世界の修復者と私のボイストレーナー (11)欠黒象の元凶 - 1/5

 リンが教室に戻る頃には、もう授業が終わる時間になっていた。部活に行く人は教室から出ていき、部活のない人は、さっきリンがいたバス停へ向かっている。
 教室に入ると、担任の先生が待っていた。
「今日は本当にお疲れ様。大丈夫だった?」
「はい、大丈夫です」
 そう答えてから、保健室に行ったレンのことを思い出した。大丈夫だろうか。
「あの、レンは」
「少し休んだら平気になったって言ってたけど、また気分が悪くなるといけないから、早めに帰るって。多分今出発するバスに乗ったと思うよ」
「そうですか、……」
 すれ違いになったらしい。……無事に、帰れていればいいけれど。リンはそう思いながらうなずいた。
 先生とリンが話していると、廊下から数人が走る足音が聞こえてきた。
「こら、廊下は走らないの――」
 先生が教室の外に顔を出すと、走ってきた人たちは皆先生の前で止まった。息を切らせて、それから、先生の顔を見る。
「先生、違うんです、あの」
「欠黒象が音楽室に出てるんです!」
「皆逃げてきたんです!」
 その後、リンの端末も通知音を鳴らした。
「リンちゃん! 戻ってきてたんだ!」
 先生の後ろに立っていたリンを見つけて、皆少し安心した顔をしている。……なんとか、しなければ。リンは端末を握った。
「先生、あと皆も、危ないから校舎から出てください。音楽室、今から行ってくるので。私が、なんとかするので」
 リンが言うと、先生もそこにいた人もうなずいた。リンはそれを確認して、音楽室へ走った。

 校内放送で、校舎にいる人は皆外へ出るように呼び掛けられている。それを聞きながら、リンは音楽室のある階まで駆け上がった。
 息が上がっていたら歌えない。早く行きたい気持ちを抑えつつ、廊下をそっと歩く。閉められた音楽室のドアの前まで来て、リンは意を決してドアを開けた。
 そこでは、グランドピアノと同じぐらいの大きさの欠黒象がうごめいていた。
 リンは、慌てて曲を再生し、歌い始めた。……今までに見たことのない大きさだ。人が誰もいなくて、本当によかった。
 欠黒象は、物が燃えるように黒い物質を漂わせ、その周りには、蛾のような、虫の形をした黒いものがいくつも羽ばたいている。リンの歌声によって、その動きは徐々に鈍り、中央の大きな欠黒象に吸い込まれていく。
 やがて、その大きな欠黒象自体が、ばらばらと細かい四角形に分離していき、リンが歌い終えると、完全に欠黒象はなくなった。
 長めの曲を選んで、消すまでに丸1曲分かかった。……でも、見たこともない規模の欠黒象だったのを、なんとか消せただけでも、ひと安心だ。
 リンはそっと、欠黒象の出ていた場所まで進んだ。ちゃんとすべて消えたか、確認しなければいけない。
 欠黒象の出ていた場所の床を見下ろして、リンは目を見開いた。
「な、何これ……」
 そこには、粉々に破かれた楽譜が散らばっていた。あまりの状況に、リンはそれ以上言葉が出なくなってしまった。
 震える足で、音楽室の脇にある準備室の方へ進む。ここには、合奏で使う楽器や楽譜が、いくつも置いてある。まさか、と思いながら、リンはそこを見る。
 嫌な予感はそのまま現実になっていた。棚に上げられているはずのベルはすべて床に散乱していて、本棚の楽譜もめちゃくちゃで、何枚もの楽譜が破られている。……荒らされている、というのが、正しいのだろうか。
 欠黒象はもう消せたようだが、どうしてこんなことになっているのだろう。状況がまだ信じられないでいると、端末から電話の着信音が鳴った。
 画面を見る。ミクからの電話だ。リンは電話に出た。