一方で、パンキッシュくんは、険しい顔つきでステージの方を見ていた。
「ライトが頑張ってるのに許せない……」
わあ、なんだかずいぶん燃えてるっていうか……。
「敵は討つ!」
パンキッシュくんがそう言って、ステージに一歩踏み出した。
「あの、意気込みが大変素晴らしいけど、次は俺が……」
アペンドがおそるおそるパンキッシュくんに言うと、
「あー! あんなの俺が気合いでなんとかしてやりたいぜ!」
た、多分、次はアペンドが何とかするのは分かってるんだろうけど、それより正義感というか、やる気の方が勝っちゃってるんだろうな。
パンキッシュくんは拳を握りしめて腕を振り回している。アペンドは慌ててその腕を避けて飛び退いた。
「次の交代は確実にパンキ先輩だな……」
応援に来てくれてる皆が、そっとそう思っているのが伝わってきた。
「気持ちはわかるけど、……」
アペンドがパンキッシュくんになだめるように言ったあと、腰のベルトをつかんで引っ張った。
「ど、どこ引っ張ってんだ!!」
きっとアペンドだし、引っ張るときは怪力だったんだろう。パンキッシュくんは大きくよろめいた。ベルトを掴んだまま、アペンドはパンキッシュくんをもとの場所から引きずって離れた。
その瞬間、さっきまでパンキッシュくんのいた場所に、何かが上から落ちてきて割れた。
「え……」
ベルトを離されたパンキッシュくんが、そこを振り返って見た。
「ごめん、変なとこ引っ張って」
「い、いや、……助かった」
落ちてきたのは、多分、照明器具の部品だ。
「せっかく交代してもらう予定が、怪我されちゃ困るから」
アペンドは落ちてきたそれを見て言った。
「怪我したら僕が出たのになぁ」
ストレンくんは言ったけど、
「お前……」
とパンキッシュくんに睨まれた。
「じょ、冗談だよ……僕がそうなってたかもしれないし、……」
さすがに、そんなことを言ってられないのは、ストレンくんも察したみたいだ。
「アペンドはこれが落ちてくるって分かったの?」
僕が聞くと、アペンドは不安そうな顔で僕を見た。
「奇跡みたいなもんだよ……」
「たまたま気づいたの?」
「多分、皆誰も、察知できなかっただろ、今のは」
「そりゃ、全く……」
「俺も、気を抜いてたら、分かんなかったと思うんだ」
しばらく、ここにいる僕たち皆は、得体の知れない緊張感で、落ちてきたもののあたりを見ていた。
「とりあえず、次に俺がステージに立つ間なら、何の邪魔もさせないから。
俺はそのために2番手で来ることにしてるんだから、いいよね」
「そ、そうだね、そういうつもりでやってたし……」
「あ、皆、安心してていいから。怪我なんてさせないよ! だから見守っててね!」
何だかどんよりしてきた空気を打ち消すように、アペンドが言って、皆はうなずいて客席の端に並んだ。
そして僕は、ステージに上がろうとするアペンドに手招きされた。
「このステージが終わって俺が「気を失った」ら、「そういうことにして」くれないか」
「え……?」
「お前が嫌いな、……あとは分かると思う」
僕が、嫌いな……。
アペンドは言うだけ言って、ステージに上がっていってしまった。
曲が流れはじめて、何ってぐらい何も起きない、安定のステージが始まった。
「やっぱりアペンドさんはさすがだなぁ」
「そうだな」
特にアペンドを尊敬してやまないエッジくんが、やっぱり目を輝かせていて、横でイレイザーくんも同意している。
僕も、同じように見守っているふりをして、心の中ではそれどころではなかった。
あの言い方だと、つまり、「曲が終わったら気を失います」って宣言されたことになるわけだ。そんなの、分かってたら安心して見られるわけがない。
でも、ステージで踊ってるアペンドはどう考えてもそんな様子なんてない。
不気味なほどの完璧なパフォーマンス……なんて、不気味なんて、言っちゃいけないんだけど。
ああ、でも、曲が終わった後にちゃんと「お前が対処しろ」ってことなんだよね、そういうことなんだよね……!
曲が終わらなきゃいいのに。僕は震えそうになりながらアペンドを見ていた。
お客さんはさっきより盛り上がってるみたいで、変身の時も近づいてきた。
たぶん、新しい仲間は来てないみたいで、アペンドは僕たちの方を見た。
その表情を見て、何となく嫌な予感がした。
何を考えてるか、分からない顔……。
あれは、はじめて僕がアペンドに会ったときと、全く同じだ。
「パンキッシュくん、多分、呼ばれてるよ」
僕は言った。
「あ、あ、ああ! 行く!」
パンキッシュくんがステージに上がっていくのを見届ける。
アペンドは表情を変えないまま、ステージの袖へ歩いていった。
「アペンド、誰も指名してないのにどうして?」
ストレンくんが僕にこっそり聞いてきた。
「いやあ、もう始まる前からパンキッシュくん出る気満々だったし、交代は決まってたようなもんじゃない?」
「あっ、そっか……」
「え、オリジナルさんがアペンドさんの目を見て何が言いたいか分かったんだと思ったんだが」
イレイザーくんに今度はそう言われてしまった。
「無言の圧力的なね!」
エッジくんも横から言ってくる。
「あはは、次はパンキッシュくん、お前だ、とか言ってそうな顔してた気がするしー?」
ぜんっぜんそんな顔してなかったけど、そういうことにしとこう……。
ようやくステージに立てたパンキッシュくんはすごく張り切っていた。仮にもキュートエレメントのステージなのに、ものともしてないというか、きらきらしてる……さすが先輩だね……。
皆はまるで圧倒されるように、ステージの上のパンキッシュくんをじっと見つめていた。釘付けだ。
最後の客席への呼び掛けまでやってのけて、歓声を浴びながら曲は終わった。
「やりきったぜー!」
意気揚々とパンキッシュくんがステージから降りてきた。
「お疲れ様、無事成功だね!」
「俺がステージに立てばこんなもんだぜ!」
「さすが先輩ー!」
ラディカルくんやライトくんが拍手で迎えている。
「パンキッシュくんの手柄じゃないと思うけど……」
水着くんがぼそっと言って、パンキッシュくんがぴくっとした。
「う、うるせえ! 最後をちゃんと決めただろ!」
あーあ、相変わらず水着くんはパンキッシュくんが調子いいのを気に食わない顔するなあ。
「まあまあ、終わりよければ……って言うじゃん。パンキッシュくんの手柄もあるからさ、ねえ?」
「むう……」
何とか水着くんをなだめたところで、ふと他に目線をやると、エッジくんとイレイザーくんがそわそわしていた。
「アペンドさんは降りてこないのかな」
……あ……。
「パンキッシュさん、アペンドさんは?」
「えっ、交代してステージ袖に行ったのを見たっきりだけど、……そういえば」
パンキッシュくんが真っ先にステージに戻ろうとして、僕は慌ててそれを追い抜いた。
薄暗いステージ袖に足を踏み入れて、その足を置いたところに、アペンドは倒れていた。
僕はしゃがみこんで、アペンドの顔をそっと触った。
「……アペンド、やっぱり疲れたんだな。ここで気を失っちゃったみたい」
僕の後ろに立っている皆が、黙ったままでいる。
「あ、アペンドは僕が何とかしとくから、次のステージに行ってていいよ。
えーと……次はほら、やっとライトくんのエレメントのエリアだし!」
僕は振り返ってライトくんに言ったけど、ライトくんは心配そうな顔を変えないで、何も言わなかった。
「……行こう、皆」
パンキッシュくんが、ライトくんの背中を押しながら、皆に言った。
「オリジナルもアペンドを部屋に運んだら来てくれるんだろ?」
「そのつもりだよ」
「ってことらしいから。行くぞ!」
パンキッシュくんが先陣をきって次のステージに歩いていった。皆はちらちらとこっちを振り返りながらも、ここを離れていった。
「ここは俺達に任せてもらわなきゃな!」
「任されるのはライトくんだけどね……」
多分、パンキッシュくんに水着くんが呆れて言ってるみたいだ。
「ほんとにオリジナルさん一人でいいのかなあ、僕たちこんなにいるし、何人かはこっちに来ずに、手伝った方がよかったような……」
うーん、エッジくんはやっぱりアペンドのこと相当心配してたみたいだなあ。
「あー、エッジ、それは必要ない。ほっといた方がいいよ」
「え、先輩、どうしてですか?」
パンキッシュくんがなにか説明してくれるみたい。僕にとっては皆を全員連れてってくれたのはすごく好都合だったけど。
「オリジナルは、俺達がアペンドのこと、特に不調について口出すと怖いから」
「えっ何で」
「頑なに自分で何とかするとしか言わないから。邪魔するなって顔するんだよ」
「オリジナルさんが怖いっていうのが想像できないんですけど……」
怖い、って説明は違う気がするけど、それで避けてもらってるなら、やっぱり都合はいいよね。
「一番仲がいいなら、他の人に助けたって手柄を取られたくないんじゃないか。それぐらいアペンドさんをオリジナルさんが大事にしてるっていう」
イレイザーくんが横から説明している。イレイザーくんは多分、相当僕とアペンドが仲がいいと思ってるんだよね。とんだ勘違いだけど、そう思われるように振る舞ってたつもりだし。
……って、うっかり皆の話を聞き込んでしまった。皆はもうとっくに次のステージに向かっている廊下にいるけど、僕がちょっと意識を高めると、皆が何してるかは把握できる……それが代表としての僕の力だ。
この力、使いたくはないけど、万が一誰かが戻ってきて、見られたらまずいからね……。誰も来そうにないのを、確認できないと。
僕はとりあえず、アペンドを持ち上げることにした。
「あー、やっぱ重くなってるなあ」
アペンドがご丁寧に予告してくれたから、当然の結果なんだけど、体が普通より相当重くなっている。
僕たちは人の姿を取る以上、それ相応の体重だけれど、機能として人であることを忘れたような状態だと、何となく機械みたいな状態になってしまう。……はっきり言えば、僕たちはやっぱり機械だ。ただ、こんな状態になることってほぼないんだけど。こいつみたいに無茶なんかしない限りは。
どうしても僕が一人で残りたかったのも、この重さに気付かれると困るからだ。それに、まだ今は眠って見えるからましだけど、中途半端に機能を止めていたら、不自然極まりない振る舞いをするし、それを説明するのはかなり骨が折れる、ていうか、見られたくはない。
このまま、とりあえず自力で歩くように操作してもいいけど、「気を失った」って体でいきたいから、僕は無理矢理アペンドの体を抱えて、ステージから部屋に戻ることにした。
しばらく歩いて、やっと部屋の前まで来たけど、両手が塞がってるとドアが開けられないな……。
さすがに一旦床に下ろそう、と思って、ドア近くの壁にアペンドをもたれさせると、部屋の中から音がした。
まずい、部屋には何人か残ってるんだった。
多分、共用スペースに、ランサーくんとブレイブくんがいる。うまくごまかせるかな……。
そう思いながら、そっとドアを開けると、やっぱり二人がいた。
「おや、おかえりなさい」
早速そう言ったブレイブくんと目が合ってしまった。
「皆ステージに行っていると聞いているけど、順調かな?」
今度はランサーくんがそう言ってくる。
「うん、まあまあ順調かなー。今はクールエリアでライトくんにステージに立ってもらって、皆それを見てくれてるよ」
それとなく返してみるけど、早くアペンドを部屋に運び込みたいんだよね……。
「オリジナルさんはどうしてここに?」
「ちょ、ちょっとねー」
「休みに来たなら、ちょうどお茶をいれていたし、どうかな?」
さすがビューティだけあって、二人ともやけに優雅に過ごしちゃって……! お気遣いは痛いほど染みるけど、それどころじゃないしなあ。
「あ、あとでもらおうかな。あはは」
僕はそっとドアの外に戻って、壁にもたれさせたままのアペンドを確認した。
さすがに僕が抱えて運び入れたら、二人に手伝われちゃうかも……触らせるわけにはいかないし、やっぱり歩かせよう。ただ、目は閉じたままでいいや。
『立って、僕について、歩いて』
シンプルに指示を送る。指示に従って、アペンドの体が動く。
僕はまた部屋に入った。アペンドも横についてくる。
「ん、アペンドさんも一緒だったのか」
「そうそう、眠いっていうからさ、とりあえず僕らだけ部屋に戻ることにしたんだよ」
「……アペンドさんは寝ながら歩いてきたのか……?」
「あはは、こいつ器用でさー。おっかしいよねえ。でもさすがにこのまま寝てるのも困るし、今から布団で寝てもらうよ」
幸い二人とも新入りだし、アペンドが変わった奴だって思わせておこう。それの方が後々ごまかしがききやすいかもしれないし。
「あ、せっかくお茶すすめてもらったのにごめんね。また今度!」
「ああ、また」
僕はそそくさとニュートラルの部屋のドアを開いて、アペンドを部屋に押し込んだ。
イレイザーくんとまた同じ空間で一緒になるより前に、アペンドを隔離する空間を新たに作ることにした。いずれは全員一部屋ずつにするつもりだから、アペンドだけ先に作ったのと同じだ。
さっきの指示は取り消して、とりあえず横に寝そべらせてから、改めてアペンドの状態を確認した。
相当、色んな機能を自分で止めてしまったみたいだ。……どういうつもりだったのか、思考を読み取る方が早いかな……。もう、この諸々の操作が、僕の嫌いなことなんだけど、それをやれって言いたかったんでしょ、それだけは何となく分かっている。
『……怪我は……、……察知なんて、……役目に、……』
断片だらけで、よく分からないけど、何かに苦戦しているみたいだ。
『……、……、読み、取れるか』
「?」
何か、明らかに僕に向けた思考が見つかった。
『……これから、必要なときに、今までと同じように、ステージに立たせてほしい。もし、また誰かが危ない目にあいそうになっても、何とかしてみせるから。その代わり、しばらくは、感情と思考を外に出すことができなくなる。その分を、危険を察知する分に回すことにするから。
今後、照明が一つ落ちる程度じゃすまされないことが起きるような……、そんな気がしたから、誰一人危険な目にあわせないためにも……』
最後にステージに立っていた姿を思い出す。……ステージのパフォーマンスは、決められた通りにできればそれでいい。その分の機能は動く。
あと、邪魔を壊すスキルの分の機能も動く。
その二つ以外に、ほとんど意識を向けられなくなるみたいだ。だから、ステージのパフォーマンス以外では、喋りもしないし、表情にも出せなくなってた、だから、交代のとき、あんな感じだったんだ。
とりあえず、そうなっているのを隠すために、「気を失った」ことにして、一旦僕に状況を伝えようとした……そんなところかな……。
さっきから読み取れる思考の断片に、いくつも何かを感じ取った形跡があるから、明らかに僕達が狙われているような、そんな恐怖があるのは分かる。でも、僕には一切、アペンドの感じている邪魔が分からない。だから、アペンドが伝えてきた話を受け入れるしかない。
更に、続きを読み取る。
『……お前は、役目に溺れるなとか言ったけど、それは、無理だったみたいだ……』
僕が言ったこと、気にしたんだな。ほんとなら、普通に人格の方も保っててほしかったけど……僕にできないことは、頼るしか、ないもんね。
僕は思考の読み取りをやめた。
『目を覚まして』
ステージに立つ必要最小限の機能だけで、動くようにする。
アペンドは閉じていた目を開くと、体を起こして僕の方を向いた。
「……本当に、僕と話せる状態じゃないの?」
無理だと分かってはいるけど、話しかけてみる。
「……」
アペンドは何も聞こえていないかのように、無反応だ。目も開いてはいるけど、僕を認識していないようにすら見える。
この状態でステージに立てるっていうのが、普通に見たら不思議だろうけど、でも、できちゃうんだよね。
「……さ、ステージに戻ろうか」
僕はそう言ってドアの方へ歩いた。
アペンドも立ち上がると、僕の後ろへ近づいた。
足音は重い音を立てて聞こえて、やっぱり「役目を終えるだけの機械」に成り果ててしまったのを、僕は背中で感じていた。