次のステージに足を踏み入れて、また、寒気がした。でも、やっぱり他の皆は特にそれを感じていないように見えた。
「今度こそは成功させたいな、ここ何曲も失敗しまくってるし」
ライトくんはそう言いながらステージに上がった。その途端に、曲が流れ始めた。
「心の準備もなしかよ、……やってやるけど」
大丈夫かな、また、何か妨害を受けるかもしれないし、しかも、勝手に曲が流れるなんて。
突然だったけど、ライトくんはうまく対応して踊り始めた。僕はほっとして、しばらくそれを見ていた。
でも、すぐにその安心は打ち消された。何か小さな粒が、いくつも床に当たる音が聞こえて、そのあと、ライトくんめがけて小石が降ってきた。
「ライト、避けろ!」
パンキッシュくんが真っ先に叫んで、その石はライトくんに当たらずにすんだけど、もう、ステージのパフォーマンスには戻れない。このまま続けられもしないから、大人しくライトくんは客席に降りてきた。
「ここはアペンドさんに任せるしかないか、今回もまた、だけど……」
まだ降ってくる小石を、アペンドなら止めてくれる、はずだ。僕はステージ袖を見つめた。
そこには期待通り、アペンドが出てきてくれた。
アペンドがステージの真ん中へ近づいていくと、降ってくる小石はアペンドの回りで砕け散った。
『……警戒』
収まったから大丈夫なのかと思ったら、どうも安心はできない、というような信号が、来た。
また、曲が流れ始める。すると、ステージ上で突然現れた光線が無数の形を作った。
そしてそれが、アペンドに向かって、不定な間隔で飛んだ。それはまるで、アペンドに攻撃を仕掛けるみたいに。
回りで皆がざわついて、僕も息が乱れた。
アペンドは曲の振りを続ける流れの中で、飛んでくる何かを睨み付ける。それでまた、光線だったものは砕けるようにして消える。アペンドの周りでは、無数の光の粉が常に飛び散っている。僕には見えていない何かもアペンドを狙っているみたいで、それも視線や体の動きに砕かれて光の粉になっている。
僕にはとても想像がつかなかった。きっと今、アペンドは全力で邪魔と戦っている。でも、その邪魔すべてが僕には見えていないから、想像がつかない。
そんな状態が続いていて、アペンドには交代の余地も与えられなかった。僕も、皆も、言葉を失ったまま、その様子を見ているだけだった。
曲が鳴り終わった。やっと、終わりだ。
そう思った瞬間、爆音か、激痛が、全身に響いた。
それに瞬きして、ステージの上を見た僕は、視界が少し霞んだ。
ステージの上で、アペンドがうずくまっている。舞っていた光の粉が全て針のように、アペンドに突き刺さっている。
多分今、僕が感じた痛みは、アペンドの感じた痛みと同じだ。信号として僕にまで痛みで伝わったんだ。
「アペンド!」
痛みはまだじんわりと残ったままだけど、僕はステージにかけ上がった。すると、アペンドに刺さっていた光が、吸収されるように消えた。
「! ねえ、大丈夫? ねえ!」
僕が呼び掛けると、アペンドは僕の方にそっと顔を上げた。大丈夫、みたいだけど、顔には感情が見えないままだ。
そのあと、客席の方で、扉が開いた音が聞こえた。客席にいる皆が、そっちを見た。
「あっ、おかえり……」
スターマインくんが静かに言った。
「戻りました。今、どんな感じですか?」
戻ってきたのは扇舞くんと、あと、鶴くんと藍鉄くんみたいだ。
「あまり、順調じゃないっていうか、……アペンドさんが、頑張ってたんだけど、ステージの邪魔がひどくて、今……」
皆に、ステージの上の僕たちを見られる。アペンドは無言のまま立ち上がって、曲の初めの立ち位置に戻った。
始める気なの、かな。僕は後退りしながらステージを降りた。
「……オリジナルさん、アペンドさんは、大丈夫なんですか」
扇舞くんが聞いてきた。
「だ、大丈夫、だよ」
「あの後戻ってきたんですか?」
そうか、扇舞くんは、アペンドが倒れた後に姿を見たのは初めてだったんだ。
鶴くんはアペンドのいないときに来てすぐ部屋に案内されてたし、藍鉄くんはずっと部屋にいたから、そもそもアペンドが倒れたことも知らない……。
「あの後って?」
ああ、やっぱり鶴くんに聞かれちゃった。
「あっ、えっと、……アペンドさん、一回倒れたから……」
「そうだったの?」
びっくりしている鶴くんの後ろで、藍鉄くんも驚いた表情をしている。
「一回倒れたから責任感じてるのか知らないけど、全然喋んないんだよ。今だって、必要だから出てきただけで、自分の出番じゃないときはずっと隠れててさ……」
パンキッシュくんは、鶴くんと藍鉄くんにそっと教えた。
それに構わず、曲が鳴り出す。アペンドの無表情だった顔が急に変化して、体は動き出した。
「ほら。大丈夫だからさ。見ててあげてよ」
僕は不安そうな扇舞くんに言って、ステージを見つめた。
「……喋らないんですか、アペンドさん」
藍鉄くんがパンキッシュくんに聞いた。
「ああ、全然喋らなくな……、って、藍鉄?」
パンキッシュくんははっとしたような顔で藍鉄くんを見た。
「な、何か……雰囲気戻ったな?」
「あっ、そ、それは、その……色々……」
もじもじする藍鉄くんに、パンキッシュくんはさらになにか言おうとしたみたいだけど、首を横に振った。
「藍鉄が様子おかしかったのは気になってたけど、そういう意味ではアペンドの様子もおかしく見えるよな。やっぱり藍鉄からしてもアペンドが喋らないのっておかしいと思うか?」
これ以上探られたくない、けど、もう、ごまかすのも限界なのかな、と、僕は体を強ばらせたままその声を聞いていた。
「……おかしいというか、前にも似たことがあった気がします……」
「前にも?」
「かなり前です。初めてアペンドさんと話した頃」
「それって相当前の話だな、……言われてみれば、はじめの頃ってアペンドってあまり喋んなかったっけ」
藍鉄くんが思い出しているのは、アペンドと藍鉄くんが同じ仕事に行ったときのことみたいだ。
……あの頃も、そうだ。全然感情を外に出さなくて、演じるときにしか表情を変えることがないぐらいだった。初めにも色々あって、それから、何だかんだで普通に話すようになったけど、時間が解決したのか、きっかけがあったのかは、……ほんと、いつの間にか、なんだよな、僕からしたら。
ステージはというと、さっき苦労したお陰かわからないけど、嘘みたいに順調に進んでいた。さっきの邪魔はもう全て受けて、消してしまったも同然なんだろうか。僕にはわからない。
今度は、問題なく交代ができるみたいだ。
「……誰が行く?」
アペンドは、あとは任せた、ってつもりなのか、「自分の出る時間ではない」って機械的に決めたのか、こっちさえ見ずに舞台の袖へ隠れていった。から、仕方なく僕は皆の方を見て、それから、皆の目が明らかに僕を疑って見えて、僕は床に目線を落とした。
「迷ってる暇ないからね、行くよ」
水着くんがすぐに動いてくれて、僕はステージに上がっていく水着くんを目で追う以外できずにいた。
水着くんは無事に曲の最後まで踊り終えた後、客席には戻ってこずに、アペンドが隠れていった舞台の袖へ歩いていった。
「えっ、水着くんどこ行くの!」
僕はステージにかけ上がると、慌てて後を追った。後ろから、皆もついてくる。
「つかまえたよ……?」
そこでは、アペンドが水着くんに体を拘束されてしまっていた。アペンドはというと、なんとか水着くんの腕から抜け出そうとしているみたいだけど、うまくいかないみたいだ。
「さーて、オリジナルくんは大丈夫っていってたけど、アペンドくんはほんとに大丈夫なのかなー?」
アペンドは耳元で言われて、でも、迷惑そうな表情もできずに、ただ真顔のままで、腕から逃れようとすることしかしない。
「さっき聞いてた感じ、アペンドくんが喋らないの、藍鉄くんは昔も見たことあるらしいけど、その辺どうなの? 昔もこんなだったの?」
水着くんは、無表情なままのアペンドを、藍鉄くんに突き出すように見せつけた。
「……もし、昔と同じだとしたら、ほんとは喋りたいはずですよ」
藍鉄くんは、声を絞り出すように言った。
「アペンドさん、本当は冷たい態度とるのが嫌だって言ってましたから。それから、話せるようになったはずなのに、どうしてまた話さなくなってしまったんですか?」
藍鉄くんの後ろで、他の皆は言葉を失っていた。それは、アペンドの過去の話を知らなかったからか、藍鉄くんの様子が元に戻っているからか、それにしては藍鉄くんがはっきりとアペンドに向かって話しているからか、それぞれ考えていることはきっと違う。でも、それよりもアペンドが答えるのを、待っている。
『……今はステージの上じゃないでしょ。今は邪魔から僕たちを守る時間じゃないよ。……答えてあげて』
そろそろ、僕も、ごまかすのはやめたいし、……藍鉄くんが言ってた通りだと思う。アペンドは、本当は話したくて仕方ないはずなのに、自分からそれをやめるなんて、やっぱりそれは認められない。さすがに、本来の理由を知られるわけにはいかないから、僕は口には出さずにアペンドに伝えた。
すると、アペンドが何度か瞬きを繰り返して、それから、明らかに意識を持って、順に僕達へ視線を移した。
「……失敗、してしまった、から」
かすれてほとんど聞こえない声で、アペンドが言った。
それを聞いて、真っ先にパンキッシュくんが、アペンドの目の前にいた藍鉄くんの前に割って入った。
「お前本気で恥ずかしがってたのかよ! 呆れた! オリジナルが、倒れたのを気にしてたから出てこないって言ったけど、あれ本当なのか!」
大声で怒鳴られて、アペンドは怯えて目に涙を浮かべた。
「ちょっと、大声出さないでよ。また喋らなくなってもいいの」
アペンドを拘束している腕に力を入れ直して、水着くんはパンキッシュくんを睨み付けた。パンキッシュくんは少しそれに戸惑ったけど、まだ諦めがつかないようで、アペンドの前からは離れなかった。
「誰も倒れたことなんて気にしてないんだよ。そんなに恥ずかしがってるくせに、よくステージの上で堂々とできるな」
「……それは、言わないでよ」
僕はそっとパンキッシュくんの横に近づいた。
パンキッシュくんは怒りに震えたままで僕の方を向いた。
「アペンドは、アペンドなりに、ステージに集中してたの。絶対成功させるって、そう思ってやってたの。ステージで色々邪魔もあったけど、それを何とかしようって、やってくれてたの」
「……だからって、なんで……」
まだパンキッシュくんは納得いかない顔でいて、アペンドは視線を完全に下に落としている。
「アペンドさん、多分、完璧主義だよな。倒れるぐらい、あんなに動いたら疲れもするし、仕方ないと思うけど、それを恥ずかしがってるってことを、結局今までオリジナルさんにしか言ってなかったんだよな。俺達には、それすら言わずにステージに出てきてさ……」
ライトくんが、今度は後ろからそう話した。
「パンキッシュさんが怒ってるのも、俺達が疑ってるのも、それなんだよ。アペンドさんだから大丈夫って信頼してるけど、それを重荷みたいに思われるのは心外だ。なにか辛いなら辛いって、そのまま言って、見せてほしかったんだよ」
その言葉に、周りで皆がうなずき始めた。
「……だってさ。まだ何か気にしてることでもある? 今なら、弱音をいくら言ったっていいよ、責めないから」
アペンドの体を相変わらず離さないままで、水着くんは優しく言った。それを聞いて、アペンドは泣きそうな顔で笑った。
「倒れたのも、そう。……それに、さっき、誰にも交代できずに、失敗しちゃった、から、だから……」
「それも誰も気にしてない!」
「そんなこと言ったら、俺何度失敗してるんだよって話だろ、もう!」
アペンドがやっと言った弱音に、パンキッシュくんとライトくんが笑って返して、近くにいた藍鉄くんも、それに、うなずいてた皆も、アペンドを囲み始めた。
「よいしょ、あー重かった。頑固すぎるったらないよね、こんなにもずっと喋んなかったんだもん」
水着くんがそう言いながら、アペンドの体からやっと腕を外した。
「アペンドさーん! やっぱり話してくれなきゃ嫌でした!」
「うん、ごめんね。交代してくれてありがとね、スターマインくん」
さっき交代のときになにも話さなかったスターマインくんにも、アペンドがやっと普段通りに話している。
安心した空気が流れる中で、僕は水着くんの一言に焦っていた。
『重かった』。
今まで、あの状態のアペンドに誰にも触れられないようにって思って、ごまかしてきたのに。触れられてしまったんだ。
いや、人一人でも十分な重量だから、重い、ぐらい、言ってもおかしくはないかもしれないけど、でも……。
「ねーえ」
気がつくと、僕の前には水着くんが立っていた。
「ってか水着くん、いつの間に日焼け治したの」
そういえば思ってたけど、さっきステージに上がってくれた時点で、日焼けが元通りになってた気がする。
「それは気合で」
「気合なの……?」
ああ、謎は深まる。
「そんなのいいでしょ。それより、アペンドくん、話すようになったんだよ? ひと安心だねえ」
「……うん、水着くんが無理矢理捕まえたから……」
僕としては、ひやひやしかしてないんだけど、何てことしてくれるの、って感じだけど……。
「オリジナルくんはアペンドくんがああやって皆と話してるのって、嫌なの?」
「いや、全然そんなことないよ。アペンドだって、そもそも皆と話したがってたわけだし」
「だよね。そもそも、何のために皆がいるんだっけ。こういうときに皆が励ますためじゃない? オリジナルくんって、それを望んでたんじゃない?」
そう言う水着くんの奥に、何か覚えのある面影が見えた気がした。
「……『君』、さ」
「ん?」
「……『君』はこういう状態、望んでる?」
あいつ、かな、と、僕は思った。こうして分身して過ごすことに反対していた、Act1だと思った。じゃなきゃ、僕の望みとか、皆が何でいるとか、そんな話、してこない……。
「ええ? 僕はずっと出掛けてばっかりだし、よくわかんないけど……オリジナルくんが望んでるんじゃないかって僕は聞いたのに、なんで質問で返すの」
「ご、ごめん、水着くん」
あれ、やっぱり水着くん自身なのかな。水着くんは初めての分身でもあるし、僕がもっと皆で仲良くやりたいって思ってたのを知ってるから、気にしてくれてただけかもしれない……僕は『君』をやめて言い直した。
そして、楽しそうに皆と話すアペンドを遠くから見て、問いの答えを考えた。
「……望んでたよ」
僕は呟くように答えた。すると、水着くんは少しだけ笑って、僕を見た。
「『君』達、どっちも隠し事好きそうだもんね」
「……」
『君』に、相手が言い替えてきた。……やっぱり、あいつだった。当たってるって、返事だ。
「アペンドくんを見習って、オリジナルくんもちゃんと弱音を吐くんだよー?」
そして、僕と同じように、呼び方を元に戻してきた。
「はい、そうします」
「よろしい!」
……Act1は僕を恨んでるはずなのに、まさか何とかしようとして来るなんて、びっくりだけど。でも、それなら、重かったアペンドのことも、多少は分かっていたってことだ。僕の焦りはおかげで和らいだ。