#076
僕がきょとんとした顔のままのトリッカーくんを何も言わずに見ていると、
トリッカーくんは何だか耐えきれないような顔になって、
さっきとは別のポーズをとった。
「はい! こうしても! こうしても!
もちろん! 何も出ない!」
トリッカーくんは、自分で自分の冗談にはまったのか、
なぜか帽子を振り回しながら、僕を見つめてくる。
「……元気だね」
僕が仕方なく言うと、
「でしょー!」
と、何とも相手に困る返しをしてきたけど、
突然、トリッカーくんは動きを止めて、静かに帽子を被り直すと、急に真剣な顔になった。
僕がちょっとそれに驚くと、トリッカーくんはうつむいた。
「……つまんないんだよ」
静かな声で、トリッカーくんが言った。
あまりの変わりように、僕は何も言葉が出なかった。
「さっきのもそう。平和すぎる。皆笑っててさ。僕も笑っててさ」
「……平和なことの、何が悪いの?」
僕が思った通りのことを言うと、トリッカーくんは顔を上げた。
その顔は何となく怒りに満ちているような、ちょっと寂しげに見えたような……分からなかったけど、
とにかく、さっきまでの能天気な笑顔の正反対の表情に違いない。
「悪くなんかないよ。分かってるよそれぐらい。
……でも、つまんないんだよ!」
「ど、どうしたの? 急に」
「最近夢食べてても駄目なんだ。ぜんっぜん楽しくない。
みんなみんな、何で平和な夢ばっかなの。刺激がないんだよ」
トリッカーくんは毎晩夢を食べてるみたいだけど、
というか、食べないと調子が狂うって言ってたけど、
それも毎日の楽しみだったんだ。
でも、悪夢ばっかり食べてたら気分悪くなるんじゃないかな、って思うし、
平和な夢の方がおいしいんじゃないのかなあ。よく分からないけど。
「……平和なのは、いいことだと、思うんだけど――」
僕はなだめるように言ったけど、トリッカーくんは僕を睨んできた。
「扇舞くんはいいだろうね。でも僕は満たされないんだよ。
いつも日の丸弁当ばっか食べてて飽きない? 飽きるよね?」
「……そりゃ、さすがに、飽きるけど、それとこれとは話がちが――」
「違わないの! 何事もない夢を毎日食べるっていうのは、
つまり味のない水をずっと飲み続けてるようなもんなの!
正直連日の日の丸弁当より苦痛だよ」
「……そう、なんだ……」
僕は言ってみたけど、……僕にどうにかできる話じゃないし……。
「ああ、もうちょっと具体的に考えた方がいいかな。
扇舞くん、ちょっとはスリルのある夢でも見てよ」
「何その無茶振り……!」
「今夜食べに行くから。絶対見て」
「だから無茶振りだって!」
いくらなんでもそれはないだろう。見たい夢が簡単にみられる訳じゃないんだし。
しばらくトリッカーくんは不機嫌そうな顔のまま、腕を組んで考えていたけど、
突然、何かを思いついたように表情を変えた。
「……そっか……」
「え、何か思いついたの?」
「皆を驚かせればいいんだ……その反応を見るだけでも……ふふ」
だんだん、そう言うトリッカーくんの顔が、何かをたくらむ悪人のような顔になってきた。
……嫌な、予感がする。
「そうと決まれば……。
あ、扇舞くん? くれぐれも――」
トリッカーくんが、いきなり顔を僕の顔に近づけてきた。
「邪魔、しないでね」
その顔にぞっとして、僕が後ろへ離れるように動くと、
「そうそう、そういう顔してくれると、僕も楽しいんだよ」
そう言って、トリッカーくんは笑った。完全に、人が怯える顔を楽しんでいる。
トリッカーくんは僕に背を向けると、自分の部屋の方へ走って行ってしまった。
僕は嫌な予感と、さっきのに怯えたせいで、しばらくそこで立ちつくしていた。
ああ、さっき僕が「面白い」って言わなかったから拗ねたんだろうか、
こんなことになるなら、もうちょっとおだててあげればよかったのかな……。
ああなっちゃうと、これから何を言い出すか分かんないんだよな……どうしよう……。