「失礼します……」
会議室にいるメンバーは、入ってきたリンを見て、驚いた顔をした。人間側も、妖魔側も。
今日は、人間と妖魔の代表が集まり、定期的に開催される代表会の日だ。この代表会は、人間側の代表であるお菓子屋の会議室で行われる。お菓子屋の娘であるリンは、妖魔を怖がっていて、会議室の外からリンの嫌がる声が聞こえてくるのは、もはや定番となりつつあった。しかし、その定番が、覆された。
リンは緊張しながら、まずは妖魔側の参加者の方へ、お茶を出していく。妖魔たちは、正直嬉しくて仕方ない気持ちだった。ありがとう、と言いながら笑ってみせたかったが、かえって怖がらせてしまうのではないかと不安になり、挙動不審になったり、真顔を貫いたりしながら、お茶が机に置かれるのを見ていた。
人間側は、向かいのそんな妖魔たちの様子に、笑いをこらえることができずにいた。半笑いの声でリンに労いの言葉をかける。リンは戸惑っていたが、最後の席にお茶を置く頃には、すっかり緊張感もなくなっていた。
リンは、入口の前で丁寧にお辞儀をすると、会議室から出ていった。しばらく、会議室の中は静寂に包まれた。
「……本日も、お集まりいただき、ありがとうございます」
人間側のメンバーの代表……リンの父親がそう言うと、会議室内のメンバーは一斉に安堵の息を漏らした。
「……うちの娘がすみません」
申し訳なさそうに言葉が付け加えられ、今度はところどころから笑い声が漏れた。
「いや、よかったよかった!」
「何かいいきっかけでも?」
「妖魔楽団の音楽パレードです」
「なるほど!」
そんな雑談を前置きに、代表会の会議は穏やかに始まった。妖魔楽団に所属しているベルデも、軽くなった気持ちで会議に臨んだ。
休憩時間になると、リンの父親がベルデに手招きをした。
「なんでしょう?」
相手は、人間側の代表会メンバーの中で一番偉い、と言って間違いない。そんな人に呼ばれるなんて、と、ベルデは驚きながら、背筋を伸ばした。
「あなたは妖魔楽団の方でしたよね」
「はい。そうです」
「先日の音楽パレード、素晴らしかったです」
「ありがとうございます。光栄です」
音楽パレードの前には人間側からの挨拶もある。リンの父親はその挨拶をしていて、特別席から見ていたはずだ。楽団の各メンバーの顔を覚えていたのだろうか。それか、代表会の参加者のことをすべて把握しているのか……いずれにせよ、ベルデは恐れ入ってしまった。
「この会が終わってから、少し時間を頂いてもいいですか?」
「ええ、構いませんが……」
「あ、決して悪い話ではないのです。ええと、うちの娘が……話をしたいと」
「えっ……」
ベルデは、声が裏返りそうになるのを、なんとか抑えた。確かに、リンは妖魔を怖がらなくなったようだが、それでも、何もかもが平気になったとは言えないだろう。
「すみません、よろしくお願いしますね」
ベルデの不安はよそに、リンの父親は微笑んで頭を下げた。
代表会が終わり、他のメンバーにはまだ用事があると告げて、ベルデは会議室に残った。しばらくして、会議室にはリンが入ってきた。
「あっ、あの……! すみません、貴重なお時間を……頂戴、して、……」
お茶とお菓子の乗ったお盆を持ったまま、リンは直立した状態でベルデに言った。お盆を持つ手が、ものすごく震えている。
「いいですよ、そ、それより、一旦、置いてもらって」
「は、はいっ!」
ベルデは心底心配になりつつも、極力優しい声を心がけた。リンは慌ててお盆を机に置いた。そして、ベルデの方へお茶とお菓子を差し出した。お菓子はもちろん、フルビスだ。
「ありがとう、嬉しいよ」
「……!」
フルビスを手に取ってベルデが言ってみせると、リンは嬉しそうな顔をした。
「……それで、お話とは?」
「あっ、えっと、……前の、代表会のとき……」
「?」
「妖魔楽団の、もう一人、男の子が、……」
「……もしかして、レン君のことかな」
リンはうなずいた。なるほど、とベルデは思った。リンが妖魔を怖がらなくなったのは、音楽パレードがきっかけではあるが、実際はレンのおかげだったといえる。
「あ、レン君に用事があった?」
「あっ、え、えっと」
「ごめんね、今日は来てなくて……レン君、妖魔楽団に入りたてで、音楽パレードも前のが初めてだったんだ。だから、人間を相手にすることに慣れていないと思って、一度代表会に来てもらったんだよね」
「そういうことだったんですね」
リンは健気にうなずくが、やはりレンが来ていないのは残念だったのだろう、と、ベルデは思った。
「伝言ならできるけど、……他人を挟むのは嫌かな」
「あ、いえ! 渡したいものがあっただけなんです。食べ物なので、早く手に取ってもらえたらな、って」
リンは、そう言いながら、ラッピングされた箱を取り出した。包装紙には、お菓子屋のマークと、代表的なフルビスの形が描かれている。
「自分でよければ、帰ってすぐにでも届けられるけど――」
「お願いしていいですか?」
「もちろん。必ず届けるよ。あ、……手紙でもつける?」
「はい! ありがとうございます……!」
リンは、便箋を取りに会議室を出ていった。そんなリンを見送ったベルデは、リンに怖がられずに話ができたことを思い返し、しばらく嬉しさに浸っていた。