会話#075+「帽子」 - 11/11

#085

何でもない訳がないと思っていると、案の定トリッカーくんは、
やたらにやにやし始めて、僕に更に近づいてきた。
そして突然、僕の頭上に向かって手を伸ばした。
「こんなところに帽子が!!」
「あっ!!」
一瞬で、僕の被っている帽子を、トリッカーくんに取られてしまった。
うう、落ち着かない……!
僕は帽子のなくなった頭に手を押し当てた。
「帽子はもらったよ! これを失った君は何もできないよね」
「……」
取り上げた帽子を見せびらかすように、トリッカーくんが言う。
僕は、頭に手を当てたまま、うつむいた。

……今だ。

「――そこはさー、ふりで気を失ってほしかったな。
『その帽子がないと僕は……!』 とか言いながらさ」
トリッカーくんがよくわからないことを言っている。
「付き合ってよねー、こんなことでもしてないと楽しくないもん。
……って扇舞くん?」
僕が黙っていることを、ようやく気にし始めたみたいだ。
「……ざけるな」
「!?」
「ふざけるな」
トリッカーくんが驚いた顔をしている。僕は続けた。
「俺から帽子を取ったら、どうなるかわかってんだろうな?」
「……えっ?」
僕は頭に当てていた手を離して、トリッカーくんを睨みつけた。
「どうしたの? 急に。
そんな恐い顔しちゃってさぁ」
あはは、とトリッカーくんは笑った。
相変わらず頭が落ち着かないけど、――許さないから。
「笑ってんじゃねえよ。返せよ」
「……っ」
僕がトリッカーくんの持っている帽子を取り返そうと掴むと、
トリッカーくんは帽子をぎゅっと握って抵抗してきた。
さすがに笑うのはやめて、僕の表情を確認してきた。
「何で……? 帽子ぐらい取ったって、そこまで――」
「返せって言ったのが聞こえなかったか」
「……」
トリッカーくんは手の力をゆるめたらしく、僕は帽子を取り返した。
「二度と俺から帽子を取るな。分かったか」
僕が言うと、トリッカーくんは真剣な顔になって僕を見つめたまま、無言でいた。
僕は、返事は待たずに、帽子を被り直した。

僕はしばらく目を閉じて、息を深く吸った。
「……扇舞くん、大丈夫?」
トリッカーくんが、目を閉じている僕に聞いてきた。何となく、声が震えて聞こえた。
僕が目を開けてみると、心配そうな顔をして、僕の顔を覗き込んでいた。
「……?」
「あの、さっきはごめんね、急に帽子取っちゃって」
「……え?」
「え、って、どうしたの、……まさか、覚えてないの?」
かなり、トリッカーくんが戸惑っている。
「覚えてないって、……何が?」
「さっき、まるで別人だったんだよ。どうしちゃったの……」
「……?」
僕が首を傾げると、トリッカーくんはさらに不安そうな顔になった。
「ごめんね、とにかくごめんね。
……じゃあ」
トリッカーくんは、何となくもう「耐えられない」みたいな顔をすると、
逃げるように僕の前からいなくなってしまった。

「さっきまで、僕は何をしてたんだろう……」
僕はつぶやいてみた。
「――なんてね」
これで、敵討ちは、できたかな?
ああ、こんなの初めてだよ。ちゃんと騙し通せるか不安だったけど、
意外とトリッカーくんも驚いてくれたみたいだし、これでトリッカーくんの言う「刺激」になってたらいいな……。
もうあんな演技練習はこりごりだけど。
僕はさっきまで何となく苦しかった息をやっと吐いて、それから部屋に戻ることにした。