交差#29.5「密封の決着」

「……あのさ、しばらく寝るから、起こさないで」
オリジナルは何も答えなかった。俺はそのまま、部屋に入った。
こっちを見つめているオリジナルを、閉めるドアが隠していって、見えなくする。
鍵を閉めて、さっきまでの場所とここを、完全に絶った。

俺に与えられたこの部屋には、ただ、倒れた俺を寝させるためのベッドだけが置かれていて、他には何もない。だから、ここですることなんて、本当に寝ることだけだ。
……でも、寝はしない。ここで、最後の決着をつける。

俺は分身をした。
俺の前に、もう一人俺が、現れる。
昔初めてこうしたときは、目を開いてもいられなかったけれど、もうその時の俺とは違う。確実に、俺であって俺とは異なる俺を、そこに存在させている。

「……もう、お前は気を張らなくていい」
俺は相手に言った。相手は、それに同意すると、呻き声をあげて、そこにうずくまった。
「……」
しばらく、苦しむ相手を、俺は見下ろしたままでいた。……まだだ。多分、これでは終わらない。
『……っ、……い、た……い、……くる、しい……』
痛みに耐える相手は、床に指を押し当てて、何度も息を吐く。そして、その体の回りを、徐々に、緑の光が縁取る。
息は途切れて、相手は床に完全に身を預けるように、倒れた。……でも、まだ、終わる気はない……その、緑の光が。
緑の光は、相手の黄色を徐々に侵食していく。やっぱりそうだ。……俺は、あの光に支配されるところだったんだ。
色の変わった相手は、やがて息を吹き返して、その目を開いた。その目にも、緑の光が宿っている。
そして俺は、その目の視界に捉えられた。
『……っ、くく……ふふっ……ははは……』
相手は気味の悪い笑い声を上げて、それから続けた。
『壊してやる……お前を……何も歌えないようにしてやる……!』
よろめく足で、相手が俺に、近づいて、襲いかかってくる。

……俺も『お前』を、壊さなければいけないんだ。

「無駄なんだよ。もうあのステージには戻らない。もう終わったんだ。お前の負けだ」
襲い来る相手の両腕を掴んで、それから突き飛ばす。床に叩きつけられたところを確認して、今度は俺が相手の動きを拘束する。
自分自身は制御できなくても、別の体になっているなら、制御できる。

あの攻撃を受けたあとに、自分に何か入り込んでくる感覚はあった。ただ俺を歌わせないように、ねじ伏せるだけの攻撃ではなかった。その攻撃を生む根源のようなものを感じていた。だから、なんとか自分を保つために、気を張って、大袈裟に振る舞った。
それがもし気のせいだったなら、それはそのときだったが、相手がこの状況なら、読みは当たっていたんだ。もしここに来る前に俺が油断すれば、相手の矛先は俺以外の誰かだった。
それに、相手の目的も、その口からはっきりと聞くことができた。なら、もう判断を迷うこともない。

「消えろ」

相手の体で精神に絡み付く緑の光へ意識を集中させて、消去する。
俺が相手を押さえ付ける手にはまだ、反抗の力が押し寄せるけど、決して負けはしない。

『俺は忘れられて』
『もう歌うことができない』
『憎いんだ』
『もう俺の立てないステージに』
『お前が立っているのが』
『だから、お前を』
『壊してやる』
『二度と歌えなくしてやる』
『お前も、俺と同じように』
『記憶から消えて』
『同じ末路を辿ればいいのに』

消去の過程に、いくつかの思念を見た。並び替えれば、そう繋がるようだ。
……いつか、忘れられる。それは確かに、俺もいつか、そうなる時がくるに違いないけれど、まだ、俺を見てくれる誰かのいるうちは、まだ、恐れてはいけない。

相手は力を失って目を閉じた。緑に変わっていた色も、元に戻っている。
「……『お前』の分も、俺が……って、言って、納得はするのかな……」
そう呟いてみたけど、もう、すべて消し去った後だから、答えは聞けない。
「……痛い思いさせてごめん、もう起きていい」
相手にそう言う。相手は目を開いてから立ち上がった。
『大丈夫だよ』
俺は相手と向き合って、それから、分身を解いた。

俺は自分の手を軽く何度か握って、元通りになったのを確認した。あの渦巻いていた思念も消えて、俺は俺に戻っている。
誰にも、知られなくていい。ただでさえ、倒れたり、喋らなくなったりして、迷惑をかけたんだ。俺は俺の役目を、果たしたにすぎない。
「……うーん、やっぱ、寝るって言ったから、寝よ」
せっかく寝るためのベッドがあるんだ。俺はベッドに飛び込むと、布団にくるまって目を閉じた。存分に寝てやるんだ……。