今でこそ互いの文化を尊重し、それぞれにしかできないことを補い合うようになった人間たちと妖魔たちであったが、それでも共存するにはあまりにも習慣が違いすぎるので、妖魔たちは人間とは違う場所で暮らしていた。
容姿や能力の違いもあってか、昔、人間たちは妖魔に怯えて暮らしていた。妖魔としては人間を脅す気がなかったので、なんとか人間たちに歩み寄ろうと様々な試みを考えた。
そのひとつが「音楽パレード」である。音楽なら、種族の壁を越えて楽しめる。楽器の得意な妖魔を集めて、音楽パレードをするための楽団が結成されてから、もう何年も経つ。「人間との友好関係を築く」「品質の高い音楽を届ける」という理念を掲げた楽団は、一般の妖魔からすると、どことなく雲の上の存在に感じられていた。
レンも、そんな一般の妖魔のひとりだった。歌は好きだが、楽団には無縁の生活を送っていた。一応、歌も音楽のうちには入るものの、音楽パレードは楽器演奏とパフォーマンスが主である。別に、特段高い志もないし、楽団に入るなんて、考えたこともなかった。
それなのに、ある日、楽団のひとりがレンの家を訪ねてきた。
「いらっしゃいませ……?」
確か、割と近所に住んでいるという楽団員だ。ところどころがほつれたフード付きのローブを身に纏い、フードの下は真っ暗で、人間に見られたらそれなりに怖がられるタイプの見た目だ。フードの下の顔も見たことがあるが、それなりには怖い。しかし、妖魔同士だと怖いとは思わないので、レンは普通に出迎えた。
「どうも、妖魔楽団のアズといいます」
「……はい、どうも」
名前も、近所なので知ってはいた。ローブの袖越しにつままれた名刺を差し出される。名刺には楽団の紋章が描かれている。
レンが名刺を受け取ると、アズは両手を広げて掲げた。
「単刀直入に言おう。楽団に入らないかい!」
見た目とは裏腹に明るい調子で言われて、レンは拍子抜けした。
「え……急に、どういうことですか」
「今、楽団員絶賛募集中なんだよ~。いやー、レン君、君に是非入ってほしいんだよな~」
ローブの布が触れるほどアズは近寄ってくる。
「なんでおれなんですか……」
「よく聞いてくれた! 君みたいな、人間に近い姿の楽団員が欲しいんだよ!」
「……はあ、……?」
レンは、間抜けな声を出すことしかできなかった。
妖魔にも色々いて、今目の前にいるアズを初めとして、見るからに恐ろしい怪物もいれば、小さいマスコットのようなものもいて、その一方で、かなり人間に近い姿をしたものもいる。……レンは、頭に二つ、大きな角がついてはいるものの、それ以外はほとんど人間と変わらない姿の妖魔である。
「頼むよ!」
「そんなこと言われましても……おれ、歌は好きだけど楽器は……」
アズの押しはとにかく強い。レンは後ずさりしながら、なんとか答える。
「そこをなんとか! 音楽パレードは知ってるだろ、あれって人間を怖がらせないためのやつだからさ、怖い姿のやつがやっても意味ないんだよ~!」
アズはその「怖い姿のやつ」に、まさに該当している。声も決して怖いわけではないし、よく見ると喋っているときの動きも意外とおちゃめなのだが、人間からしたらそうは思えないのだろう。
「でも、妖魔なんて、人間っぽくないのがほとんどじゃないですか? 音楽パレードって、妖魔の見た目に慣れてもらうのもあるって聞いてますけど……」
「でもつかみとかあるだろ~! 見た目怖くないのが前に出て、怖いやつは後ろで演奏する、そういう感じで行きたいんだよ、分かる?」
楽団のメンバーは、技術も高くて、堅いイメージだと思っていたのに、目の前のアズは軽い調子で喋るので、レンはそれに呆然としていた。
「分からないことはないですけど、でも……」
うなずかないレンを見て、それまで身振り手振りの激しかったアズが、すっと姿勢を正した。
「レン君」
改まった声になり、レンも思わず姿勢を正した。
「君、お菓子は好き?」
「えっ」
アズのフードが顔面にまた近づいてくる。
「好きだよねえ? 知ってるよ? 毎週お店でフルビス買ってるもんね? 知られてないとでも思ったのかな~?」
アズはちょっとうっとうしいノリで、レンの周りをぐるぐると回る。
「隠してはないですけど!」
お菓子は嫌いではない。特に、今言われた「フルビス」という名前のお菓子は、妖魔たちにとって定番のお菓子である。花の形をしたビスケットで、その形の種類も、トッピングの種類も様々なので、毎週違う種類を買って楽しめるのだ。
「フルビスが人間たちのいる地域で作られてるのは、当然知ってるよねえ?」
「知ってます……」
「妖魔にはとてもじゃないけど作れないもんねえ? フルビスさまさまだよねえ?」
「間違いないです……」
妖魔たちは人間たちと友好を深めた結果、人間たちのいる地域で作られるものを買えるようになった。もちろん逆もある。
「これからも人間とは仲良くしておきたいだろ……?」
今後も人間たちのいる地域で作られているものを買わせてもらうには、友好関係を維持しなければならないのだ。
「うう……」
フルビスを食べられなくなるのは、辛い。それはレンを含めた妖魔たちの総意だ。それぐらい人気のあるお菓子なのである。
「おっ、今うんって言ったね! ようこそ妖魔楽団へ!」
「えっ言ってな……」
うなり声をいいように聞き間違えられたレンは、半ば無理やり、楽団に入ることになってしまったのであった。
アズに連れられて、レンは楽団の本部の建物にやってきた。楽団長から挨拶があるという。
楽団本部の建物は、普通の家に比べると明らかに頑丈で、豪華である。建物の内外には、紋章が刺繍された旗がいたるところに取り付けられていて、レンは全方位から楽団の存在感を向けられている気分だった。アズもローブの上から紋章付きの腕章を取り付けていて、しゃんと歩く様子は、まさに誇り高き楽団員である。レンはその後ろを、そわそわしながら歩いていた。
「おれ、ほんとに入るなんて一言も……」
「フルビス」
「……」
そっとこぼしたレンに、アズは一言発して、レンはしゅんとして黙る。楽団に入る理由がお菓子というのもどうなんだろうか、と思いつつ、アズが勧誘してきたのだから、理由は問われないだろう。
「でも、楽器なんてほんとにできないですよ」
「別に、楽団は楽器だけじゃないから心配要らないよ。ちゃんとできそうな役割をあててもらえるから」
「……はあ……」
そんなことを話しているうちに、楽団長が待っているという部屋の前についた。見るからに重そうな扉が立ちはだかり、レンは冷や汗をかいた。
「失礼します」
扉を開き、堂々とアズは部屋に入っていく。レンはうつむきながら、ただ前にならった。
「勧誘してきました」
「ああ」
そっとレンが顔を上げると、そこにはレンより一回り大きい妖魔が、圧倒的な存在感を放って立っていた。頭は何かの動物の骨のようで、うねる角が二つついている。黒いスーツを大きなマントが覆っていて、そのマントが体を大きく見せているようだ。楽団長というか、一歩間違えれば魔王かもしれない……レンはただならぬ空気を感じた。
「なるほど、確かに話に聞いた通りだな。かなり人間っぽい」
レンの姿を確認すると、楽団長はうなずいてアズの方を見た。
「そうでしょう! 逸材ですよ!」
アズは得意気に胸を張った。
「よくやった。アズ、とりあえずお前は、他のメンバーの練習に付き合ってくれ」
「分かりました。レン君、じゃあね」
「は、はい」
アズが手を振って部屋の外に出ていき、部屋にはレンと楽団長の二人になった。
「さて。入団ありがとう」
楽団長の言葉に、レンはうなずくことしかできなかった。ここで「実は入団するつもりはなくて」とは、とてもではないが言えなかった。
部屋のソファーに座るように言われ、楽団長と向かい合う。
「アズから多少は聞いているかもしれないが、この楽団は人間との友好を保つことを目的とした楽団で……」
そこから、楽団長の長い長い話が始まった。
「……妖魔の歴史は古く……音楽とは……パレードの意味するところは……」
要約すると「音楽パレードが超重要」ということを、とにかく語られた。話はどれも、聞いていれば納得することばかりなのだが、正直に言うと、長い。でも、ある意味では、一般の妖魔が想像する「技術と志の高い楽団」を象徴しているかのようであり、この妖魔が楽団長なのはうなずける。アズはたまたまそういう感じではなかっただけだ。
「さて、音楽はそういったところだが、楽団においては……」
まだ話が続きそうなところで、部屋の扉が開いた。
「楽団長、新入団員の腕章が用意できました」
部屋に入ってきたのは、アズと別の楽団員だった。
「ああ、そうか。ありがとう」
別の楽団員は腕章を楽団長に渡すと、そのまますぐ部屋から出ていった。
「あれ、楽団長、ずっと話してたんですか?」
「今から旗振りの話をしようと……」
楽団長が言うと、アズはびっくりした顔をした。
「今からですか!?」
「一応、先に音楽と視覚の両方って話はしたと思うが……」
そうだったよな、と楽団長に聞かれて、レンはぼんやりうなずいた。割と初めの方に言われたような気はする。
「レン君は多分旗振りですよ。……あっ、詳しいことはこちらで説明しますから任せてください! それより腕章を!」
アズは話を聞き続けていたレンの顔を見て察したのか、レンをソファーから立たせた。腕章を持った楽団長も立ち上がる。
レンは腕を差し出し、楽団長がその腕に腕章を取り付ける。
「これで楽団の一員だ。これからよろしく」
「……はい」
アズがローブの袖で拍手をする動きをして見せた。そして、レンの手をとった。
「では、ここからは自分にお任せを」
「頼んだ」
「はい! 行こう、レン君」
手を引かれ、部屋を後にした。
廊下をしばらく、何も話さずに歩いた。廊下の端の部屋に入り、戸を閉じると、やっとアズは口を開いた。
「楽団長の長話癖のことを忘れてた……ごめんね……疲れた?」
「……はい」
レンはそっとため息をついた。
「楽団長は理念とか歴史の話をしてたと思うけど、もうちょっと具体的な話を今からするよ」
「はい。……はた、ふり……とかいうやつ、ですか?」
「そう」
アズは旗振りの役割と、レンにそれを頼むことになった経緯を説明した。
旗振りは、楽団においては視覚的な表現を担う役割である。いわゆるマーチングバンドのカラーガードのことだが、ここでは旗振りと呼ばれている。初めにアズが勧誘してきたときに言っていた通り、人間を怖がらせない容姿の妖魔に、注目を集めてほしいという狙いがある。楽団の楽器担当は特に不足していないが、今まで視覚面には気を配っていなかったので、それをなんとかしようと、旗振りのような楽団員を増やすことになったという。
「だから、楽器ができないっていうのは言い訳にならなかったんだよなー?」
アズは得意気に言ってきた。そんな目的は話していなかったじゃないか、とレンは思ったが、もう腕章はつけられてしまっているし、何を言っても今後の運命は変わりそうにない。
「今まで旗振りはやったりやらなかったりしてたから、この楽団に旗振りのベテランとかはいないんだよ。レン君には、とにかく注意を引き付けてもらえれば、どう振ろうが自由だよ」
「そんなに適当なんですか」
「あくまでも、人間との友好を維持するための演奏なんだから、ちゃんとしてるとかしてないとか、誰も気にしてないよ」
「はあ……」
さっきの楽団長は、常に楽団員は向上心を持って、より良い演奏を届ける必要がある、と熱弁していたような気がする。アズが楽天的なのかもしれないが。
「それよりまずは、楽団員に顔だけ見せておこうか」
アズはそう言って部屋の扉を開けた。
建物の部屋の案内もしてもらいながら、楽団員が楽器の練習をしている部屋を訪ねて回ることになった。
なんだか可愛らしいラッパの合奏が聞こえる部屋の扉を開くと、その音が一斉に止まった。ふよふよ浮いている小さいお化けのような妖魔たちがたくさんいる。皆手のひらに収まってしまいそうなほど小さい。
「レン君連れてきたよ」
「れんくん! れんくんだ!」
小さい妖魔たちがレンの周りを取り囲む。無邪気な声が方々から耳の中をつつく。
「こうはいができたー!」
「ぼくたちせんぱいだ!」
「よろしくねー!」
周りをぐるぐると飛び回り、口々に言うので、それぞれに何を言われているかもよく分からない。
「よ、よろしくお願いします」
こんなに小さくても先輩は先輩なので、どの方向に頭を下げていいか分からないまま、レンはおそるおそる言った。
「大人気だな」
アズは笑って言った。ここにいる妖魔たちは比較的見た目がかわいいので、パレードでも一緒のところにいることになるらしい。
その後も、担当楽器ごとに分かれている部屋をひとつひとつ訪ねた。様々な姿の妖魔がいたが、どの楽団員もレンを歓迎してくれた。
最後に訪ねた部屋は、アズが担当しているトランペットのメンバーが集まっていた。アズもやや不気味なローブ姿だが、他のメンバーも、骨の姿だったり、悪魔のような姿をしていたりと、比較的怖い容姿の妖魔たちだった。
「このように、皆見た目が怖いって感じでさ。だから本当に皆、入団に感謝してるんだよ」
アズは改めてレンに言った。
「さんざん、パレードを見に来てる人間の子供に大泣きされたりしてきたからね……」
「傷つくよな……」
ため息をつく楽団員たちを見て、楽団の人たちがそんなに苦労していたなんて知らなかった、とレンは思った。
「今度また代表会があるんだけどさ、ほんと憂鬱……」
メンバーのひとりが愚痴をこぼした。
「楽団とは別で、人間と妖魔の代表が集って話し合う会があるんだよ」
アズはそっとレンに教えてくれた。土地の行き来に関することや、それぞれの地域で作ったものを交換する話し合いなどをしている会らしい。
「仕方ないかもしれないけど、やっぱりびびられてる感じがする……」
「ベルデ、お前声怖いんだよ」
「声はどうにもならないだろ……」
ベルデと呼ばれたその楽団員は、アズに似たローブを身に纏っていて、背中にはこうもりの翼のようなものがついている。顔は比較的人間寄りなのだが、化粧が濃いのか元からそうなのか、やはり人間とは異なる雰囲気である。それに加えて、比較的低音がよく響く声で、話す度に周りの空気も震えている感じがする。
……ふと、ベルデはレンを見た。
「君、代表会行く?」
「え」
突然の質問にレンはかたまった。
「人間の代表会メンバーの中に、フルビス作ってるところの長がいるんだけど、そこの娘さんが妖魔をめちゃくちゃ怖がるんだ。多分、レン君と同じぐらいの年だと思うんだけどね……」
「おいおい、フルビスのとこに嫌われたら終わりじゃん」
「そうなんだよ。代表会をあそこの家の部屋でやるのも問題なんだけどさぁ」
フルビスを作っているお菓子屋さんは、そこそこ大きな組織らしく、そこの長の家は、人間の暮らす地域の中でも比較的大きいらしい。民間に貸し出す会議室まで家の中に作ってしまっているので、代表会もそこで行われるのだが、そこでよく娘とはち合わせてしまうらしい。
「あの子も結構大きくなったんだけど……だから最近、お茶を入れるのを手伝わされてるらしいんだけど、会議室には怖くて入れないっていつも泣き声が……」
「うわあ……」
「だからレン君、僕と一緒に代表会来てくれない?」
「えっと……」
楽団に続いて代表会まで……と思ったが、アズがレンの肩をぽんと叩いた。
「フルビスの未来がかかってるからねえ」
わざとらしくアズが言って、レンは渋々うなずいた。
「パレードより前に、人間と会って状況を知っておくのも悪くないと思うよ。……安心して。その娘さん以外はそこまで妖魔嫌いの人たちじゃないから」
「行ってみます……」
こうしてレンは、妖魔の代表会メンバーにもなってしまったのだった。