いつまでも廊下で尻尾をもふもふされていても困るから、切り上げてもらって、とりあえず部屋に入った。
「おかえりー」
共有スペースでは、ストレンくんが一人で椅子に座っていて、僕たちを見るとそう言ってきた。
「また部屋から出てんだな」
「相変わらず騒がしいんだよ、卑怯イエロー? あいつ来てから、ただでさえうるさかったのに、それ以上なんだよ」
パンキッシュくんに愚痴っている……でも、カオスエレメントの部屋はたしかにうるさそうだなあ。トムくん、スタエナくん、それで卑怯イエローくん……。
「藍鉄、こっちの部屋に来ないか? あっちはうるさいみたいだし」
ブルームーンくんが誘っている。……多分まだ一緒にいたいだけだと思うけど……。
「そういえば他の部屋にはあまりお邪魔してないですね、それなら……」
藍鉄くんは無難な理由でクールエレメントの部屋に行くことにしたみたいだ。
「そうそう。アルティメットくんは僕とイレイザーくんと同じで、こっちの部屋だよ。とりあえず行こっか」
「うん」
まだ次のステージが控えてるのはわかってるから、ライトくんたちは共有スペースに残ってもらって、僕とアルティメットくんでニュートラルの部屋に一旦入った。
「しばらくはここでゆっくりしてていいよ。僕はまた出掛けるけど」
「わかった」
椅子に座ってもらって、それだけ言い残して、僕は部屋を出ようとした。
「……オリジナル」
アルティメットくんに、呼ばれた。
「なに?」
「ここにはアペンドがいないの?」
「え?」
まだ会わせてもないのに聞かれて、僕はびっくりしてしまった。
「アペンド知ってるの?」
「え、知ってるもなにも、いるでしょ。そもそもオリジナルだって、僕の根元として、最初から知ってる存在でしょ。君、わざわざ自分のことオリジナルだよって紹介してるの?」
「……それは、そうだね……」
言われて気づくようなことじゃない。皆、僕を見たら自分だって思うはずなんだよね……僕もそれを利用しているところがあるし。
「……い、いや。でもアペンドもそういうもんなの?」
「君ほどじゃないけど、そうだと思うよ」
……なんか、アルティメットくんって、どうも頭の奥でひっかかるようなことを言うな、と、思った。それに、話してて、単に新しい仲間と話している感覚にならないのは、何でだろう……僕の、気のせいなのかな。
「それで、アペンドは?」
最初の質問に戻された。
「いるよ。寝てるけど」
「寝てるんだ。……そうなんだ」
「あっ、だめだよ。起こすなって言われてるから」
「さすがに起こすつもりはないよ。……起きたら話そ」
アルティメットくんはそういうと、ベッドのある方へ行って寝転がった。
「引き止めちゃったね、いってらっしゃーい」
寝転がった状態で、手を大きく振られて、僕は部屋をあとにした。
僕が共有スペースに戻ると、ものすごい視線を感じた。その視線は、ストレンくんからだった。なんかすごく、不機嫌そうな顔をしてる……。
「……お、お待たせ?」
僕が言ってみると、さらに不機嫌そうな顔に変わった。
「待ったよ、ていうか、待ってるんだけど」
「へ?」
「いつバナナくれるの?」
「……!」
お、思い、出した。仲間を呼ぶことばかり考えてて、すっかり忘れていた本当の目的を。
「……皆が集まったら、ね」
そうだよ、そもそも皆を集めてバナナパーティーがしたくて、僕は仲間を呼ぼうとしてたはずなのに。
「えー、もう待てない。いいじゃん、今いるメンバーに先にくれていいのにさあ。特に僕に!」
「ストレンお前、自分だけひいきしてもらおうとするのはやめろよ」
「うるさいなあ」
パンキッシュくんがちくりと言って、ストレンくんは頬を膨らませてる。
「僕もバナナ食べたいからさ、そう思う気持ちは分かるよ」
僕はストレンくんに同情した。
「さっすがオリジナル」
「お前らは同類かよ」
パンキッシュくんには突っ込まれるけど、だってバナナは食べたいし、仕方ないんだ。
「でも、バナナ配ろうにも、まだ手配ができてなくてさ」
「そうなの!? 早く準備してきてよ!」
「いや、それがさ……いつもバナナの手配を頑張ってくれてる別の僕がこっちには来てないみたいで、それが来ないと……」
僕がそう言うと、パンキッシュくんもストレンくんも、口を開けて何も言わなくなった。
「……ん?」
僕が言うと、すぐそばで見ていたエッジくんとイレイザーくんは、若干困り顔でこっちを見た。
「……初耳ですよ?」
エッジくんに言われて、何でそんなに驚かれているのかが分かった。そっか、皆知らなかったんだ……。
「そっか。皆どうして毎日バナナを食べられるか、分かってなかったんだ。いい機会だからちゃんと聞いて、そして感謝するようにね」
特に欲の強かったストレンくんに向かって言ってみると、ストレンくんは姿勢をただして僕の方へ向いた。
「バナナ配ってるのはオリジナルの自己満じゃないのか……」
パンキッシュくんは目を逸らして言ったけど、君も受け取ってる側だからね。
「僕は注文をして、毎日バナナを受け取っているんだけど、そこまで配達をしてくれてる人がいるんだ。その人がバナナの仕入れとか選定とかもやってくれてるんだよ」
「え、でも、それが『別の僕』って言いましたよね。それも僕たちの仲間なんですか?」
「そりゃ、自分が食べるものは自分で選ばなきゃ。そこを彼に任せてるってわけ」
「そいつ誰なんだよ」
パンキッシュくんとストレンくんは、もしかして会った可能性もあるかもしれないけど、季節柄もあるし、姿は見てないかもしれないからね。
「クリスマスくん、だよ」
「……ええ?」
「サンタ服に白い袋のね」
そういえば見たことあるかもしれない、と、パンキッシュくんは何か思い出しているようだ。
「とにかくさ、そのクリスマスくんが来ないとバナナが届かないんだよ。どこにいるんだろ……」
僕が困っていると、廊下側のドアが開いた。
「あっ、オリジナルさん! それにライトくんも」
ドアを開けたのは、扇舞くんだった。その後ろには鶴くんもいるみたいだ。
「さっき胡蝶に会いに行ったとき聞いたんですけど、トリッカーくんとクリスマスさんが、ずっと舞台の袖で準備して待ってるらしいですよ!」
「え?」
「あっちのクリスマスさんと、あとリアクターさんもそうだったって。いつもと違うステージで待ってたらしいんです」
てことは、アルティメットくんみたいに、別のステージに行かないといけなかったんだ。それに、リンの方ではもうそうやって呼んだってことだよね。
「待ってるんなら、すぐにでも行かなきゃ」
ライトくんはそう言うと、ドアの出口へ歩いて振り返った。
「ほら、皆も!」
「う、うん!」
そこにいた皆は、揃ってそのステージへ向かうことにした。
まずは、バナナの調達のために、クリスマスくんを呼ぶことに決めた。
「バナナのために出る!」
という強い意思で、ストレンくんがステージに立つことはすぐに決まった。
「僕もまた配達をお願いしなきゃいけないからね!」
ここは僕も行っておかないと、って思って、僕もステージに上がることにした。
「オリジナルがやる気なの珍しいな」
意外だ、って顔でパンキッシュくんが見てくる。
「僕だってやるときはやるんだよ!」
「バナナのためだろ。ほんと執念だよな」
「好きなもののために頑張ることの何が悪いの?」
「何も悪くない、はいはい。せっかくやる気なんだから止めない」
パンキッシュくんに手を振られた。僕はライトくんとストレンくんに視線を送ると、一緒にステージへ移動した。
僕たちの準備している舞台袖から、別の舞台袖を確認してみると、なにか人影が見えた。
「行ってくるねー」
ストレンくんが1曲目のためにステージに上がっていった。
僕はさっきの人影を、目を凝らして見た。……赤い服に見える。たしかに、あれはきっと、クリスマスくんだ。
ストレンくんが曲を終えてこっちへ戻ってくる。ストレンくんはそのまま客席に戻ってもらって、今度は僕の番だ。
中間としてしっかり引き継いで、次に受け渡すよ。全てはバナナのためにね。
僕も自分の出番を終えて、ライトくんが待っている方へ戻った。あとは任せたよ、と僕は視線を送って、ライトくんも目で返事をした。
客席に僕も戻って、交代のタイミングを待つ。
舞台袖から出てきたのは、やっぱりクリスマスくんだった。ステージに立つなんて、相当久しぶりじゃないのかな。でも、そこはやっぱり僕だし、無事にステージを成功させてくれた。
「おつかれー! ずっと待っててくれてた?」
ステージからこっちに来てくれるクリスマスくんを迎えた。
「うん、結構待ったけど、それより例のあれは大丈夫なの? 僕いなかったし」
「あれね、まだ全員いないし急ぎじゃないけど、やっぱり欲しいなあ」
「そうだと思ったよ。あれがないとオリジナルさん禁断症状出るでしょ?」
「そうそう、何とか抑えてるけどね、そろそろ厳しいかなーって」
「ならあれは早めに持ってくるよ」
さすがはクリスマスくん、気が利いてちゃんと把握してるなあ。完璧なサービスだ。
「……ちょっと、お前ら」
パンキッシュくんが僕とクリスマスくんの間に入った。
「言いたいことは分かってるけど、『あれ』って伏せかたはやめないか?」
「えっ?」
ふと皆の方を見てみたら、ストレンくんとパンキッシュくんを除いて、皆なんだか気まずそうな顔をして、僕達から顔を背けていた。
「えっ、皆どうしたの?」
「やばい取引にしか聞こえないからな!」
「あれはあれしかないもん!」
「最初からバナナって言え、紛らわしい!」
「はいはい、悪かったよ……」
顔を背けていた皆には軽く謝っておいた。
「えー、バナナだってことは隠した方がよかったかと思って伏せたんだけどなあ」
一方のクリスマスくんは、そういうつもりで「例のあれ」って言ったみたいだ。
「何で伏せるんだよ、お前がバナナを配達してるって話は聞いたぞ?」
「うーん、別にばれてもいいんだけどさ、どうせ仲間だし? けど、「何を準備してるのかな、わくわく!」みたいに思ってほしかったな」
「わくわくどころかひやひやだぞ……」
きっと、クリスマスくんは姿相応にサンタを気取りたかったんだよね。僕はわかってるから。
クリスマスくんにはバナナの手配を改めてお願いすることにして、バナナを用意してもらうのが目的だったストレンくんが、部屋への案内をすることになった。そして残りの僕達は、別のステージに向かうことにした。