世界の修復者と私のボイストレーナー (10)体調不良 - 1/5

 平日は昼夜問わず、1日に1回程度欠黒象が発生する日が続いた。数週前と比べると頻度は上がっているが、リンは、だんだんそれも当たり前に感じてきていた。
 手こずるほどではないし、レンも休みの日には練習を一緒にしてくれているし、前までなんとなく緊張していたのも、なくなってはきている気がしていた。
 ある日曜の朝、リンはゆっくり起きた。洗面台に移動しながら玄関を見ると、そこにはレンの靴があった。
 おかしいな、と、リンは思った。いつもなら一人で勝手に事務所に行っている時間だ。仕事とも聞いていないし、それなら練習に行っていそうなのだが、今日は部屋にいるらしい。
 リンが顔を洗っていると、後ろで足音がした。水を止めて振り返ると、そこにレンが立っていた。今起きた、という顔をしている。
「おはよう?」
 リンは言うが、レンは目をこすって何も答えない。
「もう練習行ってるのかと思ったよ。今起きたんだよね?」
 レンはうなずく。顔を拭き終わったリンと、場所を代わる。レンは顔を洗い始めた。
 朝はいつも、リンが後で起きるか、リンが起こしてもらうパターンがほとんどだ。こんなに眠そうなレンの顔は、初めて……久しぶり? ……久しぶりすぎて、初めて見たような気がする。
「練習行くの?」
 顔を洗い終わったレンにリンが聞くと、レンはまだ眠そうな顔のまま、ため息をついた。
「今日ぐらい、いいよ、練習なんて」
 レンの言葉に、リンはかたまった。あの、練習中毒のレンに限って、絶対言いそうにないことを言った。
 よろよろと、レンは冷蔵庫の方へ歩いていく。
「珍しいこともあるもんだね」
 リンが言うと、レンは頭に手を当ててかきむしった。そして、少しよろける。
「……レン、眠いの? 調子悪い?」
 リンが駆け寄ると、レンは腕でリンを払いのけた。
「悪くねえよ!」
 レンが声を張り上げたそのとき、リンの端末から欠黒象の通知音が鳴り響いた。
「大丈夫?」
 やっぱり調子が悪そうなのが心配になる。リンは通知音を無視して、レンの肩に手を置こうとしたが、レンはまた腕でそれを払いのけた。
「俺に構ってる暇ないだろ、鳴ってる。早く行け」
 レンに睨まれる。その顔が恐くて、リンはそれ以上何も言えなくなった。リンは、最低限の着替えを済ませて外へ飛び出した。

 欠黒象が出たのはすぐ近くの公園で、ミクとも合流した。
「……多い、ね」
 既に、いくつもの電灯や木を、欠黒象が覆っている。しかも、いつもならじわじわと動くのに、縦に蒸発するような動きを見せている。その動きは速く、見ているうちにも別の電灯に広がる。
 ミクはテンポの速い曲を選んで再生した。ミクとリンは、ひたすらに歌を歌った。
 いつも通り、歌い終われば欠黒象は消えた。でも、違和感があって、ミクとリンは顔を見合わせた。
「いつもと違いましたよね」
「思った? そうだよね……」
 念入りに欠黒象の出ていた場所を確認する。特に問題はなさそうだ。
 ゆっくり、アパートの方へ足を進める。ミクもリンも、なんだか嫌な予感がしていたが、言えば現実になりそうな気がして、何も口に出せないまま歩いた。
 リンは、置いてきたレンのことも心配だった。帰ったら寝ているだろうか、様子を見なきゃ……と思ったが、睨まれたときの顔を思い出して、また怖くなった。