交差#34「最高の手触り」 - 1/2

※2話分まとめになっています


部屋までの廊下を歩く間、こっちの部屋の話とか、色々トリッカーくんには説明をしていた。
「そういえばさっき一緒に準備してたときに思ってたんだけど」
その傍らで、鶴くんが扇舞くんに話している。
「出る前に、うさみみとか試着したよね」
「そうだね」
「……相変わらず帽子の上につけるんだね」
「!!」
扇舞くんはそう言われて、顔を真っ赤にすると、自分の帽子を両手でぐっと握った。
「ぜ、全然とれないんだもん! ひっぱってもだめで! 接着剤でもついてるのかって思うぐらい……」
「自分の帽子なのに取れないの……?」
あの帽子は特殊な力で扇舞くんの頭に吸い付いているんだけれど、それはステージ上で特に強い力みたい……というのは、『衣装として』あの帽子が扇舞くんにはとっても大事なんだ、って意味なのは、普段は本人も分かってはいないだろうね。
「そ、それにこれとったら落ち着かないし、いいんだもん」
「そうだよ!」
恥ずかしそうにする扇舞くんの横に、トリッカーくんが割り込んできた。そして、扇舞くんの帽子をしっかりと押さえながら、鶴くんを睨んだ。
「扇舞くんは帽子を被ってなきゃだめなんだよ、絶対なんだよ!」
「……何でそんなに必死なの」
鶴くんは不思議そうにしているけど、トリッカーくんは扇舞くんの帽子を押さえたまま、扇舞くんを見つめた。
「扇舞くんはやっぱりその帽子がお似合いだよ。これからもずっとそのままでいてね」
「? うん」
ちょっとトリッカーくんが声を震わせてるのが不思議だけれど、似合ってるのは確かだと思う。
「……トリッカーくんも帽子仲間だからかな」
鶴くんはそういうことにしておくみたいだ。

さて、部屋に入ってみると、執行部くんと藍鉄くん、それと、ヘンゼルくんとクリスマスくんが集まっていた。クリスマスくん以外は、多分調理室絡みで話していたのかな。
「あっ、また呼んできたんだね」
クリスマスくんが僕と、後ろにいるトリッカーくんを見て言った。
「うん」
「もう皆揃うまであと少しだよね」
「そうだね、多分もう……ちょっとだけかなあ」
ステージ失敗してもう一回呼びたい、のが二人ぐらい、そのはず。
クリスマスくんはうん、とうなずいて、そっと僕へ耳打ちのように近づいてきた。
「例のあれの手配はしておいたよ」
「バナナだろ」
しっかり聞いていたパンキッシュくんがすぐさま言う。
「……バナナの手配はしました」
クリスマスくんは床に目線を落として言い直した。
「あ、調理室によくいるっていうトリッカーさんというのはあなたですか」
ヘンゼルくんはトリッカーくんを見た。さっきパンキッシュくんに言われてた調理室のメンバーに一通り話していたんだね。
「うん、よく知ってたね」
トリッカーくんはちょっと驚いているようだ。
「話は聞かせてもらってました。僕はパティシエヘンゼルといいます。はじめまして」
「はじめまして」
「僕はお菓子作りが好きなので、これから調理室ではお世話になると思いまして」
「好きなの! やった、食べさせてくれるんだ!」
……トリッカーくんのあまりのテンションの上がりかたに、僕は思わず笑ってしまった。
「そうだねえ。調理室を使うということは、つまり僕の存在を無視できないはずだからねえ」
「トリッカーくん、いつからそんなに偉くなったの」
執行部くんが呆れているけど、トリッカーくんは気にする様子もない。
「調理室の解説は僕に任せてよね。さ、早速作ってもらおー!」
「ちょうどお二人に調理室につれていってもらうところでしたし、お願いします」
ヘンゼルくんは執行部くんと藍鉄くんに目配せをした。そして、トリッカーくんを先頭にして、ヘンゼルくん、執行部くん、藍鉄くん、あとは「僕もちょっと行ってくるよ」と、クリスマスくんも部屋を出ていった。
「嵐だったな」
パンキッシュくんがぽつんと言って、見ていた僕たちも同意した。
さて、ここにいる僕たちはまたステージに戻って、残りの人を呼んでこなきゃ。

「確か鳳月がビューティエリアで一回来てたよな……」
鶴くんが呟いた。たしかに、ビューティエリアの最後の曲だった。
「鶴くんはやっぱり、鳳月くんが来れなかったの気にかけてた?」
僕が言うと、少し間を置いて鶴くんは静かにうなずいた。
「鳳月は……放っておけないんです」
「そんなに心配?」
「そんなに頼りなさそうには見えないけど……」
僕もだし、扇舞くんも、ちょっとだけ不思議がっている。
「いや、頼りなさそうなんじゃなくて。大丈夫そうだから、かえって」
「かえって?」
「なにか悩んでたとしても、言わなさそうっていうか。……僕の思い込みかもしれないけどね」
鶴くんはそう言ってちょっと笑った。そして、ステージの方へ目をやった。
「いずれにしても絶対呼ぶから、そのあとにたっぷり心配させてあげるよ!」
「あはは、ありがとうございます!」
鶴くんは結構周りの人のことを気にかけてるんだろうな、って、こういうときにふと分かる。
「呼ぶのは俺だけどなー」
横からライトくんが覗いてきた。
「そ、そうだね……僕が偉そうにしちゃった」
僕が呼ぶからってわけじゃないもんね。うっかり。
「ま、俺に任せてくれよな、先輩」
「ライトくん、ありがとう」
「一回その、鳳月さん? が来たときと同じ曲がいいかな。それなら三人いるし、先輩も一緒にどうだ?」
「ぜひ!」
ということで、ライトくんと鶴くんがステージに立つことになった。あと一人は、……。
「パンキッシュさんも一緒だと、クールが揃いますね」
という扇舞くんの一言で、決まった。
「いいんだな? 俺行くぞ?」
「はい、お願いします」
パンキッシュくんは、もしかして扇舞くんは鶴くんとまた一緒にステージに立ちたいんじゃないか、って心配したのかもしれないけど、本人がそんな表情をしていないし……そう言うなら、と、ステージに行くのを決めた。
「鳳月くん、来てくれるといいな」
扇舞くんは、どちらかといえば、鶴くんの願いの方を考えているのかもしれない。

……という、願いとは裏腹に、交代のタイミングにはだれも現れなかった。
ステージの袖で見守っていた僕達は顔を見合わせた。
「どうしようね」
「おーい、誰でもいいから来いよー!」
パンキッシュくんが呼んでいる。
「……僕、行きますよ」
だれも動かないのを見て、エッジくんがそう言ってくれた。時間がないから、助かった。
「うん、お願い」
そう呼び掛ける僕の横で、扇舞くんはため息をついていた。

「ま、同じとこにいるとは限らないよな」
ライトくんはそう言って、空気を切り替えた。
「一回来てくれたんだ、だからまた来るよね」
「そうそう、だから次だ、諦めないぞ!」
僕達はそうして、別のステージへ移動することにした。