世界の修復者と私のボイストレーナー (9)祭りに行く - 1/3

 次の日の夕方前に、約束通り、レンは練習を早く切り上げた。リンとは午前中に〈れな〉のタスクをやったが、リンは準備があるからなどと言って、昼ごはんの後にアパートに帰ってしまった。
 チラシには、祭りは夕方になってから始まると書いてあったし、準備をしていくものでもなさそうな気がしていて、レンにはリンの考えることがよく分からなかった。約束、したから。だから帰るだけだ。
 帰り道の道路では、電柱に何かがくくりつけられている。見たところ、コードのようである。ところどころに祭りを示すのぼりなども立っているようだ。よく見れば、壁には祭りのポスターも貼ってある。何日も前から貼ってあったような記憶はある。リンに言われなければ意識していなかった。
「ただいま」
 レンはアパートの部屋のドアを開けて言った。
「おかえりー!」
 玄関の靴が多いことに気がつくのと同時に、リンの声がした。
「レンくん、おじゃましてます」
 声の方を見ると、そこにはミクがいた。多かった靴は、ミクのものだったらしい。
「こんにちは、お疲れ様です」
「練習行ってたんだよね? そちらこそお疲れ様」
 ふんわり笑うミクに、レンは頭を下げる。
 そんなミクと、横に並んでいるリンの姿を改めて見る。ミクは紺色、リンは水色の浴衣を着ている。いつもはツインテールのミクが、今日は後ろに髪をまとめ上げている。リンは普段とそんなに変わらない髪型だが、髪を留めているヘアピンがおしゃれなものになっている。祭りだからか……、と、レンは思いながら、一旦部屋の鍵を中からかけた。
「レン、はやくはやく!」
「急かすなよ、なんだよ」
 リンが跳ねながら言うので、レンはとりあえず靴を脱いで上がった。
「じゃーん!」
 リンは青い布地を広げて見せてきた。
「……?」
「浴衣用意してもらったの! レンの分だよ」
 びっくりしている間もなく、レンはリンに手を引かれ、荷物を下ろさせられた。
「え、これ、どこから」
「ミク先輩が手配してくれたの!」
「えへへ。祭りはやっぱり浴衣を着ていくものだよ」
 リンもミクも、嬉しそうに笑っている。そして、リンは青い浴衣を持って、レンの正面に立った。
「だから早く着替えよ。脱いで」
「え!?」
「え、脱がないと着れないでしょ。その上から着るつもり?」
「ぬ、脱ぐっていきなり」
 レンが困惑していると、ああっ、とミクが声を上げた。
「ごめんね! 恥ずかしいよね! 男の子だから平気とかそんなのないもんね! 私ちょっと席外してるから、リン、早く着せてあげて」
 ミクは顔を手で覆うと、ぱたぱたとリンの部屋の方へ走っていき、ドアを閉めた。
「あ、いや、その」
 レンは申し訳なくなったが、……他人の、女の人の前で、服を堂々と脱ぐのはまずいだろう、と思い直した。
「先輩待たせないでよ、早く脱いで」
「わ、分かったよ」
 リンに少し睨まれつつ、レンは着ていたシャツとハーフパンツを脱いだ。そして、リンはささっと浴衣をレンの体にかけて、衿を合わせた。
「こっち合わせでよかったはず……」
 ぶつぶつ言いながら、衿を合わせて、それから腰ひもで結ぶ。そのリンの表情は懸命だ。
「先輩、とりあえず腰ひもまで結んだからもう大丈夫です!」
 リンが部屋の方に呼び掛けると、ミクが出てきた。
「おー、うまくいってるね! えらい!」
 軽く拍手をするミクに、リンは嬉しそうに笑った。
「帯は先輩、お願いします」
「任せて!」
 ミクは近くの椅子の背にかけてあった帯を手に取り、それからレンの前にしゃがんだ。
「レン、袖持ってちょっと腕上げてて」
 レンはリンに言われる通りにする。
「レンくん、ちょっと失礼するね」
 ミクは帯をレンの腰に回した。慣れた手付きで帯は巻かれて、結ばれた。
 結んだ帯を軽く叩いてから、ミクは離れてレンの全身を確認した。
「完璧! かっこいい! 似合う!」
「あ、ありがとうございます」
 ミクの大袈裟な褒め方はくすぐったくもあるが、ありがたく受け止めておくことにした。リンもその横で嬉しそうな笑顔を見せている。変ではなさそうだ。
「今から歩いていったら、ちょうど始まる時間になりそうだね。そろそろ行こっか」
「はい!」
 3人は支度をして、出発した。