塔鳥記 塔の設計書と自律機械人形 - 1/6

「よく乾燥させた木の葉を三枚、陽に当てたガラス片を一つ。それから白紙、桶いっぱいの水」
 リンは、魔法書に書かれた材料を読み上げる。そして、机の上で待機する小鳥たちに指示を出す。四羽の小鳥たちはみな、魔女であるリンと契約をした使い魔だ。指示を受けた使い魔は、言われた材料を取りに飛び立っていく。そんな中で、一羽だけ机に残った小鳥が鳴き声を上げた。
「あ、水は……重いわね」
 それは運べそうにないよ、という訴えだ。さすがに小鳥には文字通り荷が重すぎた。リンはごめんねと眉を下げた。
「それなら、レンに頼んできて」
 リンが言うと、小鳥は元気よく返事をして飛び立っていった。今頃レンは上の階の部屋で本の整理をしているはずだ。ずっとその作業というのも飽きるだろうし、そろそろ呼び出していい頃合いだろう。
 少し経って、まずは木の葉を頼んだ小鳥が戻ってきた。お礼にリンが赤い木の実をあげると、小鳥は嬉しそうにその実をついばんだ。
 そしてまもなく、小鳥がガラス片をくわえて戻ってくる。リンはガラス片を受け取り、木の実を交換でくわえさせた。
 そしてそのあと、レンが二羽の鳥と一緒に部屋に入ってきた。片手には紙の束、もう片方の手には水の入った桶がある。
「リン、水ってこれで足りる?」
「うん。あれ、紙も持ってきたの」
「置いてある場所分かんなかったんだって。ね」
 紙を頼まれた方の小鳥はぴよぴよと鳴く。そして水の伝言を頼まれた小鳥も同じように鳴く。「やっぱりレンはなんでも知ってる」「頼りになる」そう言われて、レンは嬉しそうに笑う。
「えへへ、そうでしょ!」
 今は少年の姿をしているが、本当はレンもリンの使い魔で、真の姿は黒い鳥だ。作業の効率が段違いなので、ほとんどの時間は人間の姿で過ごしているが。
「レン、笑ってないで材料ここに置いて」
「はーい」
 レンは言われた通りに机の上に紙と桶を置いた。リンは残りの二羽にも木の実をあげ、それから机の上に材料を並べていく。魔法書に書かれた手順に従い、まずは紙に手の大きさぐらいの三角形を描く。葉を三角形の頂点に、真ん中にガラス片を置き、水の入った桶は一旦紙の横に置いておく。リンは、紙に線を描くのに使ったペンを杖代わりにして、ペン先を桶の方へ向けて念を込めた。
 手で掴むならば一握り程度の水が、すくわれるように水面から浮き上がる。ペン先を動かし、ガラス片の上まで水を移動させる。すると、置かれていた三枚の葉が動き出し、吸い込まれるように水と同化する。そしてガラス片がその水を照らし出し、もくもくと煙に包まれていく。
「……できた」
 リンがペンを下ろすと煙が消え、代わりに一輪の花が現れた。見ていたレンたち使い魔は揃って目を丸くした。
「すごーい! 成功?」
「うん」
「これなんて魔法だったの?」
「合成魔法の一種ね。木の葉から花に変化させるっていう」
「へ〜」
 こうして魔法書に書かれている通りの手順を踏んで魔法を試す。それがリンの日常だ。森の中にそびえ立つこの塔の中で、ずっとリンは魔法の習得を続けている。この塔には数え切れないほどの魔法書が眠っていて、学びたい魔法が尽きることはない。もちろん、この魔法は覚えても仕方ない、と取捨選択をしていくこともできるのだけれど、リンは一つでも多くの魔法を習得しようとしてきた。
 その理由は、まず、使い魔との契約において実力をつける必要があるからだ。使い魔は魔女にとって、とりわけ一人で暮らすリンにとってはなくてはならない存在で、使い魔との契約というのは基礎として行うべきものだ。使役する以上は使い魔を扱い切れるだけの力が必要で、できることを増やしていくためにも色々な魔法を使えるようにしていかなければならない。
 そしてもう一つの理由は、万が一に備えるためだ。平穏に暮らしていくだけならそこまで頑張る必要もないのだけれど――魔法をたくさん覚えていてよかった、改めてそう思うできごとが、本当につい最近あったから。
「レン、そういえば新しい魔法書は見つかったの?」
「うん、ほんといくらでも出てくるよ」
 レンは一度部屋を出て、それから十数冊の魔法書を持って来た。材料運びのために呼び出したが、元々リンがレンに任せていたのは塔の魔法書の捜索だった。
 さっきの魔法の材料は片付け、代わりに魔法書を机に並べる。リンは一冊ずつそれを開いていく。
「……全部内容は同じね」
「あー……同じとこに並んでたから一緒のがまとめて置いてあっただけかぁ」
「何人かに配る想定だったのかも。街で売ってる本はそうなのよね」
「そうそう」
 リンは普段からこの塔にこもりきりでいるが、レンは森を出た先の街に頻繁に出かけている。鳥の姿で様子を見に行くこともできるし、人間の姿で店を回ることもできる。レンは街に行ってはリンにその話を共有している。
「それで、どういう魔法なの?」
 レンはリンに尋ねた。リンは魔法書の文字を難なく読んでいけるが、レンはリンに聞かないとなかなか理解ができない。
「『水撃』、水……を生み出して、標的に当てる――だから、攻撃用みたい」
「ああ、『炎撃』の水版みたいな?」
「そう」
「じゃあ、――覚えた方がいいね。僕も」
「そうね」
 レンとリンは頷きあった。……二人は同じできごとを思い出していた。数週間前のあの「襲撃」だ。塔で人知れず暮らしていたはずだったのに、場所を探られ、暮らしを探られ、……狙われた。
 今でもその相手が何者で、何を目的としてリンたちを襲ってきたのか、不可解な点は多く残っている。分かっているのは、その相手が魔法使いだったこと、魔法を使って何日もかけて探りを入れてきたこと、呪いの類を使っていたこと……。リンが相手の存在を把握したあと、その魔法使いはリンの前に現れ、直接攻撃を仕掛けてきた。リンとレンは、解呪と攻撃魔法を使って応戦した。そのとき、解呪の知識は多くの魔法書から学習できていたが、攻撃魔法に関してはさほど覚えていなかった。暮らしていく上で「何かと戦わなければならない」なんてことがなかったからだ。
 その時点でリンとレンが覚えていたのは「炎撃」と「雷撃」の二つだった。慣れない攻撃魔法をひたすらに繰り出し、結果的にその相手を倒すことはできたのだけれど――万が一、もしそれらが効かないものを相手にしていたとしたら、今という時間はなかったかもしれない。
「扱う元素が違うだけで、攻撃魔法としてやることはほとんど変わらないわ。でも、水の元素を扱うのは初めてだから――」
 さすがに攻撃魔法を部屋の中で発動させるわけにはいかないので、リンとレンは塔の外へ出た。もし水なんて出したら魔法書と紙が水浸しになってしまう。
 塔の玄関の前は庭のように開けていて、多少の魔法の練習にはもってこいだ。まず魔法書通りにリンが魔法を試行し、そこから何回か魔法を繰り返し使ってみる。実戦で繰り返せるレベルまで、体に慣れさせなければならない。
 レンはリンの魔法の行使を目で見ながら、自分も同じように意識を集中させた。空中に上から下へ指で線を描くと、現れた水が描いた線と同じように動き、地面へばしゃりと打ち付けられる。
「レン、やっぱりすぐできるわね」
「うん!」
 レンは大きく頷いた。レンは使い魔ではあるが、一部の魔法は一人の魔法使いさながらに使いこなすことができる。特に……こういう瞬間的に発動させる魔法は得意と言っていいのかもしれない。得意だと気づかせてくれたのはリンで、おかげで、あの襲撃のときにもリンの力になれたのだと思っている。
 またあのときのようなことが起きたときのためにも、繰り返して感覚を掴んでいかなければ。レンは水撃を放ちつつ、襲撃してきた相手のことを思い出していた。
 ――その魔法使いは、全身を丸ごと覆う黒いコートを羽織り、そして大きなフードを被っていた。確かに人の姿ではあった、が、本当に人だったのだろうか。炎撃と雷撃を食らわせたとき、その魔法使いは叫び声や呻き声といったものは出さず、代わりにコートの中からはがしゃがしゃと音が鳴っていた。そして、まるで石が崩れ去るかのようにその姿も崩れていった。あのときは、リンもレンも自分たちを襲ってきた敵だと思って、だから容赦しないという一心で相手を倒そうとしたのだけれど、それにしても……得体がしれない。
「うわっ、レン」
 レンが発動させた水撃が、土を掘るように地面に穴を開ける。その勢いに、リンは思わず声を上げた。
「あ……ごめん、強くやりすぎたかな」
「ううん、実用ならこれぐらいの勢いはいるのかもしれないけど」
 あの、襲撃してきた魔法使いのことを考えていたせいで力が入ってしまったかもしれない。レンはそこで一旦魔法の練習の手を止めた。
「レンはもう十分水撃は身についてそうね」
「うん……使えって言われたらいつでもできそう」
「頼もしいわ」
「えへへ! 頼って頼って!」
「あまり頼るようなことが起きないといいんだけど」
「それはそうだね」
 二人は話しながら、塔の中に戻る。レンは少しだけ、またあの襲撃相手のことを頭の片隅で考えていた。……ちらりと見えたフードの中は人の顔で間違いなかったと思うのだけれど、――鏡を見ているような気がしたのはどうしてだったのだろう、と。