#070
#トラッドスクールさん視点
私とトラッドさんは調理室に向かった。
「いつもは一人で食べる分しか作ってなかったけど、
今日は胡蝶ちゃんがいるから、ちょっと多めに材料を用意したよ」
トラッドさんはそう言いながら、さっそく生地を作り始めた。
トラッドさん、今まで隠れて作ってたのかな……そもそもお菓子を作ってたなんて知らなかった。
手際がすごく良くて、あっという間に生地は型に流し込まれた。
「まだ経験が足りない」ってトラッドさんは言っていたけど、
全然そんな風には見えない。
そして、パウンドケーキが焼きあがった。
いいにおい……。
「じゃあ、約束だから、一緒に食べよっか?」
「……うん。いただきます」
薄く切ったパウンドケーキを、二人で手に取って、口に運んだ。
……ああ、甘くて、おいしい。
私は次の一切れに手をのばした。
「お、おいしかった……?」
トラッドさんが不安そうな顔で聞いてきて、私は大きくうなずいた。
それから、もう一切れも食べて、
「おいしい、すごく」
そう言うと、トラッドさんはすごく安心したように顔を輝かせた。
やっぱり、不安がる必要なんかない。
全然執行部くんに及ばないなんて、そんなことない。
そうやってケーキを食べていると、
調理室にトリッカーくんが入ってきた。
「何か今日予定より早くないー?
……ってあれ!? 執行部くんじゃない!」
執行部くんが何か作ってると、かならずトリッカーくんが現れるから、
すっかり顔なじみになった気がするけど。
「ご、ごめんね、この時間空いてたみたいだから、
今使わせてもらってて」
トラッドさんが言うと、トリッカーくんは私たちの座っている机に近づいてきた。
「いや、謝らなくていいよー。
今日は執行部くんがまたお菓子作るって教えてくれたから、
食べさせてもらおうと思って早めに来たんだけど、
……これトラッドさんが作ったの? おいしそうだね」
トリッカーくんがわくわくした顔で、机の上のケーキを覗き込んだ。
……食べたいんだろうな。
「えっ、えっと……よかったら、どうぞ」
トラッドさんはやっぱり自信が持てていない様子で、
おそるおそるケーキの一切れをトリッカーくんに渡した。
「いいの!? いただきまーす!」
トリッカーくんがものすごく嬉しそうな顔で、渡されたケーキを口に入れた。
そして、それを飲み込むと、さらに嬉しそうな顔になった。
「なにこれ! すっごくおいしい!
執行部くんも上手だけどさ、トラッドさんもお菓子作るの上手だったんだね!
今日早めに来てよかったよ。ラッキー!」
今にも踊りだしそうな喜び方で、ちょっと笑いそうになってしまった。
「……ほんと? よかった……」
トラッドさんはほっとした顔をして、ケーキを見つめた。
「また食べさせてね!」
「……私も、また……いいかな」
「うん、あ、ありがと……」
執行部くんとトラッドさんのお菓子、これからも食べるの、楽しみだな……。
(おまけ・視点変更/執行部さん)
今日はクッキーを作ろうと思って、
トリッカーくんにも「絶対食べに行く!」 なんて宣言されちゃったから、
いつも通り多めに材料を持って調理室に向かうと、
調理室の中から声がして、
僕は調理室の中から見えないように、入口の近くの壁に慌てて身を寄せた。
……中に、トラッドさんの姿が見えたから。
まさか、トラッドさんが先に調理室で何か作ってたなんて……。
鉢合わせたら緊張してしまう。
「トラッドさんのお菓子ほんとおいしいね!
いつもはケーキ以外も作るの?」
「う、うん。クッキーとかも、作ったことは……で、でも、
まだ自分だけでしか食べたことなくて」
「えーもったいない! 今度からはちょっと多めに作って、
それで僕に食べさせてね!」
トリッカーくんが、なんか言ってる……。
で、でも、と、トラッドさんの、手作りのお菓子……!?
ぼ、僕だって、食べたい、で、でも……、そんなの……無理、だよね……。
僕は結局、調理室の中にいたトラッドさんと胡蝶さんが出ていくまで、ずっと隠れていた。
そして、二人がいなくなったのを確認して、調理室に入った。
調理室ではトリッカーくんが待ち構えていた。
「執行部くんだー。今日も楽しみにしてるよー」
……全く、当たり前のように……。
「そういえばさっきまで、トラッドさんがお菓子作ってたよ。
食べさせてもらったんだけどさ、最高だったよ!」
「そっ、そうなんだ。と、トラッドさんのお菓子がおいしいのは、あ、当たり前だよね」
トリッカーくんにそう言われて、僕はどきどきしながらクッキーの生地を作り始めた。
「執行部くんも、もっと早くここに来てれば、食べさせてもらえたのかもしれないのにねー?
惜しいことしたんじゃない? あーあもったいない」
「そっ、そんな、僕はそんなの……!」
「動揺しちゃって。本当は食べたいでしょ?」
「そっ! そんなこと! ……!」
僕は小麦粉の袋を開けようとして、動揺して、手が滑って、中の粉をぶちまけてしまった。
その粉は、近くで僕の作業を見ていたトリッカーくんの服に、見事にかかって……。
「ぎゃー! なにすんの!!」
「ご、ごめん!!」
粉にむせながら、トリッカーくんが叫んだ。
黒い服に白い粉がかかって、すごく目立つ……。
「これじゃあ執行部くんの服並に真っ白になっちゃうよ……」
トリッカーくんは服を叩いて必死で粉を落とそうとしている。けど、落ちない。
だ、大体、トリッカーくんが動揺させることなんか言うから……。
「いいや、焼きあがって一通り食べたら洗うから……気を付けてよね」
「……もう……」
だって、トラッドさんと顔を合わせるのすら、無理なのに……。