ひとまず、レッスン室の前で、改めて欠黒象の通知を確認する。出現した場所の地名と座標、地図が表示される。すぐ近くの公園らしい。
建物を出るため、階段室へ走る。ここは3階だから、エレベーターを待つより階段を降りた方が早い。
階段を駆け降りた先には、ミクが立っていた。
「先輩!」
リンが呼び掛けると、ミクはリンを見て笑った。
「行こっか!」
建物の外へ出て、一緒に、公園に向かって走る。ミクの長い髪が、視界の横でなびくのが見える。綺麗な髪。ミクは大人気のアイドルだ。でも、リンと同じく、修復者でもある。
公園にたどり着くと、街灯の柱の周りに、欠黒象が現れていた。幸い、周りには誰もいない。被害はなさそうだ。
黒い四角形がいくつも重なり、それがじわじわと数を増やしている。その周りの空間がぼやけ、次々と黒い四角形に置き換わる。
「リン、歌おう」
「はいっ」
この程度であれば、早く手を打てばなんとかなるだろう。ミクが、自分の端末を操作して、音楽のリストを表示させる。そして、一つの曲を選んだ。リンも知っている曲だ。
「今日はこれでいいかな?」
「はい、大丈夫です」
リンの返事を確認して、ミクは音楽を再生する。
「じゃ、楽しんでいこう!」
ミクはとびきりの笑顔をリンに向ける。リンも、笑い返す。
欠黒象を消すための歌ではあるが、「楽しんで歌う、それが大事」と、ミクは教えてくれた。ここが臨時のステージで、これは特別なライブ、そんな気持ちで歌うのだと。どういうわけか、そうする方が欠黒象にはよく効くのだ。
使命ではあるけれど、ミクと一緒に歌えるこの瞬間が、リンは好きだ。憧れの先輩と並んで歌える。普通の仕事で歌える方がいいのはもちろんだが、それ以外のときでも一緒に歌えているのは、なんだか特別で……。
歌を歌い始めると、少しずつ欠黒象の増加が穏やかになる。サビに入る頃には、増加は収まり、減少し始める。減少する速度は上がり、二人が歌を歌い終えると、欠黒象は完全に消え去った。
歌い終わって、安心してミクとリンは目を合わせる。軽くハイタッチをして、それから公園を後にする。
「今日も被害がなくてよかったね」
「そうですね」
帰り道を歩いていると、向かいから歩いてきた親子が、揃ってミクとリンに拍手をして見せた。公園で歌っていた歌が聞こえていたらしい。ミクは笑顔で手を振って見せる。リンも、横にならって手を小さく振る。……欠黒象を消すために歌った後には、よくあることだ。
その親子とすれ違ってから、ミクは笑った。
「えへへ。今日もアイドルしちゃった」
「確かに、そーですね」
「世界を守るアイドル! ってやつ!」
普通の歌の仕事もしているし、アイドルではあるが、仕事の大半は撮影や録音で行われるから、こうやって歌を聞いてくれた人と直接顔を合わせる方が、手を振るようなファンサービスもあって、よりアイドルっぽい……のかも、しれない。こういうときのミクは、生き生きしている。本当にアイドル向きな気質がある。
リンも、そういうことは好きだが、まだどこか、照れくささがある。ミクのようにもっと振り切れていかないと……何もかも、見習うところばかりだ。
「帰ったらもうお昼の時間だよね。一緒にごはん食べよ」
「はい!」
そう話しながら、ミクとリンは事務所の食堂へ向かった。