーくんとアペンドが、びっくりして僕達を見た。
「アペンドさんの出番ってことだな!」
「……俺?」
ライトくんがきらきらした目でアペンドを見つめた。そう、そういうことなんだけど。
「俺の代わりにステージを成功させてきてほしいんだよ!」
「??」
アペンドは呆気にとられている。もう、自分のスキルのこと忘れちゃったんだろうか。
ライトくんも説明はしてくれないし、僕が補足するしかないのかな。
「さっき水着くんが来たんだけど、ステージが成功しなかったの。
やっぱりステージに邪魔が入ってるみたいだから、……さ」
はぁ、なんか頼むのもめんどくさいけど、頼るならアペンドかなって。
僕は、もうあとは説明しなくても分かるでしょ、と思いながらアペンドを見た。
「……あ、あー。そういうことか。分かった」
何秒かの間を置いて、アペンドがうなずいた。そうだよ、ノルマブレイクで何とかしろって言ってるんだよ……。
「行ってらっしゃい」
イレイザーくんはそう言って手を振ってきた。アペンドはうなずいて、部屋の外にいる僕達の方へ歩いてきた。
「ついにアペンドさんの本気が見れるってわけだ!」
もう一度ステージに戻る道で、ライトくんが元気よく歩きながら言った。
さっき反省してたのからはもう吹っ切れた感じかな。
「ライトくん元気だな……」
本気って言われても、という感じで、アペンドはちょっと戸惑っている。ライトくんテンション高いもんな。
「俺がステージに立つ場合は、新しい人が来てくれるとは限らないし、ほんとに邪魔を何とかするので精一杯だからな」
アペンドはこっちに来てからは初のステージだから、ちょっと緊張しているみたいだ。
「あ、アペンドさん。アイテムつけなきゃ」
ライトくんが持っていた袋を取り出した。そうだ、ずっとライトくんがステージに立つ予定だったから、ライトくんがステージ用のカスタマイズアイテムを持ってるんだった。
今回の曲なら、ニュートラルだし、あれ……。
「これ……」
アペンドが、渡されたアイテムを見て、ちょっと嫌そうな顔をした。
そう、今回つけなきゃいけないアイテムって、僕がアペンドを呼んだときにつけてたアイテムと全く一緒なんだよね。
「うける」
僕は、あのときアペンドに言われた言葉を、そのままアペンドに言ってやった。
「……」
アペンドはむっとして、乱暴にアイテムを装着した。
「あっれー怒っちゃった?」
「うるさい! とっとと終わらせてやる!」
そう言ってアペンドは、すぐにステージの中央に走って行ってしまった。
「……アペンドさんどうしたんだ?」
「はは、ちょっとねー。自業自得ってやつだよ」
僕はそっと笑い飛ばしてやった。
怒って走って行ったせいでうるさくなった足音は、そのままステージ全体に響き渡った。
それと同時に、ステージの雰囲気がなんだか変わった。さっきの微妙な雰囲気が、リセットでもされたかのように。
「何だ?」
ライトくんも何となく、その雰囲気の変化に気づいたらしい。
「邪魔をたたきのめすって、こんな感じなの……」
僕が呟くと、アペンドが振り返った。
「俺に本気を出させたら、こんなもんなんだよ」
まだ声は怒っているっぽい。いつもより低い声がこっちに届いた。
……アイテムのせいで、表情はぜんっぜんわかんないけど!
曲が始まって、平穏に進んでいく。安定感、って、こういう感じなのかな。
ライトくんもステージを見守っている。次こそは成功させるために、今は学びの時、かもね。
そして、また変身の時がやってきた。誰か来てくれるかな。それとも、来てくれないか……。
「日焼け治してきた!!」
「水着くんだ」
「任せて! 今度こそうまくやってくるよ!」
来たのは、また水着くんだった。
アペンドがそっと袖に移動して、水着くんに交代する。
ていうか、本当に日焼けが治ってる。ふつうの肌色だ。いったいどういう技術で……。
今度はお客さんの雰囲気もよくなって、ステージは成功に終わった。
ステージから降りてくる水着くんとアペンドを、僕とライトくんで出迎えた。
しれっとアペンドはアイテムを全部外してきている。相当外したかったんだろうな。
「今度こそ! スイムウェアだよ! よろしくねー」
ライトくんに水着くんが自己紹介をした。
「さっき日焼け治してくるって言ってたけど、ほんとに治してくるなんて思わなかったよ」
僕が言うと、
「ふふふ、企業秘密の技術でね!」
と、水着くんは自慢げだった。企業秘密って……。
「水着くんがきましたー」
部屋に戻ると、共用のスペースでパンキッシュくんとバッドボーイくんが待っていた。
どうも、パンキッシュくんがバッドボーイくんに何かを食べさせようとしているらしい。
「なあ、マスク外さねえ?」
パンキッシュくんがバッドボーイくんの顔をのぞき込んでいる。バッドボーイくんは首を横にぶんぶんふって、パンキッシュくんから視線を外している。
「あのさー。こっち来る前からずっと言ってるだろ? お前ほんとイケてるから気に入ってるわけ。
だから俺仲良くなりたいの、わかる? これはお近づきの印なんだよ」
パンキッシュくんがそう言いながら、レトルトのカレーの袋を差し出している。
「なにしてんの……」
「ああ、パンキくんの熱烈な気持ちを伝える恒例のやつ」
初めて見た光景に僕が呟くと、アペンドがそう言った。見たことあるんだ……知らなかったよ。
パンキッシュくんが、気に入った後輩と仲良くしようとして、自分がため込んでいるレトルト食品でお近づきになろうとしている……ということだと思うけど。食べ物で釣ろうとしてるのはどうかと思う……というのは、言わないでおこう。
バッドボーイくんはできれば話したくないから、頑なにマスクをはずさないし、それで今までずっとパンキッシュくんの熱烈なアピールには応えてこなかったんだな。正直パンキッシュくんみたいなタイプは、バッドボーイくんが苦手なんじゃないかな。びびっちゃいそう。
「なあ、今日こそは、さあ」
さらに詰め寄るパンキッシュくんを見て、水着くんが一回ため息をついた。
そして、パンキッシュくんに近づいていった。
「おーい、あまり強引なのはよくないと思うな?」
「……水着お前来たのかよ!」
近づいてきた水着くんから、パンキッシュくんは飛び退くように離れた。
「い、いいだろ。俺はただ仲良くなりたいだけなんだよ」
「うん? 先輩から見るとぉ、これは脅しにしか見えないんだよなー?」
裸足でひたひたと音をさせながら、パンキッシュくんを後ろに追いやっている。
「あの、……あの水着さんて、パンキッシュさんより先輩なのか?」
ライトくんが、後ろからこっそり僕に聞いてきた。
「一応ね。全然いないから皆知らないと思うけど、僕と唯一の同期なんだよね」
「まじかよ……」
ライトくんが驚いた顔をしている。
「俺からしたら二代上の先輩なんだよな……あまり実感ないけど」
アペンドも困り顔で、退治されているパンキッシュくんと水着くんを見つめた。
「でも水着くんは普通にしてればただのフレンドリーな性格だからね。あまり先輩面はしない方だよ」
「それじゃあ何であんなことに?」
「パンキッシュくんが先輩面するのが気に入らないんじゃないかな」
「へえ……」
つまり、パンキッシュくんにだけなぜか厳しい水着先輩、というわけだ。