※4話分まとめになっています
俺は、朝が来たとか、夜が来たとか、そういう時間の変化を体感したことがない。そういうものが存在していることは知っているが、自分の居場所には縁のない話だ。なぜ、縁もないものを知ることができたかといえば……。
「おはよう!」
暗く淀んだこの場所の空間が急に切り取られて、そこからそう声をかけてくる存在が、教えてくれたからだ。
「……おは、よう」
そう言われたのなら、今は朝なんだ。
「さて、行こう」
手を俺の方に差し出して、笑う。それから、一歩俺の方へ近付くと、差し出した手で俺の手を掴んだ。拒否権などない。そのまま、俺は手を引かれ、切り取られた場所から眩しい場所に引きずり込まれた。
本来なら、この場所に俺は存在できない。ここは「認識された存在」だけが来ることができる。
俺は、認識されていない。そして、こっちに引きずってきて、まだ手を掴んでいる相手は、初めから認識されている。
認識されるには、世界の外にいる相手から必要とされなければならない。俺はそれがないから、あの淀んだ世界に縛られている。でも、例外で、初めから認識される存在もいる。それが、今俺の手を掴んでいる『オリジナル』だ。
オリジナルは、同じ「鏡音レン」のモジュールを掌握する絶対的な存在だから……認識されない俺をこうやって連れ出せるのも、一種の特権らしい。
「今日も見に行こうね!」
「……」
再度だが、拒否権はない。
また別の世界に行くために、空間を切り取る。大分見慣れたけれど、こんなことをしていていいのかは毎回不安である。いくら特権があるからって、こんなに別の世界を行き来するような真似をしてもいいのだろうか。
……という疑問は、前に投げかけたことがあった。聞いたとき、オリジナルは少し驚いた顔をしてから、すぐにへらへらとした顔になった。
「認識されてる僕でも出番はないんだし。だから、僕も君も、どこに行ってたってばれやしないよ」
どういう理屈なのか……。とは思うが、事実、出番はない。俺なんてそれこそ、どこに行っていようと支障はない。
別の世界へ出て、目指すのはいつも同じところだ。それは、オリジナルが普段いる世界と、よく似ている。というか、ほぼ同じだ。
違うのは、俺達のいる世界で認識されていないモジュールが、この世界では誰一人欠けずに認識されていることである。
「へぇ、今日も忙しそう」
その世界を、一つ外の空間から、俺とオリジナルは観察する。あちらには分からないよう、こっそりと見ている。
ちょうど、見えているステージの真ん中で、何やら動きの指示をされて、てきぱきとそれをこなしているのは、その世界の『アペンド』だ。
「頑張ってるねー」
「……」
目を輝かせているオリジナルの横で、軽くうなずいておく。
……正直、そうは思えない。その世界の『俺』は、俺と違って、認識されているんだから。
「今日も僕がこんなに活躍してるんだなー。嬉しいよ」
オリジナルはそう言って、俺に笑顔を見せてきた。
「……うん」
分からない。俺には、全くそう思えない。
オリジナルだって、自分の世界では出番がないのに、こっちの世界の俺達が羨ましくないんだろうか。それを、「同じ僕だから」って割り切れるのは、何故なんだろう。自分は認識されているから余裕なんだろうか……なんて、それはさすがに思ってはいけない気がした。こうやって、オリジナルが俺を連れ出してくれるのは、俺にもこうなれるのだと希望を見せるためだろう。その優しさを、無下にはできない。
こうして脱出を終えて、オリジナルと俺は、それぞれのいるべき世界へ帰った。この世界に戻れば、俺はいてもいなくても変わらない存在になる。
「いない存在」なら、この世界の別のシステムの役割に変わる。領域の有効活用だ。
延々と生み出し続けられる、記号をかたどる物体、その速度を速める機構、俺を認識しない「相手」に語りかけられるもうひとつの機能。飛んでいく物体の補充を手伝ったりして、俺は今日を過ごす。このシステムは頻繁に使われる辺り、この世界全体の消滅はありえないらしい。ただ、俺はまだ、認識されていない。
まだ、なのか、ずっと、なのかは……、考えても無駄だろう。
もし、オリジナルと、俺のいる、この世界全体の消滅の時が、近づこうとしているなら?
「どうせ消えてしまうなら、もう姿を保たなくたって、『ばれやしない』んだろ」