交差#35.5「調理室の計画」

#視点:クリスマスさんです

先頭にトリッカーくん、後ろにはヘンゼルくん、その後ろには藍鉄くんと執行部くんがついていく形で、僕たちは調理室へやって来た。
調理室に入ったすぐそこで、先頭のトリッカーくんは振り向いて、藍鉄くんと執行部くんを自分の横に並ばせた。そして、ヘンゼルくんがその三人の向かいに立った状態になった。……僕は、ヘンゼルくんの横に立ってそれを見守る。
「ヘンゼルくん、ようこそ調理室へ! 歓迎するよ!」
両手を掲げてトリッカーくんが大袈裟に言ってる。
「ありがとうございます!」
ヘンゼルくんは素直に答えてるけど……。何を始めるのかな。
「ヘンゼルくんには調理室の番人を紹介するよ! よーく聞いててね!」
張り切るトリッカーくんに、横の執行部くんが完全に冷めた目を向けているけど、全く気にしてないみたい。
「まずはこちらっ」
そう言われながら、藍鉄くんが一歩前に出された。藍鉄くんは訳も分からず直立している。
「毎日の健康は味噌汁から! 和食担当の藍鉄くん!」
両手をひらひらさせて、トリッカーくんが藍鉄くんを輝かせているふりをしている。
「味噌汁先輩って呼んでね!」
「みっ、みそ……」
「続いてこっち!」
藍鉄くんは言葉を言い切れないまま、トリッカーくんに一歩下げさせられて、今度は執行部くんが一歩前に出される。
「洋菓子全般は執行部くん! 恋心をお菓子作りのパワーに変換しちゃうよ!」
「ちょっと恥ずかしいこと言わないで!」
一気に執行部くんの顔が真っ赤に染まったけれど、トリッカーくんは何食わぬ顔でいて、執行部くんは藍鉄くんと同じように一歩下げさせられた。
「そして! 味見担当の僕がトリッカー! ここで何か作ったら僕の口を通してね!」
「食ってるだけかよ!」
僕は思わず突っ込んだ。ヘンゼルくんはうなずいちゃってるけど。
「うんうん、よろしくね~」
うなずいているヘンゼルくんに微笑んで、それから、トリッカーくんは僕の方にすっと顔を向けた。
「君なんなの?」
急に表情も険しくされる。
「君こそなんなの、急に仕切り出して」
僕からしたらトリッカーくんがついてきたのが予定外なんだけど。……自称調理室の番人なら、仕方ないのかな。
「君は調理室の常連じゃないでしょ、何しに来たの」
「トリッカーくん、さっき来たばっかだから知らないだろうけど、僕は君以外の3人にはちゃんと話をした上で調理室に来ることにしてたんだよ」
「ええっ、そうなの!?」
トリッカーくんは慌てて藍鉄くんや執行部くんを見た。
「急に何始めるのかと思ったよ。もう」
執行部くんはトリッカーくんを睨んだ。
「クリスマスさんの提案で……僕達でここに来ようって話になっていたところだったんですよ」
藍鉄くんが言って、トリッカーくんはちょっとおとなしくなった。
「……で、クリスマスさんは何の提案を」
「聞いてくれたね!」
ふう、やっと僕が喋れるよ。もともと僕、クリスマスが先導して、例のあれをあーしてこーしてそーする予定だったんだから!
「今、オリジナルさんたちが皆を集めてるでしょ。揃ったら皆でバナナ食べるんだって張り切ってるんだけどさ。僕がバナナを用意したから、オリジナルさんが戻ってくるまでにパーティーの準備をしようっていうことで、普段調理室にいる人に頼もうと思ったんだよ」
……誤解を生まないように、ちゃんと伏せなかったよ。
「えっ、てことは、一足先にパーティー用のバナナ食べられるんだ!」
トリッカーくんが目を輝かせた。
「……トリッカーくんは聞いた以上しっかり手伝って」
執行部くんがそう言うと、トリッカーくんは仕方ない、って顔をした。人手が増えたし、よかったかな。

せっかくだし、チョココーティングのバナナとか、用意したいよね。
ってことで、まず皆で板チョコレートを刻むことにした。
「わくわくしますね」
「こういうのは滅多にやらないですけど、僕も楽しみです」
ヘンゼルくんと藍鉄くんはチョコレートを準備しながら言葉を交わしている。二人とも穏やかで、気が合うのかな。
「よし、頑張るぞ!」
執行部くんがそう言ってチョコレートをまな板の上において、全員それに倣う。それぞれ、包丁を握る。
さて、僕も頑張ろう、と思って、チョコレートを真っ二つにしようとしたその時だった。
「っしゃおらあああ!!!」
ものすごくどすのきいた声が、僕の耳を貫いた。そして、包丁がまな板に当たる音が、絶え間なくそこから響いてくる。
僕はそっと包丁をまな板においた。僕の横の執行部くんも、同じようにして、その横のトリッカーくんも、さらにその横の藍鉄くんも、全く同じことをして、その横のヘンゼルくんを見た。
ヘンゼルくんが、一心不乱にチョコレートを刻み続けている。その表情は、熱血……って言葉がお似合いで、さっきまでの穏やかさが嘘のようだ。
そして、ヘンゼルくんはその顔のまま、なおかつ作業は止めずに、僕達4人を見た。
「どうした、手が止まってんぞ! 調理場は戦場だぜ!」
そう言うと、またチョコレートのほうに視線を戻して、刻む。瞬く間にチョコレートは粉々になっていく。
「おらおら、早くやらねーか!」
「はっ、はいいいい!」
すぐ横の藍鉄くんは涙目になりながら、包丁を握り直した。戸惑いながら、トリッカーくんと執行部くんも、作業を再開した。僕も、包丁をを握るけど、チョコレートを刻む凄まじい音は相変わらず耳を刺激している。
「ま、まさか、包丁持つと人格変わるタイプ……?」
「かもな……」
僕は執行部くんとそっと言葉を交わした。

続いて刻んだチョコレートを溶かす作業だけれど、この辺からは経験がものを言いそうな繊細な作業だから、比較的素人な僕とトリッカーくんは、コーティングされるバナナを切る作業をすることにした。
「まずお湯を用意……」
執行部くんがそう言いながらガスコンロに鍋を置いた途端、「かちゃっ」みたいな音がした。
「って、え、ちょっと待って!」
執行部くんが言って、その視線の先を追うと、ヘンゼルくんが、なにか……銃のようなものを構えて、不敵な笑みを浮かべていた。
「戦場だぜ!」
「戦場じゃないよ危ないよ!」
「危ないのはそっちだ、ちょっとどいてろ!」
「いやあああ!」
藍鉄くんは頭を抱えてしゃがみこんでるし、執行部くんも何もできずに見ている状態だ。
「いくぜ!」
引き金が引かれた。すると、小さく音がして、ガスコンロの火がついた。
「……?」
執行部くんは呆然としている。
「あとはお湯になるのを待つんだ」
銃をしまったヘンゼルくんは満足げな顔をしている。……なにこれ。
「銃怖い……うう……」
藍鉄くんはびびったまましばらく動かなかった。

そのあとも、ちょっとずつヘンゼルくんのびっくりな行動が続いたけれど、そのわりに作業はとても繊細で、かわいらしいバナナのお菓子がたくさんできた。
「お、終わったね……」
僕も、皆も、少しずつ冷や汗をかいている。一人を除いて。
「素敵なお菓子ができましたね」
ヘンゼルくんはいつの間にか元の調子に戻っている。
「また一緒に作りましょう」
「はは、ま、また……」
執行部くんはそう言われて、苦笑いしか返せていなかった。