事務所の一室で、リンとレンは人を待っていた。次にやる仕事について、事務所の担当者から話があるという。事前に聞いた話では、ソロではなく二人で、歌ではなく撮影の仕事らしい。
二人でやる仕事というのは、これまでに何度もやっていた……というのは「記憶だけ」だ。レンが本当に存在し始めてから、と考えると、今回が初めてのことになる。そもそも、アイドルを始めてからまだ間もないので、経験した仕事も決して多いわけではない。ただ、記憶では「双子らしく息ぴったり」ということを売りにして、二人同時にアイドルを始めたことになっている。だから、二人での仕事について、リンは全く根拠のない自信を持っているような状態だ。
レンの正体を知らないままであれば、この根拠のない自信は、単なる自信だったはずだ。だから、「双子だから一緒に何かするのは慣れっこだよ」という態度でいられるのだけれど、今は、リンも、もちろんレンも、二人の仕事が初めてなのを自覚している。
「……レン」
「どうした?」
まだ担当者が来る気配はなく、リンは隣にいるレンの方を見た。
「どんなお仕事だろうね」
「さあ」
「……」
レンの表情から、考えていることは読み取れない。しかし、少なくとも緊張しているわけではなさそうだ。
リンが黙っていると、レンはリンの表情を確かめてから、言葉を発した。
「緊張してるのか?」
「え……ちょっとね。レンは緊張しないの?」
「……まあ、そこまでは……」
どうも、レンはリンの気持ちを推測しつつ、言葉を選ぼうとしているようだ。リンには、そう感じられた。「緊張なんかするかよ」と、一蹴してもいいところだが、そうしない。きっと、リンの表情から緊張を感じ取ったのもあるだろうし、レンも実のところは緊張していないわけではないからだろう。
「でも、仕事だからな」
軽く自分の膝を叩いて、レンは言った。
「ちゃんとやり遂げるだけのことだ」
「……そうだね」
やっぱりレンは真面目だな、と思いながら、リンはそれに勇気づけられたような気がした。
それから、さほど時間が経たないうちに、事務所の担当者が部屋に入ってきた。
「お待たせ、二人とも」
二人に数枚の紙の資料を渡しつつ、さっそく担当者は話し始めた。
「ねえ、二人とも、ボイストレーニングアプリは使ってるんだよね?」
「え? はい……」
「今回はね、そのアプリのCM撮影の仕事だよ」
リンもレンも、紙の上の文字と画像を、何度か見た。……見慣れたロゴと、「LENA」の文字が、確かにそこにある。
「アプリの利用者で、これからに期待できる二人だから、っていう理由で依頼が来たんだよ。いつも二人で練習するとき、アプリ使ってるんだよね」
「はい」
「二人が一緒に練習する風景を撮りたいんだって。いつも仲良く練習してるみたいだし、その雰囲気を、是非映像にしたいって! 双子が一緒にいる、微笑ましい様子がいいんだろうねー」
「……」
二人は、笑みを浮かべつつも、緊張した顔で言葉を聞く。
「あ、でも、いつも通りで、気張らなくていいって。CMにするときにはいい感じに編集されるはずだしね」
特に、台本があるわけではないらしい。キャッチコピーや、アプリのおすすめポイントをカメラ目線で言うようなものではなく、アプリの活用の一例として、練習風景を見せるという方針であるようだ。
「ね、いいよね?」
聞かれて、リンはレンの顔を一度うかがった。レンも、全く同じことをしていた。
「はい」
ここで断る理由も特にないので、二人は揃って返事をした。
「急に飛び入りで撮影とかはしないから! さすがに二人にも見知らぬ人に撮られたくないところとかあるでしょ。一週間後ぐらいに予定しておいてね」
「分かりました」
また、撮影に来る日が決まったら連絡があるらしい。仕事の話は、それで終わった。
部屋を出たその足で、リンとレンはいつものレッスン室へ向かった。さっきの仕事の話がなければ、今日はいつも通りレッスン室で練習をする予定だったからだ。
レッスン室に入って、適当に椅子に座ると、二人は揃ってため息をついた。
「……あ」
レンが言うと、リンは笑い声を漏らした。レンも、苦笑いを返した。
そう、さっきの話について、ようやく二人は本音が言えるのだ。さすがに、事務所の担当者の前で困惑するわけにはいかない。二人が両方、〈れな〉のただの利用者であれば、今回の仕事について困惑するなんてことはなかったのだが。
「レン、……さっきの、どう思う?」
「……びっくり、した」
「やっぱり?」
「いや、でも、仕事は仕事だ。俺は外からすれば〈れな〉の利用者なんだから」
本当は、レンは〈れな〉の自動生成プログラムだが、それはリンだけが知っていることだ。まさか自身のアプリのCMをやるなんて、という気持ちは生まれたが、だからといって、他の仕事と違う気持ちで臨むのは違う。
「よかった。レン、実は断りたかったんじゃないかって思ったからさ」
「それはない、もらった仕事なんだから」
「レン、さすがだねー」
「……でも、いつも通りって言ってたな。CMなんだから、さすがに俺が指導してるのはまずいよな。双子の練習風景として、一般的な振る舞い……」
「わ、ちょっとレン、考えすぎだよ!」
「そ、そうか、ごめん」
「別にいいじゃん、いつも通りレンが厳しくて私が怠けてる感じで」
「さすがにそれはよくないだろ! リンはもっと真面目にやれ! 仕事だぞ!」
「あーはいはい、冗談だよぉ、ちゃんとやるって……」
笑うリンに、レンはため息をついた。リンはわくわくした様子で、受け取った紙の資料を改めて見つめた。
「双子として一緒の仕事って初めてだよね。仕事でちゃんとレンと一緒にやるのって」
そう言うリンの横顔を、レンはぼんやり見つめた。
「そう……か……」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
「頑張ろうね! 楽しみだなー!」
リンの笑顔を見ると、つられてレンも表情が緩んだ。