会話#005+「共演」 - 3/6

#012

アペンドさんと僕が、仕事の一日目を迎えた。
前にアペンドさんとお話したときは、
アペンドさんはすごく元気で、僕が反応に困っちゃうぐらいだったけど、
でも、あれで、本当は親しみやすい人なんだなって思ったし、
これからも何とかやっていけるかな、って気がした。

けど、一日目の仕事から、僕にはちょっと不安なことがあった。
途中のシーンから、僕は狐の姿にならなければいけない。
狐の僕は、あまり僕の思うようには動いてくれない。
さすがに今回は撮影だから、撮影中ぐらいはちゃんと演技をしてくれると思うけど、
それが終わったときにどうなっちゃうかが、僕には想像できない。
もう一人の僕なのに、なんでちゃんと言い聞かせられないんだろう……。
僕自身も、狐の僕のことをちゃんとわかっていないから、
こうなっちゃうのかもしれない。

できれば、狐の僕の姿で、アペンドさんと話をしたくない。
アペンドさんとは会ったばかりなのに、何を言ってしまうか分からないし。
でも、狐の姿になるのにも、戻るのにも体力を使っちゃうから、
撮影の合間に何回も戻る訳にはいかない。
……だから、アペンドさんが前みたいな調子で、
狐の僕に話しかけてきたとしたら、どうしよう、って思ってる。

それでも、仕事は、仕事だから、と、僕は思い直して、集合場所に向かった。
集合場所につくと、もうアペンドさんが立っていた。
まだ予定の時間より結構前なのに。
アペンドさんは遠くを見つめて、何か考えているようだった。
「おはようございます、アペンドさん」
僕が声をかけると、アペンドさんは表情を変えずに、僕の方を見た。
「……おはよう」
アペンドさんは言ってから、今日の予定の紙を取り出して、そこに目線を落とした。
その表情も、ずっと、……初めて会ったときの顔に似ている気がした。
少し怒っているのか、真剣なのか、何も思っていないのか……読み取れない表情。

機嫌が、悪いのかな……。
とにかく、2回目会ったときみたいな元気さは全く想像できない。

僕も紙を取り出して予定を確認する。
「ま、まだ、時間はありますよね」
僕がアペンドさんに聞くと、アペンドさんはうなずいた。
……でも、それ以上表情を変えたりはしない。

それから時間まで僕たちは一言も話さなかった。
僕はこれ以上何を話していいのかわからなかったし、
アペンドさんも全く何かを話そうという感じにはならなかった。

この分なら、狐の僕になったとしても、話しかけられないかもしれないから、
ちょっとよかったのかな、と思ってしまったけど、
でも、やっぱり僕との共演が嫌なのかもしれない、と思ってしまうと、
一緒にいるのが申し訳ない気分になってきた。

撮影に入ると、アペンドさんの表情は演技に合わせて変わっていた。
……当たり前、なんだけれど。
演技に集中するために、演技の前には余計なことをしないようにしていたのかもしれない、
なんて自分に言い聞かせる。

僕のシーンの撮影でない間は、ずっとアペンドさんの演技を見ていた。
上手だな。
かっこいいな。
……僕はずっとそう思って見ていたけど、
少しだけやっぱり、あのときは何だったんだろう、と思ってしまう。

二人のシーンで、アペンドさんの目を見なければいけないところがあって、
緊張で目をそらしそうになるのを、必死で僕は抑えていた。
遠くで見ていたときは気付いていなかったけど、
アペンドさんの目はガラスみたいにきれいだと思った。
……その目から、何を考えているのかまではやっぱり分からないけど。

一旦、休憩時間になった。
やっぱり撮影から離れると、アペンドさんは最初の調子のままだった。
ここまではアペンドさんのシーンが多くて、アペンドさんは疲れていそうだったから、
椅子に座っているアペンドさんに、僕は水を持っていくことにした。
「はい、おつかれさま」
アペンドさんに水を手渡すと、アペンドさんは受け取って、
「……ありがとう」
やっぱり表情は変えなかったけど、そう言ってから、水を飲んでくれた。
嫌われているわけでは、ないみたい。

そして、僕が狐の姿にならなければいけないシーンになった。
撮影で周りに迷惑かけないでね、と祈りながら、僕は姿を変えた。

撮影は続く。
今のところ、演技の部分は特に問題なく、できてる。
狐の僕も、さすがに人と何か話すところでなければ、大丈夫みたいだ。
演技も決まった台本通りにやればいいだけだし。

一つ、僕の長いシーンが終わると、アペンドさんが僕の近くにやってきた。
「おつかれさま」
わざわざ声を掛けに来てくれたんだ……と、僕は思ったのだけど、
「……気安く声をかけないでくれますか」
なぜか、狐の僕はそう言った。
アペンドさんは表情を変えずに、
「そうだね」
と返すと、僕に背を向けた。

まだ、 次のシーンがあるから、姿を戻せない。
……どうして、そういうこと言うんだろう 。なんで狐の僕は、そういうことを。
僕は謝りたくて仕方なかったけれど、
でも、これで謝ろうと強く願うと、多分また狐の僕が、何か違うことを言ってしまう。

アペンドさんは離れていく。
「……なんなんですか」
独り言で狐の僕は言う。

その後も僕は苦しかったけれど、
撮影だけなら順調に進んで、今日の仕事が終わった。
僕は慌てて元の姿に戻った。

アペンドさんが帰ろうと歩いているところを、僕は追いかける。
「あ、あの! 今日は、おつかれさまでした!」
僕が言うと、アペンドさんが振り返った。
「……うん、おつかれさま」
アペンドさんは立ち止まって、そう言った。
やっぱり、表情はあのままだけど……。
「さ、さっき、僕、気安く声をかけないでなんて……言っちゃって……ごめんなさい……」
僕はそう言って一回頭を下げて、それから、アペンドさんの顔を見た。
表情は変わらない。怒っているのか、分からない。
違うんです、そんなこと、思ってないんです、って、本当は付け加えたいけど、
言い訳にしか聞こえないに違いない。

「……別に」
アペンドさんは一言、そう言った。
僕はそれ以上何も言えなくなった。

しばらく僕たちは何も言わずにお互いを見ていた。
「帰ろう」
アペンドさんが沈黙を破った。
「は、はい」
僕が言うと、アペンドさんはまた僕に背を向け直して、歩きはじめた。

……やっぱり、狐の僕を、見られたくなかった。