翌日の放課後、二人は部室に再びやってきた。部室の中の埃っぽさが一切なくなっている他に、レンは昨日と違うところがあるのに気がついた。
机の上に、ピアノキーボードが置かれている。割と使い込まれた形跡があり、そこまで新しい型ではないようだ。
「このキーボードは?」
リンのものなのか、という疑問の意味で、レンはリンに視線を送る。リンは首を横に振った。
「この部屋に置いてあったんだ。箱に入ってたの」
「ここに? なんで……」
「ここ、元々軽音部の部室なんだって。キーボード使うならここにあるよ、って言われて」
リンが借りられるキーボードの話を聞いたとき、その部室を練習部屋にしてもいいですか、とついでに聞いたのだった。
「軽音部ってあったんだ」
「何年か前になくなったばっかりらしいよ」
「そうなんだ」
まあ、軽音部が今もあったとして、入ることはなかったと思うのだが。レンはそう思いながら、綺麗になっている机の上に鞄を乗せた。リンもそれにならって、向かいの机に自分の鞄を乗せる。そして、二人は向かい合って椅子に座った。
昨日、リンが持っていた楽譜の本は見ずに終わったので、まずはそれを二人分机の上に置く。
「鏡音くん」
「レンでいいよ」
どの曲がいい、と続ける前にリンはそう言われ、楽譜に落としていた目線を上げた。
「名字一緒なのに、鏡音って呼ぶのはちょっと」
「……レンくん」
「くんもいらない」
「え」
動揺するリンに対し、レンは淡々と言う。
「代わりに。俺もリン、って呼んでいいか」
「私はなんでも!」
今度は、リンのその返答に、レンが少し驚いた顔をする。
「……いいんだ。嫌ならリンさんって呼ぶつもりだった」
「呼びたいようにしてくれれば」
「俺が呼び捨てされないのが嫌なだけなんだ。そっちが呼びにくいなら無理にとは言わないし」
嫌に思われるのは自分が嫌だし、レンが望む方式を取りたい。緊張する気持ちを抑えつつ、リンは呼吸を整えた。
「……レン」
「なに、リン」
距離があるようでないな、と、リンは思う。普段から、レンは人を寄せ付けないような雰囲気があると思っていたのだけれど、話してみるとそうでもない、ような気がする。ただ、本来のレンの性格はまだ掴みきれない。
レンとしては、怯えているリンと話すのが苦痛だった。形からでもこの緊張は崩したい。話さなくていいなら話さずに過ごしたいとは思ってきたが、今はそういう場面ではない。
本を開きながら、リンは改めて問いかける。
「レンが、歌いたい曲ってある?」
「なんでもいい。キーがきついのは無理かもしれないけど」
「じゃあ男性ボーカルがいいのかな……」
「リンは? 弾きたい曲あるのか?」
「わ、私は特に。頼んでる側だもん」
「頼んでる側なら、曲もこれって提示してくれた方がいいんだけど」
「……うう」
リンがまた泣きそうな顔をして、レンは思わず顔を歪ませそうになった。しかし、そんなことをすれば本当に泣かれるだろうし、なんとか表情を繕う。
「……悪かったよ。リンはこの本の曲ならなんでも弾けるのか?」
「……! ごめん、私ピアノは独学だから、あんまり難しいのは……」
「……確認しておいてよかった。これから練習するんだよな」
「う、うん」
「リンが弾ける曲、難しくない曲にしよう」
「え、でも、レンの歌いたいものがあるなら」
「ないって。どれでもいい」
リンは困って、机の上に目を落とし、動きを止めてしまった。突き放した言い方になってしまっただろうか、と、レンは考え直す。
「なんでも歌ってやるから」
レンの言葉に、リンはそっと視線を上げた。まるで、背を撫でるように優しい言葉だった。視線の先のレンの表情はとても、頼もしい。
「難しくないとかじゃなくても、リンが好きな曲でもいいし」
レンは、本のページをめくる。リンも、そのページを見ながら考える。
「文化祭のステージに向いてるのか、っていうのもあるかもしれないけど。リンはステージを見に行ったら、どういうのが聴きたい?」
「……かっこいいのが、いいかな」
「ロックとか?」
「うん。キーボードだけでやるし、バンドじゃないけど……」
「それはそうだな。でもなんか分かるよ」
元軽音部の部室にいるのもあり、やはりステージでのバンド演奏が頭に浮かぶ。
「これとか、割とそういう曲だよな」
「うん。私はこれも……」
「ああそれ、かっこいいよな。……リン、これ好き?」
「うん」
「俺も結構好きだよ。じゃ、これにするか」
レンは、筆箱から付箋を取り出すと、そのページに貼り付けた。
「……これからどうしよう。音取り……する?」
机の上にあるキーボードは一台なので、歌の音取りと伴奏の練習は同時にはできない。
「多少はしたいけど……一応は分かる歌だし、家でもできる。リンも伴奏の練習するよな」
「私は家でやってくるよ! だから、今は歌の――」
「いや、いい。なんか恥ずかしいし。土日あるし、お互い練習して、次にしよう」
「そ、そうだね」
曲は無事決まったので、今日はそこで切り上げることにした。鞄に楽譜の本をしまって、部室を出る。もう他の用事があるわけではないし、お互い帰るだけだ。校門まで、二人は一緒に歩いた。
「昨日、ずっと残って掃除してたのか?」
レンは、綺麗になっていた部室のことを思い出して聞いた。
「ずっとってほどじゃないよ」
「でも、普段より遅くはなったんだろ? ……学校、何で来てるんだっけ?」
「電車だよ」
「え、あんまり本数ないだろ」
高校の最寄り駅は、高校自体の立地の悪さもあり、駅自体は近いのだが、電車の本数が少ないことで有名だ。他にバスもあるし、自転車で通う人も多く、電車通学をしている人は稀だ。リンは、その稀な人たちの中の一人ということになる。
「大丈夫だったか?」
「全然。待ってる間は音楽とか聴いてるし平気」
「……そう」
「レンは何で来てるの?」
「俺は徒歩だよ。近いから」
「そうだったんだ」
話しているうちに、二人は校門にたどり着いた。
「また来週」
「うん、またね」
挨拶を交わし、そこで別れる。そこから二人は逆方向の道を行く。リンは、いつもよりは少し暗くなった空の下を歩き、駅に向かった。
今日は、発車時刻の少し前に駅についた。さほど待たずに電車に乗る。朝は人がいっぱいだが、帰りは部活によって乗る人たちの時間が分散するので、幾分か空いている。
リンは座席に座り、車窓の外の風景を眺めながら、さっきレンとした会話を思い返していた。
曲が決まって、本当に安心した。曲を自分が決めていくべきだったのかと反省しかけたが、結果的にはお互い好きと言った曲に決まった。思い返していると、リンが自分では決めきれずにいたところを、レンがうまく話を進めてくれていたことに気がついた。段取りが、とてもよかった。
レンのあの話の進め方が、どこか慣れているようにも感じられた。普段教室で見るレンの様子からは、全く想像できない。同じクラスなのに、徒歩通学であることすら知らなかったほどの間柄だから、普段の印象なんてあってないようなものなのだけれど、それにしても、優しかった。もっと冷たいと思っていた、というのは、勝手なリンの思い込みだったのだろう。
リンの主観としては、思ったより優しいという気持ちが先行する中で、レンが今回の話を断らなかったこと、そして今日の話の進め方のことも、少しだけ心の中で引っ掛かっている。
学級委員のクラスメイトも認める、レンの「歌のうまさ」には、何か理由があるのかもしれない。そんな予感がする。
次の練習は休みを挟んだ来週だ。家に帰ったら、すぐにでも伴奏の練習を始めよう。リンはまだ目的駅に着かない電車の中で、そう決意した。
週明け、一日の授業を終え、リンとレンは部室にやってきた。リンはさっそく、キーボードの楽譜台に楽譜の本を置いた。
「土日、練習した?」
「うん。一通りは弾けるようにしてきたよ」
「え、もう弾けるようになったのか」
「だってお願いしてる身だもん……」
伴奏の練習は久々だったが、リンはとても頑張った。金曜の夜と、土日の空き時間のほとんどを、伴奏の練習に費やした。
「それに、早く合わせたくて」
リン個人としては、中学の頃から音楽の合唱の時間が好きだったので、はやる気持ちがあった。もちろん、ゆっくりしているとあっという間に文化祭の日が来てしまう……というのもあるのだが。レンは、その意味で捉えてうなずいた。
「早いに越したことはないな。じゃあ、やってみるか」
そう言われたリンは、さっそく指を鍵盤の上に構え、脳内で伴奏のメロディーを思い浮かべた。その表情は少しだけひきつっている。
「……無理するなよ。多少詰まったからって怒る気ない」
レンはそう囁いた。……優しすぎない? と、リンは顔が火照りそうになりながら思う。でも、早く始めなければ。こくりとうなずいてから、リンは伴奏を弾き始めた。
何小節かの前奏の終わりがけに、レンがすっと息を吸う。そして、歌い始めた。
リンはその一音目から圧倒された。伴奏はなんとか続けながら、その歌声に、聴き入る。
音楽の授業で聞いたことのある「紛れるための歌声」、その皮を捨てて歌うレンの声は、これまで身近で聞いたことのない、力強い歌声だ。……これが本当の歌声なんだ、と、リンは思った。素人には「うまい」以外の表現ができないのがもどかしい。表現力、魂……と、いったものかもしれない。
多少のミスタッチは無視しながら、とにかく最後までレンの歌声が聴きたくて、リンは伴奏を弾き切った。
最後の音を弾いて、それからリンは顔を上げた。
「れ、レン、じょ――」
「通せたな」
上手、を言うより前に、レンはリンの方へ顔を向けてきた。その視線に、リンの言葉は完全に引っ込められ、ただ大きくうなずくだけになる。
「う、うん!」
「この分なら、本番まで何回かやれば、それなりにはなりそうだな」
「そうだね!」
言葉は遮られてしまったが、それでもリンの中では「楽しかった」という気持ちが湧き出ていた。何回でも合わせたい、そんな気持ちが止まらない。弾き始める前の緊張など嘘のようだ。
そんなリンの表情の変化に、レンは気づいていた。今までほとんど、怯えているか泣きそうになっているか、そんな表情だったリンが、こんなにも嬉しそうな顔をしている。音楽が「好き」なんだな、と思った。
「もう一回やるか?」
レンはそう言って笑いかける。リンの表情が、ぱっと輝く。
「え、いいの!」
「俺はいいよ。リンが弾きたければ」
「じゃ、じゃあもう一回……」
「分かった」
もっとレンの歌声に釣り合う伴奏をしなければ。そのためには、できるだけたくさん弾くことも必要だ。それに、また聴きたい。リンはまた伴奏を弾き始め、レンもそれに合わせて歌った。
レンは、歌いながら伴奏を聴き、安心した気持ちでいた。本人が言っていた通り、その伴奏は素人の独学そのものだった。音はなんとか楽譜通りに鳴っているというだけで、音色に感情があるとか、そんなものは特にない。強弱記号もまだ意識しきれない段階だろう。だが、――この程度の方が、助かる。この伴奏が下手に上手くて、自分の歌声が釣り合わないよりは……そう思いながら、自分のできる範囲で、歌う。
「……ありがとう」
もう一回を通してから、リンは微笑んで言った。レンも少し笑ってみせた。そして、楽譜の本を閉じた。
「今日、そろそろ帰りたい」
「ご、ごめん! 用事とかあるよね。私はもうちょっと弾きたいから……」
リンは、キーボードを少し見下ろして言う。レンはうなずいてみせた。
「……またな。帰り、気をつけて」
「うん、またね!」
リンに笑顔で手を振られ、レンは部室を後にした。……別に、用事があったわけではないが、そういうことにしておこう。レンはそう思いながら、校門へと向かう。
リンの嬉しそうな顔が、目に焼き付いている。伴奏と歌を合わせている間、リンはとても楽しそうで、レンもその瞬間は確かに、楽しく歌えていた気がしている。
「……いいんだよな、別に」
どこにあてるわけでもない声で、レンは呟いた。
それから毎日、リンとレンは部室に行き、一回か二回は通しで合わせる練習をするようになった。リンは、毎日の放課後が楽しみになっていた。今まではすぐに帰って、ぼんやりと過ごしていた時間が、とても充実したものに変わっている。
音楽の授業があった日も、リンはわくわくしながら、楽譜の本を開いた。授業では無難な歌い方をしているレンの、本当の歌が聴ける。だから、ますます楽しみになっている。
「リンって音楽の授業好きなのか?」
これまで以上に嬉しそうなリンの表情を見ながら、レンは問いかけた。
「え? うん、好きだよ。なんで?」
「リン、音楽のとき、結構嬉しそうにしてるなって……」
「え!? 見てたの!?」
「み、見てたっていうか……その」
目に入った、というか。こうして毎日放課後に練習をしていて、全く互いを知らない間柄というわけでもなくなった今、目に入らないということはない。
「やっぱり、高校にまでなって合唱ってさ……ってやつ、それなりにはいるだろ。そうじゃないんだなって」
「私は中学のときから好きだよ。部活とかじゃないけど、合わせて歌うっていうのがなんか好きで。……それだけなんだけど」
分かる……と、言いかけて、レンはうなずくにとどめた。
「和音とか、一人じゃできないし。パートを分担して歌うとか……気の合う友達がいないとできないし。でも、音楽の授業だったらできるから」
本当に、単に好きということらしい。大きくうなずきたくなったが、レンはまた気持ちを抑えた。
「レンは音楽の授業好きなの?」
今度は、リンがレンに問いかけた。
「……普通だな。でも、嫌いではないよ」
「歌うのは?」
「好きか嫌いかで言えば、好き、かな」
レンは、ただ穏やかに答える。リンの目には迷惑そうには映らないものの、本当にそうなのかは少し不安にも思えている。でも、歌うのが好きだということは、今、嫌々歌ってくれているわけではないということだろう。……そうでなければ、こんなことに付き合って歌ってくれるわけがないか、そうだよね……と、リンは思い直した。
その日も一回だけ、二人は曲を通した。
文化祭当日まで一週間を切った月曜日も、二人は部室に来ていた。楽しみな練習に、少しずつ緊張が混じってくる。
日を重ねるごとに、すぐに練習には入らずに二人は何かしらの話をするようになっていた。お互い教室では話さず、代わりに同性のクラスメイトと話すことがほとんどだが、部室の中では話す……それがすっかり日常になってきていた。きっと、部活をやっている人たちもそんな感じなのだろう。
「気になってたんだけど……」
部室に来てまず、レンは言った。
「ステージ企画に出る話、どうしてリンが引き受けたんだ?」
帰宅部だから目をつけられた、とは聞いていたが、レンはそうなった経緯を詳しく聞いていなかった。
そもそも、クラスから代表を出してやるものであれば、クラス全員で話し合う場を設けるのが本来の流れだろう。それで結局、部活に入っている人たちは無理だから、という話になって、結果的には帰宅部の誰かが代表になる流れかもしれない。そうすると、帰宅部のリンとレンがクラス代表になっているのは必然の話……かも、しれない。それはさておき、レンはリンに頼まれるまで、ステージ企画のこともクラス代表のことも、一切聞いたことがなかった。話し合いの場がなかったからだ。
「リン、こんな話引き受けそうな性格に見えないし」
リンは今、頑張って伴奏を練習して、ちゃんと弾けるようになっている。しかし、教室ではおとなしいし、レンから見ると、第一印象にしても、喋るようになった今でも、人前で何かするのは苦手そうだ。喜んで引き受けたとはとても思えない。頼んできたときだって、泣きそうだった。
「……そうかな」
リンはそう言いつつ、不安げな表情をした。
「いや、ちょっと、何かあったんじゃないかって思っただけだ」
「……うん……」
リンは小さくうなずいた。レンは、しっかり見抜いている――そう思った。
「私、元々は文化祭の看板美術チームに入ろうかと思ってたの」
「え? そうなのか?」
看板美術チームというものがあること自体は、レンも知っていた。今いる部室に来るまでに通過する空き教室で、看板の絵を描いている人たちを見たからだ。一緒に部室に来るとき、リンがその様子に目をやっていたのを、ふと思い出す。
「でも、リン、やってないよな」
「……言い出せなかったの、やりたいって。人も足りてるみたいだったし、私はいいやって思って」
「でも、ならなんでステージ企画の話が回ってきたんだよ」
「看板美術チームに入るつもりで運営の人たちのところに行ったんだけど、そのとき、……ところで君のクラス、ステージ企画の出し物の提出がないけど、って……」
後でリンが聞いた話によれば、何かの手違いで、ステージ企画の出し物に関する提出書類が、リンたちのクラスの学級委員に渡っていなかったらしい。だから、クラスの話し合い自体が行われなかったのだ。
「なんで私なの、って思ったんだけど、……紙渡されて……」
心が追い詰められたのを思い出し、リンは泣き出した。しまった、と思ったレンは、慌ててリンにかける言葉を考える。
「ごめん、もう聞かないから」
うつむくリンに、できるだけ優しい声で、レンは言った。
「もう俺たちでやるって決めたんだからいいよ。他にできそうなやつ、うちのクラスにいないだろ」
「うう……」
「リンは頑張ったよ。人に押し付けなかったんだから」
「でも、レンに……」
「俺はいいんだよ。そんな話ならなおさら」
「ほんとごめん……」
「これだけ練習してきて今更だろ。俺も理由なんか掘り返して悪かった」
「……いい、……ごめん」
「いいって。リン、頑張ってるよ」
リンは、それ以上言葉が出なくなった。リンが視線を上げると、レンが「これ以上何も言わなくていい」と、首を横に振った。その優しさが染み渡り、リンの気分は少しずつ落ち着いていった。
「……それより、よかったのかよ。美術チームに入れなかったのは」
「え?」
視線を逸らして、レンが言う。リンは震える声で聞く。
「リンは、ステージ企画に出るんじゃなくて、そっちがやりたかったんじゃないのか」
「……」
「さっき初めて聞いたけど、リンって、絵が好きとか?」
「……絵は好きだけど……チームに交じれたかどうかは……分かんない。私、美術部にも入らなかったし、……色んな人と一緒って、多分無理だったから」
「……」
――似てる、俺と。レンは思った。
「だから、いいんだ。音楽は好きだし、伴奏も少しはできるし。こっちの方がよかったかも」
リンはそう言って、照れたように笑った。レンはそれに少しだけ、胸がどきりとした。
「レンと一緒なのは、大丈夫だから。相手が一人……だからかな」
「そうかもな。……リンが辛くないならよかったよ」
レンはそう言って、リンに微笑んでみせた。
いつもよりも長く話した気がする。そう思いながら二人は練習を始めた。
毎日の練習の甲斐があり、リンは全く弾き間違えをしなくなった。レンの歌声に耳を傾ける余裕も、初めに比べて随分と大きくなっている。初めに聞いたときから惹かれていたが、互いに色々話すようになってから、ますますその歌声に魅力を感じている。この声をいつも間近で聴けるのが嬉しい。それは変わらない気持ちだ。
「もう一回やるか?」
「まだいいの?」
レンに言われて、リンは少し驚いた。これまでなら、レンが「そろそろ帰りたい」と言っていた時間になっている。
「本番近いし、……まだ歌いたい。もう少し」
「じゃあお願い!」
リンは満面の笑みで言った。レンもそれに微笑み返した。