いつも通り、リンとレンはレッスン室で練習を始めた。〈れな〉のタスクをこなして、それから、レンが考えてきた練習に移る。
ここのところは、レンが練習のために作ってきた曲を、二人で歌う練習が多い。何度も歌っているから、リンは慣れてきて、レンからの指摘はなくなってきた。
「……声がぶれなくなったな。不安定だった音程のところも、よくなってきてるし……」
歌い終わった後、レンは、楽譜を見つめながら呟いた。
「それはつまり、言うことなし?」
リンがわくわくした顔で言うと、レンはちょっとむっとした顔をしてから、ため息をついた。
「……まあ、完璧とは言えないにしても、俺から言えることは……ないかな」
「やったー!」
「おい、まだ完璧とは言ってないぞ」
「えー、でも言うことないんでしょ? それはつまり、レンからは合格もらえるんだよね?」
「……う、うん……そうだな」
リンは手を上げて喜ぶ。レンは難しい顔をした。
「レン、粗探しとかいいんだよ。褒めてくれていいんだよ!」
「……まあ、初めに比べれば、よくなったとは思うよ。けど、これで褒めて、調子乗られても困る」
「いいじゃん、褒めるぐらいさー。レンって全然素直に褒めてくれないよね」
「リンが調子乗りそうだから」
「ひどい! 私だってその辺はわきまえてるよ!」
褒めてほしいなぁ、と、リンはレンを見つめてみるが、レンは全く応えてくれない。意地を張っているのかと思ったのだが、レンの表情には、少しだけ悩みが見えて、リンはレンの言葉を待ってみた。
「……何か、足りないとは思うんだ。俺の基準なら、確かに言えることはないけど、それは俺の力不足だ」
「ええ、レンで力不足って、それはないでしょ」
「ある。俺だって駆け出しのアイドルなのは、リンとそんなに変わらない」
「いや、でもレンは〈れな〉の……」
「一緒に頑張る相手、だからな」
リンにとっては厳しいボイストレーナー、なのだが、正確には、レンは「ライバル」として生まれた存在だ。それに、レンは常に鍛錬を怠らない性格であって、何かしら上を求めようとしているから、そういう考え方をしている。
「……さっきのだってそうだったな。俺から合格をもらうとか、俺は別にリンの上に立ったつもりはないのに。……もしかして、俺の態度がそうなってたか?」
「え、いや、そんな意味じゃない、よ? レンはそのままでいいと思うよ?」
レンが自分に問いかけながら悩み始めて、リンは慌てて声を挟んだ。レンは、我に返ったようにリンの方を見た。
「あ、ごめん、脱線した……考え始めると、こうなりがちだ」
「真面目だもんね」
なんの話だったっけ、と、レンは思い返す。
「えっと。今歌ってたこの曲ならいいんだけど、他だといいとは限らないな、と思ってるんだよ」
「なら別の曲?」
「それも思った。でも、俺が新しい曲を用意したって、今のと似た要素しか入れられない。この曲、リンと俺の音域が違うから、リンもそこまで音程で迷わなかったんじゃないかと思ってて」
「確かに。でもさ、レンって私と同じ音域も余裕で歌うじゃん」
「まあな、それはできるけど」
できちゃうあたりがすごい、とリンは思いつつ、レンの言葉を待つ。
「リン、俺と歌うのに慣れちゃったよな」
「うん……? 歌いやすいとは、思うよ?」
「だから、やっぱり」
よく分からないリンを置いて、レンは何かを決意したようにうなずいた。
「先輩と、歌ってみるのがいいと思うんだ」
「え!?」
リンはびっくりしてしまった。ミクと歌ってみる……もちろん、できれば嬉しい話ではある。
「前も歌ってはいたんだし」
「そ、そうだけど! でも」
「でも?」
「……」
欠黒象を消す、という使命があったときは、ミクと二人で歌っていた。でもそれは、リンのやる気を出すために〈れな〉が構築したシステムによるものだった。それをなくした今、ミクと一緒に歌える理由がなくなっている。
「欠黒象が出てこないと一緒に歌えない、ってことじゃないだろ」
「それはないよ!」
「だろ。……前から思ってたけど、リンって先輩と一緒に練習したことないのか?」
「ない」
「でも、〈れな〉は先輩が紹介してくれたんだろ。それまで、一緒に練習するとか、そういう話にならなかったのか?」
「それは……私にやる気があんまりなかったから……」
リンが恥ずかしそうに言って、レンも申しなさそうに首をすくめた。しかし、すぐにレンは考え直して、リンに声をかけ直す。
「いや、でも、先輩はずっとリンと仲良くしたいと思ってたはずなんだよ。リンから「一緒に練習しないか」って誘ったらどうだ?」
「そんなの無理だよ! ミク先輩は忙しそうだし! れ、レンは言えるの!?」
「なんで俺なんだよ!? 俺はあまり面識ないし!」
少しだけ睨み合って、それから、レンは息をついた。
「……正直、欠黒象のことで巻き込んだ相手だし、俺はまともに話せそうにない」
「……そう……だね」
リンはレンの心中を察した。
「先輩……欠黒象についての記憶は消えてるはずだけど、不自然に記憶が飛んでないかは、気に掛かってる。だから……練習に誘えたら、様子も、見てほしい」
「うん、分かった……頑張って、誘ってみるよ」
真剣な顔をするレンに、リンはうなずくしかなくなった。