世界の修復者と私のボイストレーナー (3)人と一緒に歌うこと - 4/5

 貸し出し自転車に乗り、リンは欠黒象の出た場所に向かった。走っていくには少し遠いところに現れることも多いので、各所で借りて使える自転車は助かる。
 今回は商店街の裏辺りに出たようで、商店街の自転車置場に自転車を置き、リンはそこに向かった。
 商店街の裏は林になっている。木々の間で、欠黒象がじわりじわりと大きさを増している。リンは端末で曲を選び、歌を歌い始めた。
 最近は、ミクと一緒に歌うことがほとんどだった。だから、一人で歌うのは久々だ。
 合唱もそうだけれど、隣で一緒に歌う人がいるから、安心して歌えるところはある。でも、今は一人だ。
 なんだか、音が安定しない。歌いながら、リンは少し不安になった。いつもなら歌い始めれば増加を止めるはずの欠黒象が、なかなかその増加を止めない。やっぱり、ミクが隣にいないから? 歌いながらそんなことを考えて、リンは焦ってしまう。
 ふと、レンのことを思い出す。一緒にボイストレーニングをしたときに「苦しそうと思えば、それが声に出る」と、言っていた。
 そして、ミクと一緒に歌っているときのことを思い出す。「楽しもう」、いつもそう言っていた。
 目の前に欠黒象があって、それを消さなければいけなくて、楽しもうなんて考えるのは難しい。……でも、その「難しい」を声に出してはいけない。
 サビに入って、リンは気合いを入れ直した。今日は一人でも、うまく歌って見せる。自分の歌だ。それを、欠黒象に見せつける気持ちで!
 リンはそう思って歌うと、自然と笑顔になれた。もしかして、不安に思っていたから、笑顔にもなれていなかったかもしれない。自分はアイドルをやっているんだから、もっと堂々としていていいんだ。
 リンが自信を身につけていくのに合わせて、欠黒象はだんだんと消えていく。大丈夫だ。うまく歌えている。ミクと二人のときよりは時間がかかるけれど、この調子なら大丈夫そうだ。
 ラストの高音パートをばっちり決めると、欠黒象は完全に消え去った。
「……や、った」
 歌いきれた、よかった。リンが思わず膝に手を置いたそのとき、後ろから拍手が聞こえてきた。
「えっ」
 振り返ると、そこにはミクが立っていた。
「ミク先輩!?」
「ごめんね、頑張って来たんだけど遅くなっちゃった。でももう、大丈夫みたいだね?」
 そう言って笑うミクに、リンは駆け寄った。
「先輩……! うう、私……」
「え、何? 怖かったの?」
 ミクの顔を見たら、なぜだか涙が出てきてしまった。そんなリンの背中を、ミクは抱き締めるようにそっと撫でてあげた。
「ちゃんと堂々と歌ってたよ? よかったよ?」
「そ、それなら、よかった……です……」
「リンはその元気な声がいいところなんだからさ! それがちゃんと現れてたね!」
 ミクは次々と誉め言葉を投げかけて、にっこりする。欠黒象のときに限らず、仕事で歌ったときにも誉めてくれる。ミクは歌がうまいだけでなく、こういうところも魅力だ……と、リンはいつも思っている。
「いつも私と一緒に歌うときは堂々としてたのに。今日はどうしちゃったの?」
「な、なんか、急に、今日は一人だなって思っちゃって……」
 とりあえず、リンとミクはその場を離れ、歩き始めた。
「あまりリンがそうやって泣くイメージなかったからなぁ。んーでも、そういう日もあるか!」
 ミクがそう言って、リンは思わず笑ってしまった。それを見て、ミクも安心する。
「……あれかな? リンってレンくんと一緒に歌うことが多いから、一人だと不安になったりする?」
「……うーん、そうなんですかね……そうかもしれないです……」
 双子だし、よく横に並ぶし、一緒に歌うし。……でも、仕事ではそれぞれが歌うこともあるし。レンは、一人で熱心に練習する程度には一人でも歌えるし。
 リンはレンとの歌のことを思い出してみる。レンは、一人でも平気なのだろうが、リンはあまりそうではないのかもしれない。
「二人で歌う歌もいいよね。リンは、人と一緒に歌うのが好きなのかもしれないよ」
 ミクに言われて、リンはなるほど、と思う。
「……かもしれません。ミク先輩と一緒に歌うの、いつも楽しみなので」
 リンがそう言うと、ミクはこの上なく嬉しそうな顔をした。
「あーもうかわいい後輩! 私もだよ!」
 そんな風に盛り上がりながら、二人は一緒に帰った。