会話#075+「帽子」 - 3/11

#077

刺激が足りないなんて言って、誰かを驚かそうとしているトリッカーくんの被害者が増える事態は避けたいけど、
「邪魔するな」と言われたのもあって、一緒にいて、事が起きそうになったら阻止するということはできないし、
僕はこっそりとトリッカーくんの行動を監視することにした。
……大体、誰かを驚かそうなんて、そう簡単にできることじゃ……。

トリッカーくんは調理室へ入っていった。
僕は壁に身を寄せて、そっと中の様子をうかがった。

調理室の中では、藍鉄くんが野菜を切っていた。
そうだ、藍鉄くんは、味噌汁が得意料理らしくて、
たまに僕たちにも料理を振る舞ってくれる。
包丁の扱いも、やっぱり慣れてるのかな。動きに無駄がない、ってこういう感じなのかもしれない。
……そこに、トリッカーくんが、そっと、近づいていく。

「わっ!」
「ひゃあああ!!」

突然トリッカーくんが大声を出した。
藍鉄くんは包丁を握った格好で固まって、悲鳴を上げた。
さ、さすがにこの拍子に包丁を手放しちゃったら危ないもんね、よく耐えたなぁ……。

「なっ、な、何ですか」
包丁を握った手は動かさないまま、藍鉄くんがトリッカーくんの方へゆっくりと振り向いた。
「ん? なんとなく、後ろから声を出したらどうなるかなって思って」
トリッカーくんがのんきな顔で言う。
「や、やめてください。もし僕が包丁手放しちゃってたら、
トリッカーくんに刺さってたかもしれないんですよ……!
僕こんなところで殺人犯なんかになりたくないですから……」
藍鉄くんが涙目になりながら言った。
藍鉄くんは比較的びびりやすい方なんだから、やめてあげてほしいのに……。
「……」
トリッカーくんは、何も答えずに、ちょっとだけ笑みを浮かべて、
藍鉄くんの握っている包丁を見つめた。
「……あ、あの」
「その、包丁――料理以外に、使われてたことが、あるって――」
「えっ」
藍鉄くんが、そっと包丁を置いた。
そして、調理台から少しだけ離れた。
「例えば、さっき藍鉄くんが言ったみたいに、さ――」
「い、い、いや……!!」
藍鉄くんの表情は真っ青になって、僕が隠れている近くの入口に向かって走ってきた。
僕は慌ててそこから離れたけど、
藍鉄くんは僕に気付かず、遠くへ走って行ってしまった。

「――殺人に使われてた、わけ、ないじゃん?」
トリッカーくんがぽつんと言ったけど、……遅いよ。
っていうか、どう考えても、びびらせただけだ。

「おい、おい、どうしたんだよ、藍鉄」
わき目もふらずに走って行った藍鉄くんの前に、パンキッシュさんが立ちはだかって、
藍鉄くんはそこで立ち止まると、息を切らせてしゃがみこんだ。
「……ちょ、調理室……の……ほ、包丁……が……は、はぁ」
「調理室の包丁?」
「……さ、さつ……」
「お、おい! しっかりしろよ!」
気を失ったみたいに、藍鉄くんは床に倒れてしまった。

「……ねえ?」
僕の後ろから、声がした。
「……こんなところでどうして突っ立ってんの?」
僕が振り返ると、そこにはトリッカーくんがいた。
僕が藍鉄くんの方を見ている間に、いつの間にか……やばい。
「どうして、って、そ、そんなの別に、……通りかかっただけだよっ。じゃあねっ」
僕はごまかし切れてないだろうなと思いながらも、そう言って藍鉄くんたちのいる方へ走って行った。
「え、ちょっと! 扇舞くん! どうしたの!
……ま、いいか」
トリッカーくんがしばらく僕を呼んでいた気がしたけど、
追ってこなかったので、僕は胸をなでおろして、藍鉄くんの様子を見に行くことにした。