交差#34「最高の手触り」 - 2/2

鳳月くんを呼びたいということで、僕達は引き続きビューティエリアを回ってみることにしてみた。
鶴くんが鳳月くんのことを気にかけている手前、僕は言い出せていないんだけれど、アルパーカーくんも来ていないんだよね。一回来てくれたけど、消えてしまったから。あのときは火花が降ってきて大変だったね。

アルパーカーくんといえば、前いた場所で、先に僕が「試着」をしたことがあった。時間限定で、ほんの少し。
「どうかな」
試着だから、まずアペンドに見せてみたら、アペンドはなんだか感心した目をした。
「すっごいもふもふ」
「うん、ふわふわして気持ちいいよ」
そのもこもこした生地にさわったアペンドが、それから何かを思い付いたように、僕の後ろに回って背中を押した。
「え、なに?」
「気になることがあるんだ」
戸惑う僕に、いいからいいから、と、アペンドは好奇心旺盛な顔をして、僕はそのまま連れ出され、そして、ある部屋の前に来た。
「ついた」
「ここ、ブルームーンくんの部屋だけど……」
「失礼しまーす」
僕が小声で言っているのに、アペンドが大きくドアをノックして、ドアを開けた。
「何だ急に……、お前」
中にいたブルームーンくんに、アペンドは睨まれた。何かよく分かんないけど、ブルームーンくんはアペンドのこと気に入ってないみたいなんだよね。
「こんにちはー!」
一方でアペンドはそんなのを全く気にしていないみたいで、無駄にうっとうしい明るさで押しきっている。
「何の用だよ」
「ほら、これ見て!」
そういうと同時に、アペンドは僕の首元を掴んで、ブルームーンくんの前に差し出した。
「……こ、これ……」
「ふふっ、もふもふでしょ?」
アペンドは妙に満足げだし、ブルームーンくんが僕を凝視している。
「お、お前の薦めなのは納得いかない、けど、……」
ブルームーンくんは一瞬アペンドを見てそう言って、それから、僕の前にずいっと近寄ってきた。
「頼む、もふもふさせてくれ!」
「え?」
僕はそのままブルームーンくんに力強く抱き締められた。このもこもこした生地越しに、強烈な力が全身に伝わってくる。
「俺は邪魔みたいだから。どうせつるつるだよ」
アペンドは今更睨まれたのを受け入れて背を向けてしまう。そして部屋から出ていってしまう。
「ちょ、ちょっとアペンド!?」
「あーやわらけぇ! きもちいいな!」
僕はじたばたしたけれど、アペンドは出ていってしまうし、ブルームーンくんの拘束が強すぎて逃れられない。
「待って、ブルームーンくん、ぼ、僕だよ!」
「最近飢えてたんだよ、ほんと助かる!」
「僕だよ、オリジナルだってば!」
「あー気持ちいい!」
僕が必死で言ってるのに、ブルームーンくんは全く聞いてない。そんなにもふもふしたかったのか……。

それから結局、1時間ブルームーンくんは僕のことを離さなかった。
「ひどい目にあった」
僕はそれで決めた。絶対に僕は二度とこの服は着ない、着るとしたら、分身した僕……つまり、皆と同じようにやっぱり、独立したアルパーカーくんになってもらうんだ、って。
「……将来のアルパーカーくんが窒息しそうだな」
アペンドはかわいそうだ、みたいなことを言ったけど、それならわざわざ危険なところに僕を行かせるなって思った。

……そんな思い出つきの僕がまだ来れていないのは、無意識に窒息の危機を避けている……わけ、ないよね。前いたところじゃ結局一緒に過ごせなかったし、こっちでは一緒に過ごしたいな……。
「よーし、始めるぞー!」
「ファイトー!」
ステージのライトくんや、応援している皆の姿を見ながら、僕は一人でそんなことを思っていた。

そして交代のタイミングが来た。
「いえーい!」
舞台袖から陽気な声が聞こえてきた。
「あっ、一回来てたやつだ!」
今度は新しい仲間が来てくれた、と、ライトくんは嬉しそうにしている。
ちょうど思い出していた、アルパーカーくんだ。良かった、来てくれた。
ビューティエリアだからちょっと雰囲気は違うけれど、交代のあとはアルパーカーくんがちゃんと引き継いでくれた。

「いえーい!」
両手を大きくあげながら、ステージを終えたアルパーカーくんが僕達の方へやって来た。
「今度こそは大丈夫だったね、アルパーカーくん」
僕が言うと、アルパーカーくんはにっこりしてうなずいた。
「早くお部屋でくつろぎたいよー」
「はは……そうだね、案内するから、もうちょっと待っててね」
さすがくつろぐための服……真っ先にそんなことを言うなんて。
でも、どうせ案内は遅かれ早かれするつもりだったから、すぐに部屋に向かうことにした。

「その服柔らかそうだね」
「かわいいなー」
部屋に向かう途中、鶴くんとエッジくんがアルパーカーくんを挟んで話しかけている。
「えへへ。さわってもいいよー」
サービス精神が強いな……と僕は思った。やっぱりさわってもらうことは想定済みなんだ。あんなにもこもこしてるし、触りたくなっちゃうよね。
「いいの? ……やわらかい!」
「僕も! うわーもこもこ!」
「でしょー?」
「ねえ扇舞くんも触ってみようよ!」
「イレイザーも、ほらほら!」
鶴くんとエッジくんに誘われて、ちょっと戸惑いながらも、扇舞くんとイレイザーくんはアルパーカーくんの服にそっと触った。
「わあ……」
「手触りがいいな……」
心なしかみんな癒されているみたいだ。
「どんどんさわっていいからねー。自慢の手触りだよ!」
アルパーカーくんも得意気だ。
「盛り上がってんなあ」
パンキッシュくんはそれを眺めて笑っている。
「だよなー、でも後で俺も触らせてもらおっかな」
ライトくんもその横で笑っている。
……今のここにいるメンバーなら、この程度なんだけどなあ……僕は部屋の方にいるブルームーンくんのことを考えて、少しアルパーカーくんの運命が心配になった。

「ただいまー」
部屋に戻ると、その心配の種がちょうど出迎えてくれた。
「あっ、お前は!」
アルパーカーくんの姿を見るなり、ブルームーンくんは目を輝かせた。
「?」
アルパーカーくんとしては、初対面だし、きょとんとしているけれど、ブルームーンくんはそれに構わず、アルパーカーくんの肩をがっしりと掴んだ。
「もう会えないかと思ってた……夢みたいだ……」
「えっ?」
「頼む、思う存分触らせてくれ!」
「うん、さわって……、……!?」
あのときされたのと同じように、アルパーカーくんはブルームーンくんにしっかりと抱き締められた。
「はあ……」
皆呆然としている中で、僕は頭に手を当てた。……やっぱりそうなるんだよね……。
「お、おい、アルパーカー、気失ってないか?」
「え、うそ!」
パンキッシュくんが声を上げて、僕が慌てて頭から手を下ろして見ると、ブルームーンくんの腕の中でアルパーカーくんはぐったりしていた。
「ちょ、ちょっとブルームーンくん離して!」
「え、……」
ブルームーンくんは慌ててアルパーカーくんを抱き締めるのをやめて、アルパーカーくんの様子を確認した。
「……寝てる」
よく聞くと、アルパーカーくんは寝息を立てていた。
「……は、はあ。息はあるんだね、安心した」
「ブルームーン、力加減は考えろよ……?」
「……悪かった」
パンキッシュくんに睨まれて、ブルームーンくんは静かに答えた。
「部屋でくつろぎたいって言ってたし……とりあえずこっちの部屋で寝かせに行くね。ステージはまた後で」
僕はアルパーカーくんを引き取って、ニュートラルの部屋につれていくことにした。