練習を重ね、月日が経ち、音楽パレードの日がやってきた。楽団員は出発の前に、皆で円陣を組み、息を合わせた。
会場についてから、パレードを見に来ている人間たちを、楽屋になっているテントの中から確認する。
「結構いるねえ」
緊張しているレンの後ろから、アズがにやにやした声で言う。
「例年通りだよ。緊張させないで」
ベルデはその横でアズをちょっと睨んだ。ごめん、とアズは頭をちょっと下げて見せた。
「例の娘さんいる?」
「んー……いるけど……」
寒い時期になってきたので、来ている人たちは皆、分厚い上着を着ている。リンはそんな人たちの後ろの方で、まるで隠れるようにして立っていた。
「あの位置じゃ見てもらえないんじゃないかな……」
「結構前も空いてるし、そこに来てもらえたらいいんだけど」
そんなことを言い合っていたアズとベルデは、レンの方を同時に見た。
「え、なんですか?」
「偶然にもここに上着と帽子があってね」
物品の中になぜか紛れていた服と帽子を取り出すと、二人はレンにそれを被せた。
「え」
「あの娘さんが、もうちょっと前に来るように言ってきてくれないかなー?」
「これから本番ですよ!?」
「これも立派なパレードのお仕事だよ。ほら」
突然の無茶振りに困惑するレンだったが、いつの間にかテント内の楽団員は皆、レンに期待の眼差しを向けていた。
「……行ってきます」
レンは渋々、テントを出た。
パレードの始まりを待つ人たちの後ろで、リンは背を向けていた。レンは帽子を深く被り直して、リンの近くへ走って行った。
「こんにちは!」
レンが呼びかけると、リンは振り向いた。会ってからは結構日が経っているが、顔を覚えていたようで、リンは表情を明るくした。
「いらっしゃったんですね」
「はい、姿を見かけたので……」
うまく、ごまかさなければ……そう思いながら、レンはなんとか言葉を絞り出す。
「見つけてもらえるなんて思ってなかったです、こんなにたくさん人がいるのに……」
「列から離れてたから、分かりやすかったですよ」
「……!」
レンに言われて、リンは恥ずかしくなって顔を赤くした。
「ここじゃ見えないと思います。前が空いていますから、そっちで見ませんか?」
「え、でも……聞けたらそれでいいかなって……」
音楽パレードなら、音楽が聞こえたらそれでいいのかもしれない……と思いつつ、それでも楽団員の期待を背負ってしまったし、と、レンはなんとか考えた。
「音楽パレードは視覚からも楽しむものですから……前で見てもらえた方が僕は、……」
レンの立場からすると、見てもらわないと意味がないのもある……妖魔だということは、まだもう少し、秘密にしておかなければならないが。せめて、見てもらえるところに来てくれるまでは……。
「で、でもやっぱり、こ、怖くて……」
「……」
もう少しでパレードの始まる時間が来る。できるだけ早くしなければ。レンはぐっと黙ってから、リンの手を握った。
「!?」
「行きましょう」
無理やり手を引き、前の空いているところを目指す。
「一緒に行きますよ」
「は、はい」
リンはびっくりしながら返事をして、前までやってきた。
「ここなら、見えますから」
そう言ったレンの手を、リンは握り返した。そして、レンの顔をじっと見た。……そのリンの表情は怯えていて、一緒にいてくれと言っているようだった。
「……ごめんなさい」
「え……」
レンは握られた手を、そっと振り解いた。
「そろそろ時間なので、僕は失礼します。……絶対、見ててくださいね、そこで」
リンが驚く声は聞かずに、レンは上着を翻して走り去った。リンは、本当なら後ろに戻りたかったが、もう後ろは人でいっぱいになり、動けなくなってしまった。そして、レンの言う通り、前を見つめるしかなくなってしまった。
任務を果たしたレンは、テントに戻った。上着と帽子を脱ぎ、服につけた腕章を改めて確認する。楽団員は準備をすませ、先頭を空けてレンを待っていた。楽団の紋章が描かれた旗を持ち、レンはその場所についた。
小さい妖魔たちと一緒に、レンはテントから出た。たくさんの人たちが目に入ってくる。緊張するが、練習通りに動作をこなす。後ろからは息の揃った音楽に支えられ、確実に自分の役割を果たす。必死な中で、観客の人たちの笑顔が見えて、安心する。
ふと、リンを置いていってしまったところに目をやる。リンはちゃんとそこで見ていてくれた。目は合ったか分からないが、力強く、旗を振って見せる。驚かれたか、気づかれたか、それも分からない。それでもただ、怖くない、仲良くしたい――その気持ちを乗せた。
パレードの演目が終わり、楽団員は観客の前を一通り歩きながら、テントへ引き返す。拍手の中で、レンも楽団員たちの中で手を振って見せた。
そして、結局動けないままでいたリンの前にたどり着いた。リンは驚いた顔で、レンを見つめていた。妖魔だったのかと言われるかと思ったが、リンは何も言えないまま放心状態だった。
「……いかが、でしたか」
レンはそっとリンに近づき、声をかけた。
「……え、っと……」
「……あ、そこでちゃんと見てくださっていたんですよね。ありがとうございます」
「こ、こちらこそ……ありがとう、ございます……」
リンは、レンとその後ろの楽団員に頭を下げた。
「素敵なパレードでした……」
顔を上げたリンは、まっすぐレンを見つめた。
「怖くなかった、でしたか」
「……はい」
その返事を聞き、楽団員はそれぞれ顔を見合わせ、喜び合う。レンはリンを見つめ返し、そっと微笑んだ。